・テレワークをすることによって、挨拶や感謝の言葉、賞賛、声かけ、同僚との雑談など「社会的報酬」が欠けている実態が明らかになっている。
・承認欲求はその性格上、厳密な定義が難しく、輪郭も明確ではない。そもそも既存の概念が現実を過不足なくとらえているとは限らない。本書では、承認欲求についてあまり厳密な定義にこだわらず、純粋な欲求のほか、何らかの動機に基づく承認の願望も含めて「承認欲求」と呼ぶことにする。
・承認欲求を満たしてくれるものは、他人や周囲からの「承認」である。上司に褒められたり、お客さんから感謝されたりといった直接的なものの他、笑顔で挨拶されるのも、自分の発言に相手が耳を傾けてくれるのも、食事に誘ってくれるのも承認されている証である。他人からの注意や叱責、クレームといったネガティヴな情報も承認の一部だと言える。それ以外にも私たちは職場で様々な形による無数のコミュニケーションを行なっており、そこから無意識のうちに承認欲求を満たしている。
・人間の目や耳で知覚できないような「場の空気」や臨場感といった無形のものからも承認欲求を満たしている可能性がある。テレワークばかり続けていると何となく不安になるとか、ストレスが溜まるということは、目に見えない承認の欠乏が蓄積されたものが原因の一つとして働いているからだと考えられる。
・「職場にパートタイマーやアルバイトの人がいると新人が辞めない」という話がある。未熟な新人にとって、仕事で他人から頼られたり、感謝されたりする機会は乏しい。ところが職場にパートやアルバイトなど非正規のスタッフがいると、新人でも対等に話せるし、正社員としてパートやアルバイトに指示する立場に立たされる場合もある。すると相手から頼りにされ、感謝される場面も出てくる。このような些細な承認であっても不安がいっぱいの新人にとってはそれが貴重なのである。
・日本人は、自己評価や自己効力感が低い。その理由として、例えばアメリカでは能力の高さを示す外的な成功によって自己効力感が得られるのに対し、日本では達成するだけではなく、社会的に承認されて初めて自己効力感が得られるという。日本人の場合、自分の力を確かめる基準が自分の外にある人が多いということなのだろう。
・承認は、自己効力感を高めるだけでなく、仕事の成績も上げることに繋がる。そして成果が上がれば褒められるのでさらに自信につながり、一層前向きで仕事に取り組む。それによってらさらに成果も上がるという好循環が形成される。
・本当の自信をつけるためには承認の「量」だけでなく「質」が大切である。
・人間には背伸びをしたい、自分の良いところを見せて認められたいという欲望がある一方で、ありのままの自分を丸ごと認めて欲しいという欲求もある。後者を満たすにはリモートだと限界があると言えよう。
・リモートでは周りの目から解放されるという気楽さがある一方で、認められたいという積極的な承認欲求が生じる。承認欲求が捨てられないものである以上、最終的には「行きたい」という気持ちが「離れたい」という気持ちを凌駕するはずである。
・大部屋仕切りなし、おまけに仕事の分担が不明確で部下が上司に依存するという日本の職場は、上司の承認欲求が自然に満たされる構造になっている。さらに世間では、それが平等主義的だとか、民主的だとか評価されるのだから、上司にとっては一層ありがたい。欧米では管理職の個室を廃止しようとすると、日本とは逆に「監視されながら仕事をするのはごめんだ」という社員の反対に合うという。
・管理職特有の承認欲求とは、単に自分の存在をありのまま認められたいというだけでなく、「自分をよく見せたい」「尊敬されたい」という気持ちが表に出てきてきている。
・欧米諸国はもちろん中国や東南アジアの会社は典型的な目的集団(特定の目的を達成するために集結した)であり、手当なしで働くサービス残業などあり得ないし、権利としての休暇はめいっぱいとり、条件の良い職場が見つかれば迷いなく転職する。一方、日本の会社は目的集団でありながら、基礎集団(家族やムラなど自然発生的に情によって結びつく)としての性格も併せ持つ「共同体型組織」である。
・共同体型組織とは、①閉鎖的なこと、②メンバーが同質なこと、③個人が組織や集団に溶け込んでおり、一人一人の仕事内容や役割、責任が明確でないこと。
・欧米では、会社は「働いて収入を得る場所」と割り切り、情緒的な満足は社外にある家庭やコミュニティの中で味わおうとしておる人が多い。この傾向は東南アジアや中国でも見られ、現地に進出した日本企業のマネージャーが、部下が頑張った際に褒めると、「だったら給料を上げてくれ」と言われるそうだ。日本では、単に働いて給料をもらう場ではなく、情緒的な満足を味わう場なのである。だからこそ、社員にとって社内での承認は極めて重要なのである。
・人間にとってまるごとの自分を承認されることが必要だが、日本人にとってその場が会社なのである。
・共同体の性格を併せ持つ日本の会社は、社員にとって自分を全人格的に承認してくれる貴重な場である。とりわけ管理職の場合、その地位によって「尊敬の欲求」も満たせる。
・企業人や官僚の場合、見せびらかすもの、すなわち「偉さ」の基準が組織の差そのものの威信に加えて、組織の中での地位だということである。
・テレワーク前後の生産性の影響は、アメリカでは同等またはそれ以上に生産性が上がったと回答するのに対して、日本では在宅勤務は生産性が下がるという回答が多かった。その理由としては、アメリカでは一人一人の仕事が明確なのに対して、日本では不明確で集団単位の仕事が多いことなども関係しているだろう。それと並んで、社員のモチベーションの低下も生産性の足を引っ張る一因である可能性が高い。
・共同体的な日本企業では、上司も部下も近接することで承認要求を満たしやすくなる。(物理的近接性と返報性の原理の二つから説明できる。物理的近接性は、人間はより身近な人からの評価を気にする。返報性の原理は、自分を高く評価してくれる人を高く評価しようとし、自分を評価してくれない人を評価しようとすると自分を否定することになるので、低く評価するようになる。つまり、人は身近な人から良い評価をもら得るかが1番気になるところであり、身近な人から良い評価をもらうために、物理的に近い人の評価をよくする傾向がある。)テレワークを筆頭に、物理的に切り離される働き方や人事制度の導入に抵抗があるのは、そこに一因があると考えて間違いなかろう。
・「偉さ」の見せびらかしは、二重の意味でテレワークと相性が悪い。第一に、両方のベクトルが逆になっていること。テレワークは物理的に離れることに対して、見せびらかしたい欲求は密接な関係であるほど満たされやすい。第二に、偉さは上下関係の中で生まれるものだが、テレワークの世界はフラットなで対等な関係が基本となる。
・みんなが昇進を望む時代には、実際に高い地位についた人は尊敬の目で見られた。みんなが目指すものを獲得してこそ価値があるからだ。ところが一部の人しか昇進を望まなくなると、たとえ地位に就いても尊敬されなくなる。すると役職の魅力がますます低下するという、負のスパイラルが働くのである。
・回答者が周囲の目を意識して回答する可能性がある自己報告式テストでは、アメリカ人などに比べ、日本人の子供は自尊感情が低いという結果になったが、そのようなバイアスが入りにくい認知科学の方法を用いてテストを実施すると、日本人の自尊感情は他国と同程度だった。
・Z世代に象徴されるように、さりげなく自分をアピールし、承認欲求を満たそうとする意識が広がっている。
・承認には、「表の承認」と「裏の承認」がある。優れた能力や業績、個性などを讃えるのが「表の承認」であり、規律や序列を守り、和を乱さないのが「裏の承認」である。
・「ほめる」取り組みは、やる気を引き出すとともに、場の空気や人間関係をよくしようというのが狙いである。「ほめる」という実践的活動にしても、新たな表彰制度にしても、「見せびらかし」から「チラ見せ」へという若者を中心にした文化の変容を反映させたものに変わってきている。例えば、「縁の下の力持ち」を讃える表彰や一種のゲーム感覚を取り入れた「軽い」表彰、第三者の評価を取り入れたものやチーム単位にした表彰が挙げられる。
・権力者、成功者による「見せびらかし」の文化にしても、若い世代に浸透している「チラ見せ」の文化にしても、会社という人間関係の濃密な共同体の存在を前提にしている。そのため、テレワークによって共同体の存在感が薄れると大きな打撃を受けるのである。コロナ禍という外圧によるテレワークへの半強制的な移行は承認の危機であるが、同時にそれは共同体依存や共同体の圧力から脱却し、より大きな承認、多様な承認を獲得するチャンスでもある。
・日本企業では共同体としての性格が色濃く、その影響力が大きい分、社員にとって承認の「床」がしっかりとしていたといえよう。その「床」の存在がテレワークによって承認を得にくくなるが、全く承認を得られなくなることはない。一方で、テレワークによって外部の世界と繋がりやすくなることで、会社を辞めなくても外部から認められる機会が増え、副業を認める動きが広がれば一層認められる可能性も大きくなる。
・共同体型組織にいる限り、昇進には「天井」がある。そして報酬にも「天井」があるのが普通である。テレワークの導入の直接的、間接的な影響によって、会社に属しながら社外に名を馳せたり、名声を獲得したりすることが夢ではなくなり、「天井」が格段に高くなる可能性が出てきた。