・SWOT分析やMECEという提携思考の枠組みを 使った整理は、常識的な整理になり、そこからユニークな発想はあまり生まれない。定型思考の枠組みは、経営での論理的思考への入り口としてはあってもいいが、論理思考を助けるはずの定型思考の枠組みが、かえって人の考えを深めさせない壁になってしまうということがあるため注意が必要である。そこで、やはり直感というものも大事になってくる。要は、論理と直感のバランスが重要ということであり、直感で発想し、論理で検証し、哲学で跳躍することが経営での適切な決断の必要条件である。
・考え抜いた果ての跳躍、それが決断である。
・本田宗一郎が資本金の30倍もの設備投資を決断する支えとなった哲学は3つある。1つ目が挑戦の精神、挑戦しなくても危険、挑戦しても危険であるという状況で、共に危険である以上は少しでも前進の可能性のある方を選ぶのが経営者として当然の責務という哲学である。2つ目は公の心、たとえ会社が潰れても機械そのものは日本に残って働くだろうという日本への貢献を考える気持ちである。3つ目は「洪水の哲学」、洪水が川底の岩を大きく動かし、川底の汚れをきれいにしてくれることになぞらえて、ホンダは人間にも会社にも、成長のためには時々洪水が必要だと言っている。『機械一つ動かすにしても、カタログ通りにやっていたのでは、後発のホンダは置いていかれるだけだった。うちはカタログにない無茶な使い方をした。その洪水のおかげで今日があるんですよ。』
・検証のベースは論理である。辻褄がきちんとあっているかの論理整合性(内部矛盾がないか)、現実がこの発想の実行によってどう動くかという論理的メカニズム(現実的に機能するか)、という意味での論理である。データは、どの論理が正しいかの検証を過去のデータに頼ることはあるが、データとは過去のデータ、あるいは別の状況でのデータだから、未来に起きそうなことを検証せざるを得ない場合の仮説検証において、データの有効性は小さいことが多い。
・人間の発想の壁、発想が思うように出てこない障壁は、2つあり、常識や慣行の壁と情報処理能力の限界の壁である。常識や慣行の壁は、挙証責任を問われた際、直感に頼ったアイデアは説明しにくいため、積極的にそうしたアイデアは出しにくくなる事に起因する壁である。情報処理能力の壁は、人間の脳の情報処理能力では、ディシジョンツリーを作って、すべての代替案のチェックを論理的に行って、それで案を決めることはできない。これら二つの壁に対しての対策として、まずは、直感を解き放つことが重要である。思い浮かんだアイデアは、次のステップで論理的に検証されるので、発想は直感を解き放つくらいがちょうど良い。
・神は細部に宿る、という。ディテールが人の思考を刺激するのである。細部まで観察することで見えてくる発想がある。
・データに仮説の適否を聞く、という姿は間違いであろう。論理がわかっていなければ、その仮説を現実に展開する行動の具体案が作れない可能性が高いからである。
・論理的検証の3つの意義。①仮説が現実的に機能することのチェック、②仮説を進化させるフィードバック、③事後的な想定外事態への対応のための事前準備。
・①仮説が現実的に機能することをチェックするためには現実直視が大切である。理由は二つあり、一つ目は、現実に照らし合わせて仮説の論理的正しさを検証するためには、その照らし合わせる対象である現実をきちんと知らなければならないからである。二つ目は、自分の論理展開力に間違いが起きないよう、思考の論理性を維持し続けるためである。思考の論理性を維持し続けるためには、現実を直視すること、現実を細かく観察することが大切であり、特に、カネ、情報、感情という3つの流れを観察することで現実が持っている論理が理解しやすくなる。現実とは、さまざまな断片が論理的に繋がってできているため、現実(3つの流れ)を直視することで理解していなかった現実の論理を理解することができる。そして、理解できた論理の在庫が増えることで、論理的検証がより的確になるし、さらには、論理の蓄積は直感の基盤にもなることから、直感の面からもプラスに働く。
・②仮説を進化させるとは、二つのパターンがあり、仮説が横に広がっていくパターンとたてに深掘りされていくパターンであるが、どちらにせよ仮説を進化させるためには、仮説の論理的検証、修正あるいは追加補充後の仮説の発想、またその仮説の論理的検証という流れを高速でフィードバックしながら進める必要がある。この高速フィードバックには、3つのポイントが重要であり、❶高速で現実チェックを行う、❷ダメそうな仮説からは潔く撤退する、❸仮説の集合体の全体を繋ぎ止める、数量的パラメータを大切にする。
・③事後的対応のための事前準備とは、事前の論理的検証を積み上げ、且つ論理の肝と呼ぶべきものは何かを考えけていれば、事後の想定外の事態に対しても適切に対応することができるということである。
・決断とは、判断と跳躍の二つが必要である。判断の覚悟をきちんと保つためには、最初のジャンプを行う「踏み切り」の哲学が必要であり、跳躍の覚悟をきちんと保つためには、踏切後の長い実行プロセスでの「走り続ける哲学」が必要である。
・「踏み切る」ための哲学には、技術の道理、世の中の道理、人間の道理がある。
・哲学を考えるということは、人間の、社会の、あるいは技術の本質を考えるということでもある。哲学とは、ものごとの、世間の本質を考え抜くことによって生まれる、基本的な考え方である。哲学は、本質を考え抜いたという安心感が生む心の安定と、本質がさらに先へのつながりへと導いてくれるという奥行き、この二つをもたらしてくれる。
・データよりも哲学。データは跳躍を迫られているような未知へのものに挑戦しているような状況では、エビデンスとしての意味が小さい。また、データは人の心を震わせることが少ない。
・「美しいもの」を目指すという哲学。世の中は、実はシンプルな論理の積み重ねで出来ている。シンプルな論理の積み重ねが、実は外観上複雑に見える現実を作り出しているだけなのである。例えば、砂浜をアリが歩いた軌跡。
・「神の隠す手」とは、大きな企てを試みようとする人間の目から神様が二つのものを隠している、その神の手である。2つのものとは、一つは企てに乗り出した後に起こる想定外の大きな障害、もう一つは人間の問題解決能力のポテンシャル。
・「バカな」と聞こえる直感と、「なるほど」という論理の組み合わせが重要である。
・直感を磨くためには、二つの方向の工夫が浮かび上がる。一つは直感の源泉になるものを強化する工夫、もう一つは直感を働かせる力を磨くためのトレーニングである。前者は、思いの凝縮、シャープで柔軟な問題意識、観察と経験の蓄積という3つから直感の基盤の整備を行ったり、論理の蓄積、論理の在庫を自分の頭の中で大きくしておくことである。後者については、妄想、ディテール、視覚的イメージ、手を動かすの4つから直感の刺激のトレーニングを常日頃行うことである。
・論理を鍛えるためには、二つの方向があるだろう。一つは論理の源泉の強化のための工夫である。もう一つは、論理の展開力強化のための工夫である。前者は、他人が作った論理を読書などによって学ぶことや、自分で自分の目の前の現実を観察して、その現実を説明する論理を自分で作ってみることである。後者は、学んだ論理の応用訓練や、帰納論理のやり方(背後にある共通の論理を考えること)を訓練することである。
・哲学を育むためには、最初の一歩としては、自分で考え抜こうとする姿勢を持つと同時に、他人の哲学に触れる。次のステップとしては、「小さな哲学」からはじめることである。