今日は、母方の祖母の誕生日です。
母方の祖母は既に他界しています。
この記事で、母方の祖父母を『祖父』、『祖母』と記載します。
祖母は、4人姉妹の長女です。
祖母の父親が、『これからは女も教育が必要だ』という考えで、祖母姉妹を学校に送り込みました。
祖父は、次男坊です。『家督は長男に継がせるから、職に就けるように高学歴になれ』と学校に送り込まれました。
祖父と祖母は同じ学年です。
学校は違います。
同じ電車で通学していて、祖父は一方的に祖母を知っていました。
祖母の方が通学距離が短かったので、祖父は、乗ってくる祖母を見かけて、降りる祖母を見かけていました。
祖父も祖母も公務員になりました。
祖父が公務員になった理由は、長男とか次男とか関係ないからです。
祖母が公務員になった理由は、長女なので、親の面倒を将来的に見るために家から通えるからです。
そして、祖父は、大東亜戦争で兵役につくことになりました。
敗戦が色濃くなっていたので、すぐに戦地に送られるわけではなく、重い棒を鉄砲と思えと言われ、それを持って行進の練習や構えの練習をしたそうです。
そして、この部隊は特攻隊になるという話が仲間内で広がった頃、終戦を迎えました。
戦地には行きませんでした。
祖父はまた公務員として働きました。
そんな祖父に見合いの話が来ました。
祖父は、次男なので、どこかに婿に行くだろうと思っていたそうです。
そして、見合いの相手が、祖母でした。
学生時代、毎日のように同じ電車で見かけた少女でした。
名前も一字違いです。
祖父と祖母は結婚しました。
祖父は、祖母の姓になりました。名前が一文字違いの夫婦誕生です。
そして、母が生まれ、母の弟が生まれました。
祖母が、病気になり入院すると、祖父は毎日見舞いに行ったそうです。
祖父母の馴れ初めとか知らなかった当時の私は、『お母さんのおじいさんとおばあさんって仲良しなんだ・・・』と思いました。
生まれたときから同居していた父方の祖父母は喧嘩上等の夫婦だったので。喧嘩ばかりしている父方の祖父母を見て成長したので結婚に夢が持てなかったのかもしれません。
祖母が亡くなる前日、私は祖母のお見舞いに行きました。
その日、祖父は行きませんでした。
そのことをとても悔やんでいました。
祖母が亡くなったのは、朝でした。
早朝、祖母が入院している病院に行き、その足で、母の実家に行き、祖父に会いました。祖父は足腰が少し不自由だったので、留守番をしていました。
そのときに、祖父が写真を見せて、祖母との出会いを教えてくれました。
祖父が写真屋さんに特別にいただいた『御真影』も見せてもらいました。
祖父は、学生時代からカメラが趣味で、写真屋さんと懇意にしていたそうです。
いろいろな写真を見せてもらいました。
「まさか、先に逝くとは思わなかったなぁ」
と祖父が何度も言いました。
その後、棺に入った祖母が、葬儀場に着きました。
祖父が、何度も祖母の頬を撫でて、涙を流していました。
祖父は、祖母に何か話しかけていましたが、何を話していたかわかりません。
二人だけの最後の会話だから、誰も止めませんでした。
翌日、みんなで火葬場に行きました。
焼き場に入れる前に、お坊さんがお経を唱えました。
出窓(?)から顔だけ見ることが出来ました。
祖父は、祖母を見て、泣きました。
映画やドラマじゃなくても老人って泣くんだ・・。と、思いました。勝手に、涙は若者の特権のような気がしていました。
祖父は、最後に祖母の顔を見ました。
『化粧されて、生きているみたいで、隣りにそっと横になって、一緒に焼いて欲しかった』
後日、祖父が私に言いました。
そんな今日、亡き人と残された人の間に立つ納棺師を主軸にした映画『おくりびと』のDVDが発売されました。フラゲは昨日ですか?
そして、最近、祖父は、私に『結婚はいいものだよ、早く結婚しなさい』とうるさいので、母の実家の敷居が高くなりつつあります。