・日本のGDP成長率を確認すると、高度経済成長期の高成長の時代からゼロ成長の時代に入ってきている。このつなぎ目の社会で特に問題になるのが、「居場所の選択」である。なぜなら、ゼロ成長社会では、よほど戦略的な視点を持って自分の居場所を選択しない限り、選んだ居場所の成長率の期待値もまた、ゼロになるからである。
・高成長の時代では、「選択に時間をかけることで得られるリターン」よりも「選択に時間をかけることで失われるロス」の方が大きかった。そのような時代であれば、自分の人生について深く考え、所属する組織や産業についてあれこれ悩むよりも「目の前にある選択肢に飛びついて、そこでとにかく頑張る」ということが最も合理的であるということになる。しかし、ゼロ成長社会では自分たち自身の「人生というプロジェクトへの向き合い方、を根本的に改めなければならない。しかし、多くの日本人はゼロ成長の時代の到来に対して全く「構え」が取れていない。つまり、多くの日本人は、その日その日の仕事をこなしながら、なり行き任せにただ漫然と生きているのである。
・昨今の人生論には二大潮流ともいうべき流派がある。1つ目は、残酷な社会ゲームを冷徹に戦って生き残り、経済的・社会的成功を手に入れろという考え方の「マキャベリ的人生論」。2つ目は、経済的・社会的成功の虚像に囚われず、自分らしく生きて本当の豊かさを手に入れろという考え方の「ルソー的人生論」がある。結論としてはどちらもダメである。マキュベリ的人生論の問題点はゴール設定にある。経済的成功や社会的成功が仮に実現できたとしても、それが必ずしも幸福な人生には直結しない。一方、ルソー的人生論の問題点は、プロセス設計にある。「自分らしさ」という目標は、一定の経済的・社会的基盤があってこそ獲得できるものであり、それだけナイーブにめざして得られるほど人生というプロジェクトは容易でない。
・マキュベリ的人生論でも、ルソー的人生論でもない3つ目の人生論を言葉にするなら、自分らしいと思える人生を歩み、経済的・社会的にも安定した人生を送るということになる。この考え方を本書では「アリストテレス的人生論」と呼ぶ。
・二律背反である「自分らしさ」と「経済的・社会的な安定」を高次元で調停するために、経営戦略論を活用する。
・正しい戦略には、正しい目標が大前提であるため、目標設定は非常に重要です。そこで、本書では「人生というプロジェクトの長期目標値を次のように設定する。時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイングの状態を築き上げ、いつ余命宣告されても「自分らしい、いい人生だった」と思えるような人生を送る。
・この定義には3つのポイントがあり、1つ目が、人生の経営戦略の検討において、私たちがコントロールできる戦略変数は「時間資本しかない」ということである。2つ目が、人生の経営戦略の検討においては「時間資本をいかに配分するか」が中心的な論点になるということである。3つ目が、本書で設定するプロジェクトの目的は、「持続的なウェルビーイングの状態を築くこと」を目指す、ということである。
・時間資本を別の資本に変える流れ。まずは、時間資本を知識・経験・スキルといった人的資本に転換する。次に、人的資本が社会資本を増やす。ここでのポイントは、社会資本を生み出すのは人的資本であり、直接的に時間資本を投下しても、社会資本の構築は進まないということである。例えば、人的資本がない状態で「異業種交流会」に時間資本をとうかしても、何も得られるものがないということである。最後に、社会資本が金融資本を生み出す。人的資本は目に見えるものではなく、信用・評判・知名度といった社会資本が大きな判断材料になるため、人的資本は金融資本に間接的にしか影響しない。
・資本には2種類ある。①仕事をする上で役に立つ資本と②人生を豊かにしてくれる資本がある。失敗者とは、「お金を稼げなかった人」や「出世できなかった人」ではなく、「働き過ぎてしまった人」「仕事ばかりに時間を使って家族や友人との楽しい時間を過ごせなかった人」のことである。
・ウェルビーイングには3つの要素がある。①自己効力感(人的資本)、②社会的つながり(社会資本)、③経済的安定(金融資本)である。
・金融資本を過度に追求することで「人的資本」や「社会資本」の形成をなおざりにしてしまい、本当の意味での「人生の敗者」になってしまう。重要なのは、世間でもてはやされているような「成功のイメージ」の虚像にとらわれず、自分にとって本当に大事なものは何か?という論点を常に「人生というプロジェクト」の中心においてずらさないことである。
・ライフサイクルカーブのコンセプトを人生の長期計画の策定に活用すると、人生の春のキーワードは「試す」。夢中になれる対象を見つける。自分の得意不得意を知る段階である。人生の夏のキーワードは「築く」。密度の高い仕事で人的資本、社会資本を築く段階である。人生の秋のキーワードは「拡げる」。仕事のポートフォリオを持つ。機会を譲り、人を育てる段階である。人生の冬のキーワードは「与える」。後進の活動を支援する。人と人を繋ぐ段階である。
・ライフサイクルカーブによって提示されたステージと年齢の関係は、あくまで標準的な目安でしかなく、このフレームを持って「早すぎる」とな「遅すぎる」といったことを考えてしまう必要は全くない。
・ライフサイクルカーブから得られる洞察は3つある。
①季節に応じて「合理的な振る舞い」は変わる。どのような考え方、構え方、動き方が適切なのか、あるいは不適切なのかというのは、その人のライフステージによって全く変わってくるということである。
②ステージの遷移に応じて「役割や貢献」も変わる。この「役割や貢献シフト」には、社会的な条件と身体的な条件の2つが絡んでくることになる。社会的条件というのは、組織や会社における職位や期待される役割の変化のことであり、身体的条件というのは、体力や地力の変化のことである。現場のスタッフ、現場のリーダー、組織のリーダーとしての役割はそれぞれ異なる思考・行動様式が求められるため、特に「期待される役割がシフトする時期」に停滞してしまうことが多い。私たちは、「キャリアの繋ぎ目」で大きな失敗をしてしまいがちである。
③「長期の合理」が大事。優れた戦略とはしばしば「短期的に見ると不合理に見えるのに、長期的に見ると合理的」であり、「部分で見ると不合理に見えるのに、全体で見ると合理的」である。このように考えていくと、「短期の合理の罠」に陥っているのは、「普通の生き方」にとらわれてしまっている私たち大多数の方なのかもしれない。
・2割を超えると一気に変化が起きる。キャズムとは、浸透プロセスの初期段階において、特にアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間、市場浸透率で16%前後のところに存在する「溝」のことを指す。この溝を越えると市場が一気に拡大すると考えられている。
・イノベーティブなプロダクトやサービスを生み出すことに成功したチームほど、計画段階にかける時間が少なく、実行段階にかける時間が長い傾向にあることが判明している。私たちの人生に落とし込むと、いかに早い段階で仮説を検証し、戦略を修正できるかが重要な論点となる。
・私たちが建てる当初の「人生の経営戦略」は多くの仮説に基づいているため実際にはうまくいかず、修正あるいは破棄を余儀なくされることがしばしばあります。現在のように不確実性が高まっており、長期の見通しが立てにくい社会を生きていく上で、「適応戦略」は必須に求められるものである。
・「5つの力」のフレームワークを個人にも当てはめてみると、「競合との競争」と「代替品の脅威」は、ライフマネージメントストラテジーを考える上で非常に重要である。「競合との競争」という観点で、「市場における価値」は「能力や知識の水準」ではなく「需要と供給の関係」によって決まる。どんなに素晴らしいの能力や知識であっても、それが需要に対して過剰に供給されることになれば、それらの能力や知識には価値が認められない。特に、流行の資格や学位は戦略的にスジの悪い選択になる。「代替品の脅威」という観点では、テクノロジーによる「代替品の脅威」がある。私たち人間が担っていた認知的労働の多くが、AIによって代替されることになる。AIによる代替への対抗策としては、①正解のある仕事は避ける、②感性的、感情的な知性を高める、③問題を提起する力を高める(AIによって正解を出す能力が過剰に供給されれば、人間には問題の設定をする能力が求められる)。
・多くの人は、自分の状況を改善させようという時、短兵急にスキルや知識を身につけようとするが、私たちは、全く別のアプローチとして「立地や環境を変える」というオプションを常に持っているということを忘れてはいけない。
・なんといっても「楽しんでやっている人」に「頑張ってやっている人」に敵わない。
・才能やセンスよりも「長く努力を続けられる」ということの方が要素として重要である。
・社会で評価されるのは「平均点」ではなく、他人に真似のできない「ユニークさ」である。そしてこのユニークさは、往々にして本人が考える「欠点」と表裏一体である。
・「調達困難な資源や能力」とは「時間資本を大量に投下しないと獲得できない資源や能力」のことである。ひとつの考え方として着眼するべきなのは「長く続けてきたこと」だということである。
・世の中に「理想の職業柄などというものはない。それぞれの仕事にはその仕事固有の長所・短所が必ずある。であれば、私たちは虚像でしかない「理想の職業柄」を追い求めるよりも「複数の仕事の長所と短所を補完的にうまく組み合わせること」を追い求めるべきである。
・私たちは、自分たちの仕事について、アウトプットの量と質にはトレードオフの関係が存在しており、質を求めれば量が犠牲になり、量を求めれば質が犠牲になる、と考えてしまいがちである。しかしそうではなく、むしろ量を求めることで、同時に質も高めることができる。
・私たちの人生の経営戦略においてフォーカスすべきなのは、打率ではなく、打席に立って思いっきり振る打席の回数である。
・わたしたちはしばしば、自分が「一体どのようなゲームを戦っているのか?」という点から遊離して、目の前の仕事のパフォーマンスを上げることを近視的に追求してしまいがちである。しかし、そのようにしてパフォーマンスが上がったとしても、肝心要の「人生というゲーム」に敗北してしまっては元も子もない。
・私たちは「本業を止めて起業に専念する」人の方が、大胆にリスクを取って果敢に挑んでいるようなイメージを持つが、リスクを嫌って安定した収入をもたらしてくれる本業を続けならがら起業した人ほど、副業で大胆なリスクを取ることができている。リスクを厭わず、大胆に起業に専念した人ほど、実際にはリスクが取れず小粒な取り組みに終始する傾向があり、失敗している。
・「与えられたテストで一番になること」ばかりを考えるだけで、最も重要な「私の人生で最も重要な指標は何か?」「何を一番にしたら私は幸福になれるのか」という問いについて考えなかったエリートは、人生を踏み外してしまう可能性が高い。
・皆さんの人生の良し悪しを図るための指標は、決して他者から与えられるべきではなく、それは、皆さん自身が考える「自分にとってのウェルビーイングとは?」という問いから生まれたものでなければならない。