2015年夏、臨時運行の終了が迫っていた「北斗星」が「最後のブルートレイン」と騒がれていたのをみてふと思ったこと。

 

あれ、「はまなす」は?

 

現在では寝台主体の特急でなければブルートレインと呼ばれない風潮があるが、国鉄末期のブルトレ本では「はまなす」のような14系寝台車+14系座席車の急行もブルートレインと呼ばれていたのである。

 

元々「ブルートレイン」というのは、1960年代にに20系客車の居住性やデザインの人気の高さから南アフリカの豪華列車にあやかって呼ばれるようになったと言われている。「ブルートレイン」と書かれたもっとも古い文献は1964年10月(東海道新幹線開業のダイヤ改正)で運転を開始した「はくつる」を竹島紀元氏が取材して書いた「鉄道ファン」誌だという説が有力である。

(この取材記事は、後に竹島氏が創刊した「鉄道ジャーナル」に何度も再録されている。)

 

元々「ブルートレイン」というのは20系を差した用語なので当時の人間にとっては10系寝台車をブルートレインと呼ばないのは当然のことなのだが、国鉄末期のブルートレインブームの頃になると事情が違ってくる。当時ブルトレブームに入った世代は二段式B寝台の24系25形を基準に物を見ており、同じ「幅52cmの三段式」である20系と10系のどこに線引きをしているのか理解できない人もいたのではないか?

 

年配の方は「固定編成客車だから」とかいろいろ答えるだろうが、この時の「10系寝台車がブルートレインと呼ばれない理由」をJRになってから「トワイライトエクスプレス」と白いホリデーパルの「玄海」に当てはまるどどうなるかという問題が新たに発生する。両者とも青くないがブルートレイン用の形式を使っている。特に「玄海」は「ザ・ブルートレイン」こと「あさかぜ」のスジと車両をそのまま引き継いでいる。

 

20系から10年ほどして583系という寝台電車が登場した。車体色には20系を意識した青が使われており、寝台幅も広く当時としては快適性も申し分ない。なのになぜかブルートレインと呼ばれなかった。昼行特急にも使われるのと当時のオタが電車を敵視する傾向があったのが原因か。おかげで583系化された「はくつる」はブルートレインブームの頃に出た本では「廃止されたブルートレイン」の項目の常連だった。(1994年に再びブルトレ化された)

 

1970年代に入ると14系と24系が登場するが、これは国鉄が明らかに「次世代ブルートレイン」と位置付けており、ファンも14系を使用する「さくら」などをブルートレインと呼ぶことに抵抗はなかった。

 

1970年代も後半になると、14系や24系の投入で余った20系を急行に使うようになった。が、車両面で少し昔の特急と変わらない(JR時代の「銀河」は特急と全く同じかA寝台車を連結した分格上)にもかかわらずブルトレ車両の寝台急行をブルートレインと呼ぶのは賛否両論あるようだ。

 

夜行急行は座席車中心で寝台車は一部だけという列車が多く、そのような急行は20系と12系の併結になり編成美という面でブーイングが出た。さらに14系寝台車+14系座席車という構成の急行も登場した。

 

EF66やロビーカーで話題になった1985年頃に出たブルトレ本では、前述の14系夜行急行だけでなく間合運用の昼行急行「宗谷」「天北」ですら扱っており、グリーンシートのことも載っていた。一方で「廃止されたブルートレイン」の項目には14系寝台車+14系座席車から座席車オンリーになった「津軽」が載っており、ブルートレインの条件が「専用形式(20系・14系・24系)の寝台車を連結していること」と考えられていることがわかる。この条件に照らすとJR北海道の14系寝台車をトレーラーとして組み込んだ気動車夜行もブルートレインになるのだが。

 

20世紀末に登場した「サンライズエクスプレス」「カシオペア」はデザイン面で意図的に脱ブルトレを図っているため誰もブルートレインにとは呼ばない。しかし21世紀に「サンライズ」「カシオペア」「ムーンライトながら」を抜きにして夜行列車を語ることが難しくなり「ブルートレイン」という言葉を使う機会自体が減少した。

15時50分ごろ、「スーパービュー踊り子10号」池袋行きの改札が始まる。特急だけあって改札に面した1番線に入線している。といっても改札の前が車止めなので2・3番線に行くのも苦労しないのだが。むしろ一番前まで10両分フルに歩かされるのが大変。


先頭車両10号車の二階席を抜け、一ヶ月前の10時にゲットした最前列の特等席に座る。「スーパービュー踊り子」は下りは先頭の展望車がグリーン車だが、上りは普通車が先頭になるため狙った甲斐があった。しかし側面も運転席上方も窓が大きく視界のよかった「リゾート21」と違い、「スーパービュー踊り子」は視界がイマイチである。調べなかったが2列目だとほとんど見えないとか。「リゾート21」より後発なのにどうしてこうなった?


行きに見た景色を反対方向から眺めながら熱海に到着。ここからは東海道本線を高速で走行する。すれ違う列車もE231系かE233系の二階建グリーン車組み込み15連の長編成ばかりで、沿線も建物が激増して首都圏に入ってきたと実感する。小田原の手前ではクラシックカラーに戻された小田急LSEを追い抜く。戸塚で横須賀線・湘南新宿ラインに転線するが、過密ダイヤのためかノロノロ運転になる。


近年開業した武蔵小杉駅にも停車。南武線や東急に接続していて立地がよく、郊外居住者がかなり下車する。品鶴貨物線から山手貨物線へのアプローチ部分の展望を楽しむといよいよ東京の中心部に。スピードが出ないせいか山手線が結構長く感じる。新宿を過ぎ19時3分に終着の池袋に到着した。日の長い7月上旬なのでギリギリ暗くて展望がきかないということにはならなかった。なおここまでの3時間前面展望にかじりついていたため列車の中はロクに見ておらず、車内販売もスルーしました。


池袋でメトロ丸の内線に乗り換えて東京駅へ、Suicaが威力を発揮します。ICカードの共通利用化が進んで久しいですが、日本のあらゆる交通事業者が自分の常連客が東京へ行ったときの便を考えてJR東日本と結びたがるためSuicaはあらゆる所で使えて便利すぎます。


東京からは「ひかり早特きっぷ」でグリーン車に乗って帰ります。どうせ帰って寝るだけだしのぞみ普通車と450円違うだけというお得感につられました。指定していた列車は20時03分発の「ひかり531号」です。車両はJR西日本の700系です。


遅くなりましたが夕食を。丸の内線の駅からJR東京駅の地下にあるGranStaに入って「銀の鈴幕の内弁当~日本ばし~銀幕」を買おうとしたのですがGranStaが改装されて「駅弁屋 極」が無くなってました。仕方なく5号売店(新幹線改札の前)で「こだわりのとんかつ弁当」を購入。冷めてはいるが、それでもとんかつが柔らかく味も落ちておらず、さすが考えて作ってると感心する。


駅弁を食べた後は、グリーン車の端から毛布を出してリクライニングを倒します。暗いながらさっき通ったばかりの武蔵小杉や熱海はわかったのですが、静岡を過ぎたあたりから新大阪直前まで眠ってしまいました。帰宅後の寝不足を少しはカバーできた様子。


というわけで慌しい日帰り旅行でしたが、長年気になっていた「リゾート21」に乗ることができて満足しました。それにしても就職してから日曜日新幹線が増えたな…

12時20分に熱海着。さっそく1番線へ向かうとリゾート21が既に入線していました。帰りに「スーパービュー踊り子」の最前列を確保済みなのでリゾート21は海向きの座席でもいいかなと思ってましたが、登った階段の目の前に先頭車があったため展望室を覗いてみるといくらか空席があり、座ってみると前面窓が大きいことや劇場型階段座席のために最前列でなくても展望が良好なのでここに決めました。ちなみに最前列はノートパソコンとカメラを用意して展望映像をリアルタイムエンコードする強者が陣取ってました。


リゾート21は初期車が老朽化で廃車され、現在は第3編成「リゾートドルフィン」、第4編成「黒船電車」、第5編成「アルファ・リゾート21」(以下アルファ)が在籍しています。私が乗る12時32分発伊豆急下田行きに使われているのは一番新しいアルファ、新しいといっても今年で20回目の夏になります。


ちょうどお昼なので腹ごしらえ。あらかじめ三島駅の新幹線ホームで購入していた「港あじ鮨」を食べることにします。握り・巻き・押し寿司の駅弁は鞄の中にいれてもぐちゃぐちゃにならないので持ち歩きに便利です。鯵に脂がのっていてなかなかおいしかったです。ちなみにこの駅弁、「あさぎり」が沼津発着だった頃は小田急ロマンスカーでも扱っていました。


発車前に食事を終えてしまい、これからは前面展望に集中することにします。JR伊東線は開業が古いのですが、それでも地形が険しく海も見えるため最初から絶景です。もともと下田まで建設予定があったのに戦前に伊東で挫折した(伊豆急は国がやらぬならと戦後東急が作った)のがよくわかる地形です。


飽きない景色を眺めていたらすぐに伊東に到着。ここから伊豆急行に入ろうという時にアニメキャラの声が聞こえてくる。下田を舞台にしたアニメ「夏色キセキ」の聖地巡礼に先手を打ったのか、伊豆急行がコラボ企画でアルファの普通列車は伊豆急行線内の車内放送を「夏色キセキ」のメインキャラ4人が担当しているのを思い出した。しかし対象がアルファの普通列車のみで、そのアルファは特急運用が多く機会が限られているのだが、リゾートドルフィンが検査中でアルファが珍しく休日の普通運用に入ったため運良く巡りあえた。


伊東からも絶景が続くが、見るのに夢中で写真撮ってません(笑)。途中で展望席の乗客が下車していったため最前列左側(運転士の後ろ)に移りました。伊豆急下田駅には14時8分に到着。「夏色キセキ」のポストカードをゲット。


伊豆急下田駅は大量の観光客を効率よく捌くためか入口と出口が完全に分離しています。ここから海に行ってもよかったのですが、もうちょっと乗り鉄しようと思い、Suicaで改札を通り14時39分発のアルファの折り返し普通列車に乗り込みます。今度は2号車の海を向いた座席に座ります。さすがに末端区間だけあってガラガラでした。今井浜海岸で下車。名前通り海が見えますが崖の下なので降りる時間なし。ここで黒船電車を待って伊豆急下田へ戻ります。


黒船電車は1990年製のリゾート21第4編成「リゾート21EX」を黒く塗った上で車内に黒船や下田開港に関する資料を展示してある。見た目の印象に反して車内は「リゾート21」のオリジナルスタイルをかなり残している。座席の配置やデザインは既に廃車された初期車に近い印象でアルファとはかなり違って見える。原形が四半世紀前なのでさすがに古く見えるが、全ての号車に海を向いた座席がある、山側のボックスシートは2人掛けでゆとりを持たせてあるなど相当思い切った設計がわかる(普通列車用なのに定員が特急車以下という…)。これがアルファだと4人掛けボックスシート中心で退化した印象があり、特急に使うのはどうかと思うからね…


伊豆急下田に戻り、次はいよいよ「スーパービュー踊り子」の最前列に乗ります。

展望を考慮した大胆なデザインで有名な伊豆急行の「リゾート21」、関西在住の私には縁が無かったのですがふと思い立って日帰りで乗りに行くことにしました。時刻表や伊豆急ホームページで運用を調べた上で、時間に余裕があるので先に伊豆箱根鉄道に乗る予定を立てました。


日帰り旅行なので新幹線は必須。新大阪から乗りますが、乗換改札を通る前に在来線コンコースで駅弁を購入します。新幹線改札内(車内販売含む)で売っているジェイアール東海パッセンジャーズの弁当より西日本フードサービスネットの売店「旅弁当」で売っている淡路屋の駅弁が好みなので。


三島で伊豆箱根鉄道に乗り換えるため、三島停車の「ひかり510号」(7時30分発)に乗車します。始発駅では山側E席に楽に座れましたが名古屋までの各駅停車と浜松・静岡で自由席が満席に。9時55分着の三島では乗降に時間がかかり発車が遅れたと思われます。どうも休日は「のぞみ」の直通需要が減る反面、観光地に停車する「ひかり」の需要が増えるのでしょうか?


JRからの連絡通路を抜けて伊豆箱根鉄道の三島駅へ。転換クロスシートの7000系を期待したのですが10時17分発の電車は3000系(113系タイプのボックス式セミクロス)でした。但し3両編成の中間車だけが転換クロスシートになっているレア編成なので逆にツイていたのかも。


すれ違い列車が見える進行方向右側に座って景色を楽しみます。すれ違う列車は7000系やオールロングの元西武車が完全にランダムで使われているようです。ところでこの路線の車両、同じ3000系でも鋼製車体とステンレス車体で扉や窓の割付が異なり、また7000系はレイアウトがJR東海311系そっくりで中間車だけ二扉(213系がモデルっぽい)。要するに伊豆箱根鉄道駿豆線の車両は扉の位置がバラバラ。これじゃホームドアなんて無理だな。


終点の修善寺には10時53分に到着。ひなびた観光地といった趣の駅舎ですがリニューアル予定とのこと。ここからバス路線も出ていますが時間が無いので駅前を散歩するだけ。


11時29分発の上り列車は3000系のノーマル車。内装や座席の形状が国鉄の113系みたいでどうもボロい印象を受ける。すれ違う列車をのぞいたところステンレスの後期型もJR時代の製造なのに内装は昔のまま。観光地を走る列車としてはどうかと思う。といっても伊豆箱根鉄道は沿線に住宅が住宅地で、休日昼間でも日常利用者が多く三島に近づくにつれかなり混んできた。話には聞いていたが、地元密着で堅実な経営をしていることがよくわかる。


12時3分に三島に到着。JRへの接続が3分と危ういが、三島駅の構造を把握して先頭車の前寄りに乗っていたためなんとか間に合った。後ろの車両に乗っていて改札の混雑に巻き込まれたら無理だっただろう。12時6分発の熱海行き普通列車は313系2000番台。テツには評判の悪いJR東海静岡地区のロングシート車だが、熱海まで短時間なのであまり気にしない。

http://www.tobu.co.jp/file/4058/111215-3.pdf


東京スカイツリーのオーナーである東武鉄道が自社の看板特急「スペーシア」をリニューアルするという発表がありました。


全体的にスカイツリーをイメージしてデザインされていますが、車体塗装は全9編成を「江戸紫」「隅田川の水色」「日光鬼怒川をイメージした現行色のアレンジ」の3バージョンに分けるそうです。


ところでJR対応編成(ATSやグリーン車マークが付いている)はどの色になるのでしょうか? 3編成あるので全バージョン塗られるか、それとも新宿にスカイツリーモチーフが来ても意味ないので全て現行色カスタムになるか。


それにしてもこの車両、登場から既に21年が経っています。どのくらい古いかというと、スカイアクセスのせいでいらない子になった253系とAE100より古い。とはいえ現在のスタンダードであるVVVFインバータを搭載しており、また錆びにくいアルミ車体のためさほど傷んでおらず、内装もバブルクオリティのため古さを感じず今後も長く使える車両なのでいずれはリニューアルするだろうと思っていました。


ただ車内は内装の張り替えだけで仕様変更はない様子。変更すると交通バリアフリー法の適用対象になり、車体をいじるのが面倒だからでしょうか。アテンダントの乗務やシートサービスが廃止され現状に合わなくなっているビュッフェもそのままのようです。よくてレイアウト変更・イートインスペース設置、悪くて廃止して客室とワゴン基地化と思っていましたが。


このケチケチ改造も東武クオリティか? まあ私も元のスペーシアが優秀なのでこの程度の改造で済むだろうと予想はできましたが。ただ余所者(関西人)の私の予想を的中させる東武という会社もどうかと… 阪急は6300系を嵐山線に転用する際、「東武1800系みたいにドア付近の座席を撤去するだけ」という私の予想の斜め上を行ったのに。

かつてプラレールで「踊り子号」と「新幹線リレー号」が出たことがありますが、その実体は既存製品の165系に185系の色を塗っただけというトンデモ製品でした。金型をむやみに作れない昭和時代の事情があるにしても、185系の要である特徴ある前面が再現されてないため子供の拒否反応は大きかったようです(他の部分ならごまかしてもいいんですけど)。


このプラレールの「185系」をNゲージの165系に色塗って再現して、これを運転会に持って行って湘南色の185系と併結させたら(165系と185系はリアルでも併結可能)ギャラリーひくかなあ。

先日北陸本線で475系の普通列車に乗っていたら、「福岡」という駅に停車しました。九州の福岡市の駅が「博多」で被らないため堂々とこんな紛らわしい駅名を使っていますが、鉄道に疎い人が福岡県福岡市に行こうとして間違えるケースってないんでしょうか。


Wikipediaで調べたところ、日本の地理を知らない外国人が時々間違えてやってくるそうです。そういう時は駅員がなんとか博多に行けるよう手配しているとか。サンダーバードと新幹線で博多まではさほど時間がかからないのが救いですね。


さすがに日本人なら乗る前に方角で気がつきますが(マンガのお嬢様キャラのネタにはなる)、それでも鉄オタの私が想像もできないほど鉄道に疎い人はいるもので切符買うときに「福岡まで」と言って気のきかない駅員が博多のことか確認せずに発行しかねないです。

鉄道専用ブログを作ろうとおもうのでとりあえず書いてみた。