駿河の国をwebで歩く(53)「江尻宿・上原村」 | れいんぼうの部屋

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釣りの記事をメインにしようと思っていましたが
釣り以外の記事の方が増えています。

「仲間の釣行記録」の見出しURLです。カット&ペーストで
https://ameblo.jp/rai-trout/theme-10112228739.html

「東海道まちあるきweb」の古地図を使って現代の静岡をwebでバーチャル散歩。

 

***古地図は次のサイトを開いて見ている***
「東海道まちあるきweb」(https://tokaido-guide.jp/about)
は「静岡市観光・MICE推進課」と「藤枝市街道・文化課」が作成。

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上の古地図のリンクを開いて「江尻宿編」を選択して散歩する。
 

今回は「江尻宿」に向けて「上原村」へ進む。

 

前回は「江尻宿編」の「草薙村」周辺を巡った。

 

草薙のあたりでは県道407号「南幹線」が旧東海道が通っていた所になるので街道歩きの楽しみは得られない。

静岡鉄道の「御門台駅」近くの交差点で「南幹線」から北へ分岐する道が旧東海道になり街道歩きの雰囲気になる。

 

〇旧東海道は「南幹線」から左へ分岐する。

 

草薙の一里塚を過ぎると古地図では左側に「七ツ新屋新田」、右側に「馬走村」の間を通り「上原村」に入る。

現在は「上原」に入る手前で「有度本町」の中を進む。

「有度本町」は1990年に「七ツ新屋」「馬走」「上原」の一部が合わさり、住居表示のために新設された町名。

 

〇草薙旧道

旧道には車の通りが少ない。

 

この先に古地図に描かれている「千手寺」がある。


〇黄檗宗「十七夜山 千手寺」。

右に見える保育園の向こう、正面に山門があり、その先に本堂が見える。

「十七夜山千手寺」入口の看板に伝説が書かれている。(一部抜粋)

〇上原鎮守十七夜宮伝説
昔、上原の村人に麻機にある滝の不動明王が夢に出て「上原へつれて来るように」とお告げがあった。

村人は麻機の滝の不動尊の御神体を持ち帰ろうとした。

浅畑の人達は不動尊のお告げを尊重し、やむを得ず御神体を彼に渡した。

彼は上原に不動様をお迎えすると、庄屋さんとも相談して、十七夜山千手寺の裏手のお堂に、上原村の鎮守としてお祀りした。

これが現在の上原鎮守十七夜宮である。この御神体というのは、45キロほどの漆黒の古木である。
 

〇上原鎮守十七夜宮

旧東海道より約100m十七夜山千手寺本堂南 創建年代不詳
現存する最古の記録、慶安4年辛卯夏1651年

 

「十七夜山 千手寺」から200mほどの所に古地図にも描かれている「上原延命子安地蔵尊」がある。

 

〇上原延命子安地蔵尊


境内には古木もあって古さを感じさせる。
 

由緒の看板があるので読む。(一部抜粋)
上原延命子安地蔵尊は、古来世の人々の、長寿、安産、子育、安全の守護として、近隣の人々の信仰を集めてきた。

創建時代は明らかではないが、焼失した木像の御本尊は、行基菩薩作との伝説があった。
上原の古地名は地蔵原ともいわれていたが、室町時代後期には既に正式に上原の地名が用いられている。

1582年 徳川家康が、武田勝頼を攻めるに先立ち、武田の宿将江尻の城主穴山梅雪と、この地蔵堂で会見したとされる。

1615年 吉川福聚院の住職明眼和尚と、付近住民により、地蔵堂の堂宇が再建された。
1891年 失火により、御本尊と共に焼失した。

1932年 地蔵堂が再建され、今日に至る。

地蔵尊の入り口にまきの木があって「みどり条例により保存樹木として指定」とある。

 

旧東海道は「地蔵尊」の先で池をよけるように大きく迂回する。

 

古地図を見ると「字 下原 溜井」と書かれた池が描かれていて同じように大きく迂回している。

 

 

〇上原堤「宗丹池」(うわはらづつみ そうたんいけ)


東海道は有度山の出っ張りに池があり、迂回する形になっている。
 

池の脇に説明書きがあったので読む。(概略)
数百年にわたり農業用水のため池として、地域農民の水利権が定められてきた。
また狐ヶ崎遊園地のボート遊び場として利用されてきたが平成5年遊園地が閉園してからは釣りや散歩等で憩いの場として親しまれている。

 

この池のある場所に以前、狐ヶ崎ヤングランドという遊園地があった。
今はイオンのショッピングセンターに姿を変えている。
この有度山の出っ張りになっている尾根が狐の鼻のような形をしていたことから「狐ヶ崎」と呼ばれていた。


「駿河の国をwebで歩く(46)「府中・南安東村・曲金村」」の投稿では「谷津山」の「狐ヶ崎」を取り上げた。

 

遊園地があったことからここが有名で、「狐ヶ崎」と言えば「有度山の狐ヶ崎」のことを思い浮かべる。

 

 

イオンの駐車場を通り抜けた南側、南幹線の下をくぐった所に「聖一国師堂」に通じる階段がある。
 

何故、ここに聖一国師堂?

 

元東急会長で静岡鉄道の社長だった「五島慶太翁」の銅像の説明を読む。(概略)

「五島慶太翁」はこの地を愛し、訪れることしばしばで「聖一国師」に傾倒していた。

「聖一国師」は僧侶として最高の栄誉である「国師」の号を日本で最初に贈られた高僧で、静岡茶の始祖として知られている。

聖一国師の高徳を称え、偉大な功績に感謝し、遺徳を伝えるため昭和29年御堂に国師真像を安置し、開眼の儀を行った。

静岡茶は、国師が中国から種子を持ち帰り、郷里栃沢の隣り部落、足久保の里に植えたのが始まり。

 

 

〇国師堂


階段の途中には雛人形の青島藤次郎翁の碑があり説明があった。(概略)
青島藤次郎翁は明治3年、府中の見瀬村に生れ静岡雛具の基礎をつくった人。
昭和6年には静岡県下で最初の百貨店田中屋の創始者。

翁の創見によってはじめられた静岡雛具はいまや日本全国に及び、さらに海外まで進出し、産額は全国1位を占めるようになった。

 

 

「上原堤」から旧東海道を跨いだ北側に静岡鉄道「狐ヶ崎駅」がある。

静岡鉄道は「狐ヶ崎駅」から入江岡駅まで約2kmはJR東海道線と並行して走っている。

 

 

旧道まで戻り、イオン入口の信号のある交差点の傍らに久能寺観音道道標というのがある。
 

〇久能寺観音道道標

ここでいう久能寺は今の東照宮のことではなく鉄舟寺の前身のこと。
次回に「久能寺観音道」を散策してみる。

 

 

次回は「江尻宿編」の「久能寺観音道」を行く。

 

 

 

*******参考*******
「駿河の国 東海道 (見て歩き)」(http://www7b.biglobe.ne.jp/~rainbowhp/tokaido/tokaido01.htm)
は私が10年ほど前に作った静岡市を中心に東海道周辺の写真を集めたまち歩きのサイトです。
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