・ヒューリスティックに頼ると、答えには系統的エラーがかかることになる。スティーブが図書館司書か農家かの話が例として挙げられていた。
・速い思考であるシステム1の特徴は、自動的に高速で働き、努力は全く不要か、必要であってもわずかである。システム1はスイッチをオフにできない。
・遅い思考であるシステム2の特徴は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動に対して、ある程度の注意を必要として実行されるもの。システム1の働きを調整する能力もある。
・知的努力に比例して瞳孔は拡大する。
・ルールに従う、評価対象をいくつもの面から比較する、複数の選択肢の中から熟慮の末に選ぶ、といったことができるのは、システム2だけだ。自動的なシステム1にはこうした能力は備わっていない。
・知的努力がピーク近くになると周りのものが見えなくなる。
・私たちの大半は、ほとんどの時間、一貫した一つのつながりの思考を維持するにも、たまさかの複雑な思考に取り組むにも、セルフコントロールを必要とする。一方で、「フロー」という長時間にわたって、それも意思の力を特に発動しなくとも、凄まじい努力を続けることができる極度の集中状態にもなることがある。
・セルフコントロールには注意と努力が必要であり、システム2の仕事である。
・システム2が忙殺されている時には、システム1が行動に大きな影響力を持つようになる。そしてシステム一は甘党である。
・あるタスクにセルフコントロールを大いに発揮すると、もう他のことに努力したくないと言う気になる。このことを「自我消耗」という。
・自然消耗と認知的に忙しい状態とは違うものである。
・大方の人は、認知的努力をするのは控えめに言っても厄介なことであり、できるだけ避けたいと考えているように見える。
・記憶は、システム1に属する機能である。その記憶に対して入念なチェックと探索をどこまで行うかはシステム2の機能である。
・プライミング効果とは、ある単語に接した時には、その関連語が想起されやすくなると言う明らかな変化が認められることがわかった。
・自分では意識していなかった出来事がプライムとなって、行動や感情に影響を与えると言う驚くべき事実は、受け入れなければならない。(高齢者を連想させるような単語を見た学生グループの歩く速度は、高齢者を連想させるような単語を見なかった学生グループよりも遅くなった。)
・意識とは無関係にプライミング効果を発揮することをイデオモーター効果という。
・プライミング効果は双方向的に作用する。高齢というプライムを受けると、老人らしく行動する。逆に老人らきしく行動すると、高齢という観念が強められる。
・お金という観念が個人主義のプライムになる。お金を想起させるものに取り囲まれた今日の文化が、気付かないうちに、それもあまり自慢できないような具合に、私たちの行動や態度を形作っている可能性を示唆した。
・ある発言や文章の情報源を思い出せず、手持ちの情報とも関連づけられない時、あなたはつい認知しやすさを手がかりにすることになる。
・説得力のある文章を書くには、文章をシンプルにした上で、覚えやすくすると尚良い。できるなら、韻文にすることがおすすめだ。
・単純接触効果は、意識的な馴染の経験には依存しない。それどころかこの効果は、全く意識とは関係がない。単語や写真があまりに短時間で反復され、何か見せられたことにも気づきもしないような場合ですら、この効果は認められ、結局は一番頻繁に見せられた単語や写真ほど好きになる。このことから明らかなように、この印象を形成しているのはシステム1であり、そのことにシステム2は気づいていない。
・システム1は、世の中の事象に対して「基準」を持ち、これらの基準を拠り所として異常を瞬時に察知する。
・システム1は、手持ちの断片的な知識を結びつけて、うまいこと辻褄の合う因果関係をこしらえ上げる。
・2通りの解釈ができるものに対して、たった一つの解釈しか頭に浮かばず、他の可能性の存在にすら気付かなかった。システム1は、排除した選択肢のことは記録していない。疑いを抱くためには、相容れない解釈を同時に思い浮かべておく必要があり、それは知的努力を必要とする。このような不確実性と疑念は、システム2の守備範囲である。
・システム2が他のことにかかり切りの時は(システム2が忙殺されると)、私たちはシステム1が優位に働き、何でも信じてしまう。システム1は、なんでも信じようと試みる性質があるからだ。このような状況は、確証バイアスを助長する。自分の因縁と一致しそうなデータばかり探す。
・ハロー効果。課題において、一問目の課題が優秀であった場合、二問目の課題も良い点数をつけてしまう傾向にある。
・判断と選択に影響を及ぼすバイアスは極めて多種多様であり、「見たものがすべて」という習性がそれらのバイアスの要因となっている。例えば、自信過剰、フレーミング効果、基準率の無視である。
・システム1に備わっている能力は3つあり、①日常モニタリング、②次元の異なる価値を変換して比較する能力、③メンタル・ショットガン。
・①日常モニタリングでは、さまざまな事象を知覚し、メッセージを受け取って、類似性や代表性の検出、因果関係の特定、連想や類例の確認などを行う。特に何も要請されなくてもモニタリングは自動的に行われ、何か必要が生じた場合には、その評価結果が活用される。
・システム1は平均や代表的な例は上手く扱えるが、合計は苦手である。海鳥のためのオイルフェンスの寄付金の例を挙げると、集まった寄付金は、寄付で救える海鳥の数とは相関はなかった。ここから、海鳥の羽に重油が絡みつき、どうしようもなく溺れ死ぬというイメージは上手く伝わるが、その数に関してはほぼ無視されることが示された。
・③メンタル・ショットガンとは、システム1は、システム2が命じたことだけに照準を合わせられない特徴を指す。一つの質問に答えようとして、他のことまで気が回ってしまうこと。これは単に余計なだけでなく、本来のタスクにとって邪魔でもある。
・難しい質問に対してすぐに満足な答が出せない時、システム1は元の質問に関連する簡単な質問を見つけて、それに答える。このように代わりの質問に答える操作を「置き換え」と呼ぶ。ここでは、元々の答えるべき質問を「ターゲット質問」、代わりに答える質問を「ヒューリスティック質問」と呼ぶことにする。ヒューリスティック質問に置き換えて答えた場合、そこそこ筋は通るが時に重大なエラーにつながる。
・メンタル・ショットガンとレベル合わせの自動処理によって、多くの場合ヒューリスティック質問に一つ以上の答がでてくるから、それを上手くターゲット質問に当てはめれば良い。
・3Dヒューリスティックによって、2次元と3次元の置き換えは自動的に行われてしまう。
・気分のヒューリスティック、先に幸福度の質問、後にデートの回数の質問をした場合、幸福度とデートの回数には相関がない結果になる。先にデートの回数、あとに幸福度の質問をすると、デートの回数と幸福度には強い相関が生まれる。デート質問で呼び覚まされた感情が学生の頭にまだ残っていたという次第である。
・感情的な要素が絡んでくると、システム2はシステム1を批判するよりも擁護に回る傾向が強まる。情報や論拠を探索するにしても、既存の結論を検証する意図からではなく、結論と矛盾しない情報探しに終始する。
・腎臓がんの出現率が極めて少ない群の大半は人口の少ない群であったという事象の原因は、統計的に解決ができる、極端なケース(極めて高い確率も極めて低い確率も)は大きい標本よりも小さい標本に多く見られるということにすぎない。
・統計の専門家でも、標本サイズを直感を過信して設定すると小さすぎる結果となる事が多くある。統計に関する直感は疑いの目で見る事、印象を信じるのはやめてできる限り計算を行う事。
・出生の男女の順番、「女女女女女女」と「女男女女男女」は同じ確率。バスケットボールでシュートが入るか入らないかはランダムであり、ホットハンドというものは存在しない。
・アンカリング効果とは、ある未知の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されると、あなたの見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れる事ができなくなる。
・アンカリング効果には2種類あり、①慎重な調整を伴うアンカリング効果でシステム2が働くものと、②プライミングによるアンカリング効果でシステム1が自動作動しているものとがある。
・①の例としては、紙に線を引くことから分かることがある。紙の下辺から5センチのところまで垂直に、定規を使わずに線を引く。次にもう一枚の紙を用意し、今度は上辺から線を垂直に書き下ろし、下から5センチのところで止める。するとかなりの確率で、下から出発した時には不確実範囲の下寄りで止め、上から出発した時には上寄りで止める。
・②温度のアンカリングの質問として、参加者に「ドイツの年平均気温は摂取20度より高いでしょうか低いでしょうか?」と質問した場合、その後いくつかの単語をほんの一瞬見せ、どんな単語があったか答えてもらうと夏を想起させる単語をすぐに思い出した。さらに、年平均の気温はバイアスのかかった20度に近い温度を回答した。一方で、「ドイツの年平均気温は摂取5度より高いでしょうか低いでしょうか?」と質問した場合、その後いくつかの単語をほんの一瞬見せ、どんな単語があったか答えてもらうと冬を想起させる単語をすぐに思い出した。さらに、年平均の気温はバイアスのかかった5度に近い温度を回答した。
・アンカー効果は、明らかにでたらめなアンカーであっても、手掛かりとなりうるアンカーとほぼ同じ効果をもたらしてしまう。
・ヒューリスティックが形成するしうるバイアスの原因はたくさんあり、例えば注意を引きつけるような目立つ事象、世間の耳目を集めるような事象、個人的に直接経験したことがあり、これらは記憶から呼び出されやすくなる。
・利用可能性バイアス(具体例の思い出しやすさによって結論が左右される )は、バイアスを排除することは比較的簡単であり、各自の自己評価に従った貢献度の合計が100%以上になってしまうことを示すだけで問題を解消することがよくある。
・利用可能性ヒューリスティックの機序を説明する上で、自己主張した例をたくさん出すように指示される例が特にわかりやすい。自分が自己主張した例を出していくうちに、被験者はだんだんと具体例が思い浮かばなくなることに気づくと、想定以上に自己主張した例を思い出すことが難しいと感じ、自分は思ったほど自己主張が強い人間ではないと判断を下す。しかし、偽の説明によって意外感が取り除かれれば、思い出すことがどれほど困難でも判断に影響は及ぼさなくなる。つまり、思い出しやすさも思い出した例の数も重んじないで判断することになる。また、判断に個人的な思い入れがある場合に関しては、思い出しやすさよりも思い出した例の数を重んじる傾向がある。
・被験者の判断は報道によって歪められている。私たちの頻度予想は、受け取るメッセージの頻度や期間、あるいは感情に訴える強さによって歪められる。
・さまざまな技術について個人的に好きか嫌いかを言ってもらった上で、それぞれのメリットとリスクを書き出してもらった。結果、ある技術に好感を抱いている場合はメリットを高く評価し、リスクをほとんど顧慮しない。一方、ある技術を嫌いな場合はリスクを強調し、メリットはほとんど思い浮かばない。また、この後に参加者は調査対象の技術について好意的なメッセージを聞かされると、好意的だった人たちは前ほど危険には感じられなくなり、嫌いだった人たちも前より高く評価するようになった。この結果より、感情ヒューリスティックは、白黒のはっきりした世界を拵えあげて、私たちの生活を単純化する。
・スロビックは、普通の人のリスクの見方は専門家よりも豊かであり、専門家の意見を無条件に受け入れるべきという見方には強く反対している。
・キャス・サンスティーは、政策立案者を世間の圧力から遮断し、予算配分を中立な専門家が決める仕組みをつくりたいと考えている。一方、ポール・スロビックは専門家をサンスティーンほど信用しておらず、普通の人をサンスティーンよりもずっと信頼している。スロビックは、専門家を市民感情から遮断したら、結局は市民から拒否されるような政策を立てるだけだと指摘する。
・私たちはステレオタイプとの類似性にだけ着目し、基準率のことと人物描写の信頼性に対する疑念も忘れてしまうことを代表性ヒューリスティックと呼ぶ。
・代表性ヒューリスティックの第一の罪は、起こりそうにない(即ち基準率が低い)事象を、きっと起こると思い込むことである。第二の罪は、固有情報のクオリティに無頓着になりがちなことである。
・直感を制御する方法は、第一は、結果の確率を見積もるときは、妥当な基準率をアンカーにする。第二は、証拠の診断結果を常に疑う。「自分の見たものが全て」に連想一貫性が重なると、自分が拵えたストーリーを信じやすくなるためである。
・二つの事象が重なって起きること(銀行員かつフェミニスト運動の活動家)と単一の事象(銀行員)を直接比較した上で、前者の確率が高いと判断する錯誤を「連語錯誤」と命名した。錯誤とは、明らかに妥当とわかっている論理ルールの適用を怠った時に使う言葉である。
・タクシー問題を見ると、基準率には2種類かることがわかる。一つは「統計的基準率」で、これは母集団に関する事実である(市内を走っている緑タクシーと青タクシーの2社のタクシーの数は同じである)。しかしこの数字は。個々の予想では過小評価され、時には完全に無視されがちである。もう一つは「因果的基準率」で、こちらはここの予想を変える効果がある(過去に起きた事故の85%には緑のタクシーが関与している)。
・過去に起きた事故の85%には緑のタクシーが関与しているという因果的基準率によって、緑のタクシーの運転手は危険だというステレオタイプが形成される。ステレオタイプとは、ある集団についての説明が構成員一人ひとりについての事実として受け入れられる記述のことである。
・ごく普通の真っ当な人間さえ、発作を起こした人を助けるなどというだりゾッとしない仕事を他の人がやってくれそうだと思ったら、自分は助けるなどという行動はしないのである。
・被験者は全体から個を推論することには不熱心だが、まさにそれと釣り合うように、個から全体を推論することには熱心である。
・訓練生の出来が悪いと怒鳴りつけ、その叱責は実際は効果がないにも関わらず、次回はたまたま訓練生がうまくやるという見返りを手にする。そこで、「叱るのが良いのだ」と考えてしまうが、前回の訓練では平均値を大幅に下回るほどの不出来であったため、次回の訓練では平均への回帰に従って訓練生の出来が良くなっただけに過ぎない。
・「スポーツイラストレイテッドのジンクス」とは、『スポーツイラストレイテッド』誌の表紙を飾った選手は翌シーズンには成績不振に陥るというジンクスである。表紙を飾った選手は、そのシーズンは目を見張るような活躍をしたが、そこには幸運の後押しがあったと考えられる。
・私たちの頭は因果関係を見つけたがる強いバイアスがかかっており、「ただの統計」はうまく扱えないからである。例えば、非常に頭のいい女性は、自分より頭の悪い男性と結婚するという話題に対して、どうしても「同じくらい頭のいい男と競争したくないからだ」とか「頭のいい男性は頭のいい女と比べられるのを嫌がるので、頭の悪い男で妥協せざるを得ないからだ」という説明をしたがる。一方で、夫と妻の知能指数の間には、完全な相関は認められないという話題は面白くない。しかし、非常に頭のいい女性は、自分の頭の悪い男性と結婚するという話題と同じことを言っているに過ぎない。非常に頭のいい女性は、平均して自分より頭の悪い夫を選ぶことになるのである。
・直感的予想は平均回帰を無視しており、従って不可避的にバイアスがかかるので、必ず修正が必要である。修正の仕方としては、まず何も情報がない場合に行う基準予測と情報に基づいた直感的予測を行い、最終的な予測が基準予測と直感的予測の間に来るようにする。このような手順を踏むことで、平均に近づくことで、バイアスが小さくなる。
・必ずしも直感的予測に基づく極端な予測というものが悪いというわけではない。そのため、バイアスを小さくする手順が何かの役に立つとしたら、それはおそらく、あなたが予測対象をどれだけ知っているのか、考えさせる効果を持つだろう。
・根拠薄弱な情報に基づいて極端に偏った予測やごく稀な事象を予測するのは、どちらもシステム1によるものである。手元情報から作り出せるストーリーの筋が通っているほど自信を持つので、ごく当然のように自信過剰な判断を下してしまうが、よくよく注意しなければならない。直感は極端に偏った予測を立てやすいものだと肝に銘じ、直感を過信しないように気をつけることである。
・ハロー効果は、良い人間のやることは全てよく、悪い人間のやることは全て悪いという具合に、評価に過剰な一貫性を持たせる働きがある。
・実際にことが起きてから、それに合わせて過去の自分の考えを修正する傾向は、強力な認知的錯覚を生む。私たちは、決定自体は良かったのに実行がまずかった場合でも、意思決定者を非難しがちである。また、優れた決定が後から見れば当たり前のように見える場合には、意思決定者をほとんど賞賛しない。ここには明らかに決定バイアスが存在する。
・企業の成功あるいは失敗の物語が読者の心をとらえて離さないのは、脳が欲しているものを与えてくれるからである。勝利にも敗北にも明らかな原因がありますよ、運だの必然的な平均階級だのは無視してかまいませんよ、というメッセージである。こうした物語は「わかったような気になる」錯覚を誘発し、あっという間に価値のなくなる教訓を読者にたれる。
・何らかの判断に対して主観的な自信を抱いているだけで、その判断が正しいかの可能性を論理的に示したとは言えない。自身は感覚であり、自信があるのは、情報に整合性があって情報処理が認知的に容易であるからに過ぎない。必要なのは、不確実性の存在を認め、重大に受け止めることである。自信を高らかに表明するのは、頭の中で辻褄の合うストーリーを作りました、と宣言するのと同じであって、そのストーリーが真実だということにはならない。
・私たちは過去について辻褄のあった後講釈をし、それを信じ込む傾向にある。そのせいで、自分達の予測能力には限界があるのはなかなか認めたがらない。過去をわかっているという錯覚が、未来を予想できるという過剰な自信を生む。
・予測精度を最大限に高めるためには、最終決定を計算式に任せるほうが良い。
・自分の直感であれ他人の直感であれ、直感的判断を無条件に信用してはいけない。だが、無視してもいけない。