本当に大事なことは面とむかって言葉で伝えたい。
先日Q太郎(昔のバンドのギター担当)と大阪ミナミでギター&歌の練習後お気に入りの立ち飲みやで語っていた。
俺たちの若かりし時代(昭和41年、42年生まれ)の人間は好きな女の子に告白する時、今みたいに
携帯なんてなかったから好きな女の子の自宅に電話をする前に彼女のお父さんが、もしくはお母さんが
電話に出たときのことからシュミレーションをしてダイヤルを回したものだった。
ということで盛り上がっていた。
中学生のころ1つ年下に好きな女の子がいて、俺は彼女に告白をしなければ明日に進めない状況だった。
友達がセッティングをしてくれてその彼女と二人きりになることが出来た。
今思えば劇的なシチュエーションだった。
俺と友達、彼女と友達が一緒に家に帰ることとなりその帰り道、タイミングよく信号機が黄色に変わったとき俺の友達と彼女の友達が道路の向こう側に走ってたどり着いてくれた。
赤信号で待たされこっち側にいたのは俺とその好きな彼女だけだった。
このときとばかりに俺は
『お前のことがすきやねん。』とだけ告白をした。
彼女はうつむいたまましばらくの長い時間(おそらく実際は2~3分)が二人の間で行きかう車の騒音とともに過ぎた感じがした。
非常に長く感じたような気がする。
やがて彼女は顔をあげて俺の顔を見つめて。。。しかしその大きな瞳から涙が。。。
『ごめん。。好きな人がいんねん』お決まりの言葉だった。
しかし彼女は続けた。
『でも、本当に嬉しかった、告白してくれてありがとう。今まで告白してもらったことも何回かあったけどみんな手紙とかやってん。こうやってちゃんと会って、顔を見て言葉で告白されたんはあなたが初めてやってん。ほんま嬉しい!そやからどうしていいかわからんくて考えてたらなんか涙が出てきて。。。ほんま、ごめんね』
といわれた。
『わかってた。お前が他に好きな人いんのしってた。でも、ふられたけどこれからも仲よーしてな。(笑)』
『ふられたとかいわんといてよ!そんなんちゃうねん。。。これからも仲よーしてな☆』
てなやり取りがあった。
この話は本当に俺の宝物。
今ではこっぱずかしいエピソードだが俺にとって非常に大切な出来事として今も鮮明に覚えているし心に刻みこんでいる。
結果はさておきその彼女とは高校は別やったけどそれまでもたびたびやりとりがあり仲良くすごせた。
この話を聴いていたたち飲み屋の『浅香唯』似の女の子は
『ええなあ。。私もじかに告白されたい!☆羨ましいな。。。!!』
と言ってくれた。
でも、俺たちにとっては本当に当たり前のことだった。
今でもこんな気持ちでいるのは変わらない。
好きなものには『好き☆』きれいなものには『美しい!』かわいい物には『可愛い☆』感動したら『感動した!』それをそう感じた相手にメールなんかではなく自分の言葉でじかに相手に伝えるのは当たり前のことだった。
でも、最近ではあまり真剣に受け止められないこともある。
メール、インターネットが主流で何を真剣に受け止めていいのか、また本当は大切な言葉なのに薄っぺらく感じてしまって簡単に流されがちなのも知れない。
俺たちは古い。確かに古いともおもう。
でも、大切なものに古いも新しいもないとも思う。
俺とQ太郎はこれからもこの姿勢は変えずに生きていくと思う。
今夜は飲みすぎかな。。。