東京地裁で、23日に、初の被害者参加裁判がありました。
これまでの刑事裁判では、被害者は検察に被害状況を述べたり、心情を述べたりして、検察官を通して加害者に伝えられていました。
刑事裁判では、被害者は蚊帳の外的なところがあり、被害弁償は民事で争ってくれってことでした。
でも、民事の時に、加害者は拘留されていたりするので、加害者の代理人弁護士が出てきて、加害者が直接被害者に謝罪するってことはほとんどなかったと思います。
あくまで私がいろいろな記事を読んだり、裁判を傍聴したりした感じです。
あ、私、無職の時は、傍聴マニアでした。整理券が配られるような重大事件じゃないものは、結構簡単に傍聴出来ますよ。地裁しか傍聴したことないですが。
23日の東京地裁718号法廷での被害者参加裁判で、私は被害者をちょっと尊敬します。被害者は、被告人(加害者)2人に対して、きちんと話をしているからです。
事件の内容は、昨年10月、52歳の会社員が、路上で21歳の2人に言いがかりをつけられ金を奪われそうになり、胸を殴られて肋骨を骨折しました。
被告人の罪状は、恐喝未遂と傷害です。
新聞によると、被害者は、
「夜遅くまで疲れて仕事をしている人からお金を奪うことをどう思いますか」
「裁判所に厳しい判断をお願いしようと思っている。私のせいで刑が重くなったとき、恨みますか」
「今日、私の顔を見て憶えたと思うけれど、もし将来、道で出会ったらどうしますか」
と聞きました。
もちろん、被告人2人は、
「卑怯だと思う」
「恨まない」
「謝ります」
とそれぞれに答えました。
被害者が加害者に会うまで、どれだけ怖かったか。突然言いがかりをつけられて、骨折させられて。相手を人間の皮を被った悪だと思ってもおかしくないと思います。
それでも、対面して、きちんと自分の言いたいことを言ったことに尊敬の念を抱きます。
自分だったら、言えるのか、考えました。
私が、突然道端で見知らぬ人間にボコボコにされたとします。その時、骨折とかして、加害者の裁判に参加するかどうか聞かれたら、多分、検察官に「許せないので、出来るだけ重い罪にして下さい」と言って、署名捺印すると思います。
ボコボコにされたとき、骨折では済まず、一生四肢に不自由が残るようになったとき、私は裁判に参加すると思います。きっと、加害者を許さない。許す気持ちを持たないと思います。
『一生刑務所から出てこれないようにして下さい。死刑にして下さい』と簡単に発言すると思います。
もしくは、発言するまで冷静を保てず、不自由な四肢で加害者に殴りかかるかもしれません。
いつ、被害者になるかもわからない世の中です。
刑を重くすれば、罪が減るわけではないことを、飲酒運転が証明しています。
もし、私が、今回被害者参加した52歳の会社員だとします。
被告人(加害者)の言葉を信じるはずがありません。
『刑が軽くなりたいから、恨みませんとか言っているんだろ?』
『量刑のために、道で出会ったら謝るとか言っているんだろ?』と絶対に思います。
そして、いつ加害者が刑務所から出てくるのかをビクビクして過ごすと思います。
『顔を見られた!いつか復讐される!』
加害者が、健全に社会復帰しても、『ムショ帰り』とかで不当な扱いを受けた時、自分の犯した罪を考えるより先に『あいつ(被害者)が刑を重くしたから、こんな目にあっている!』と思って復讐しに来るのではないかと思ってしまいます。
もう、今の住所にも住んでいられないと思います。
どこに行っても、怖くて、怖くて、きっとノイローゼ一直線だと思います。
自分が、被害者になったとき、裁判に参加出来ますか?
ずーっと前に、天童荒太さんと坂本龍一さんの対談を読んだとき、自分の子供が殺されたら、加害者をどうするか?というテーマで、坂本龍一さんが、『相手を殺しに行く』と発言なさって、天童荒太さんは、『相手を殺しに行かない』と発言していたのが、印象的です。
同じ質問を父上に聞いたことがあります。
『家族全員死んで、親戚もみんないなかったら殺しに行くけど、誰か一人でも残っていたら、犯罪者の家族になって可哀相だから行かない』と答えていました。ヨダレ母(元ヤン)もまだ未婚でした。
『むしろ、誰かを傷つけて、謝りに行く方が嫌だなぁ』と父上は続けました。
父上は、ヨダレ母(当時現役ヤンキー)の行く末を案じておりました。いや、当時は『行く末』じゃなくて、現状を案じていたんですかね。
とりあえず、通り魔が怖いので、明日会社休んでもいいですか?