新たな扉を開けた瞬間、ラグナの眼前に広がったのは見慣れた景色だった。
魔法学校・イフリート寮。燃え上がるような炎のエンブレムが目印の、自分自身の今の居場所。
そしていつか、必ず帰るべき場所だ。
何故か人の精神世界に居座っている老人が言うには、ここが第四の試練の場所だそうだが―――周囲を見渡すと、普段通りの光景が広がるだけだ。
(とりあえず俺の精神世界って事だし、此処は魔法で作られた場所って事か?)
他人の中になんてもん作ってんだよ……とボヤきながら、ひとまず寮の中へ入ろうとして扉を開ける。
すると――――
「ッ!?」
突如強烈な破裂音が鳴り響いたかと思うと、一瞬で景色が切り替わった。
気が付くと寮の中。自分の部屋では無かったが、確かに見覚えのある部屋に彼は居た。
六年前。記憶も朧気で、自分の名前しかわからないような少年が連れてこられた場所。
そして、ベッドの上には見覚えのある男性が傷だらけで横たわっていた。
「バンちゃん……!?」
―――夢を見た。
ちょうど、六年前の事だ。
雪の降るある日、魔法学校へ赴任するその道すがら、バンは不思議な魔力を感知した。
人のモノとも、悪魔のモノとも思えるソレは、今にも消えそうなほど弱々しく蠢いていた。
一瞬だけ出現した凄まじい数の魔力反応。そしてそれを瞬く間に殺し尽くした、それ以上の何か。放っておけば必ず世界の脅威となる。
悪魔と人間の全面戦争がまたいつ起きるともわからない今、一刻も早く調査の必要があると感じた彼は、近くの町で馬車に乗せてもらい、その現場へとやってきた。
そこに広がるのは夥しい破壊の跡。大規模な戦闘か蹂躙か。辺り一面に飛び散っている悪魔の残骸の中心に、一人の少年が倒れ伏していた。
「子供……?」
辺りの景色に溶けてしまいそうな銀髪。彼の周囲には、まるで彼を護るかのように暖かい魔力の残滓が残り続けていた。
きっと、誰かがここに現れた悪魔を倒したのだろう。たった一人で、この子供を守る為に―――そう考えていると、彼の開けた服からチラリ、と覗くものがあった。
(イフリートの紋章、ね……)
魔法の才能が特に濃い者は、身体の一部にその人物が最も得意とする紋章が浮かび上がるという。
事実、先日出会った大魔導師の血を引く少年・サディークも右肩にこれと同様のものがあった。
「俺は魔法使いだ。これから、未来の魔法使いを育て上げる為の学校を創る。だからさ、お前―――」
一面の雪景色。
今はまだ思い出せない後悔と、悲しみが残る場所。
生と死の境界すら曖昧な世界の中、彼は、
「魔法学校、来ないか?」
暖かい太陽のような笑みを浮かべながら、少年へと手を差し伸べた。
―――それからの日々は、男にとっても少年にとっても、充実したものだった。
少年は男や同じ学校に通う生徒から様々な事を学び、出会った頃の鬱屈とした表情はどこへやら。笑顔を取り戻していった。
男は少年と彼を取り囲む生徒たちの笑顔を見守り。
一日の授業が終わり、男の仕事が終わり寮へ戻る頃には少年も帰ってくる。
中等部に進級する頃には少年も個人用の部屋を用意され、寝食を共にする事は少なくなったが、それでも教室で何度も顔を見合わせるし、言葉を交わさない日は無い。
まるで、自分に息子が出来たかのようで、とても充実した日々だった。
少年が成長するにつれ、彼の周囲には仲間が増えた。
時に争い、時に励まし合い、時に悲しみを共有する、大切な仲間たち。
そんな彼らを見守り、導くこの教師という仕事を、男は誇りに思っていた。
―――ああ、そうだ。
―――何でこんなとこで倒れてんだ、オレは。
夢から目覚め、見慣れた天井を見上げる。
走馬燈というヤツなのだろうか、縁起でもない―――だが、悪くは無かった。
まるで誰かに背中を押されたように、教師として過ごしてきたこれまでの時間を思い出し、バンは呟く。
「―――まさか、六年も騙されたまんまとはなぁ……。いやぁ、まいった」
世界を救った大魔導師。先代の魔王を討ち滅ぼした大英雄。
そんな存在に認められ、彼の創る時代の魔法使いたちを導ける事が嬉しくて。彼に従った。
なのに、この結果はどうだ。
実は大魔導師はとっくの昔にこの世を去っていて、今まで自分が大魔導師だと信じて疑わなかった相手は本物の魔王で、全く歯が立たなくて。
「こんなんじゃ、カッコつかねぇよなぁ……」
倒れている場合じゃない。
今でも外では生徒達が戦っている音が聞こえる。
教師がこんなところで寝たまんまでどうするんだ。
「大体こんなトコで寝てたら、あの馬鹿に笑われるっつーの……!」
――だから、早く帰って来いよ。
――お前が人間だろうが悪魔だろうが、帰る場所はいつだって此処なんだ。
部屋にかけた背広を羽織ると、バンは痛む体を引き摺りながら、生徒達の待つ戦場へと向かっていった。
「コレは……今起きてる事なのか?」
部屋の主が居なくなった部屋で、ラグナは周囲を見回しながらつぶやく。
するとその質問に答えるかのように、部屋に入る前に出会った老人が現れた。
「その通りだ、未来の魔王よ。この世界は、互いが互いに誰かを思うことで出来ている―――ヒトの世界はそういうモノだと、私は知っている。そして魔王とは本来、それを護る守護者の名だ」
「は? 何言って……」
老人の言葉の意味が分からず、訊き返そうとすると―――再び、世界が切り替わった。
視界が暗転し、切り替わる最中に老人の声が脳内に響き渡る。
「―――王とは、ヒトを超えし者。ヒトを護る者。なればこそ、王は知らねばならない。王もまた、他者の愛を受けて生きているという事を」
暗闇の中、老人の声がこだまする。
そしてまた、世界は新たな光景を映し出した。
―――雪の降る季節。
寂れた実験場で、少女は目を覚ました。
あの時、大切な人の命を創り、代償として消えたはずの自分が、此処にまだ存在している。
その事実に戸惑いながらも、少女は立ち上がった。
(あたし、何で……?)
あの瞬間、ラグナの心臓を創った時。その引き換えとして、確かに自身の命が消えていくのを感じた。
しかし、自分の身体は未だここに存在しているし、きちんと感覚もある。
一先ずこの光景が夢でないことを確認しようと、頬を抓ってみた。痛い。痛覚もきちんとある。
それに―――
「ラグは……無事みてェだ……」
彼の身体と同化するように創り出した、彼の新たないのち。
やがて同化が進行する程にアリスとのリンクが切れる代物だが、今はきちんとそれを感じられた。どうやら死んではいないらしい。恐らく誰かに助けられたのだろう―――魔界ではなく人間界の、ソレも魔法使いの集まる場に引き取られたようだ。
何故まだ自分が生きているかはわからない。
しかし、再び命を得たのなら、やりたい事があった。
それは、
「あたしが魔界に行ってから、また似たような実験が起きてるかもしれねェし……ぶっ潰すか」
もう二度と、自分のような境遇の人間を生み出さない為に。
よし、と気合を入れて立ち上がる。
本当は、何よりも先に彼の無事を感覚ではなく、この瞳で確かめたい……。
でも今、彼に会ってもきっと何も思いださない。会いたいとは思うが、きっと会ったところで無駄なのだろうと思うと、胸がチクリと痛んだ。
改めて実感する。自分もまた、彼の事が好きだったのだと。
「あたし、頑張るからな。また、会えたら――――」
―――否。
この先の言葉は必要無いと、そう感じた。
いずれ時が来れば、必ず会える―――そんな気がしたから。
「よっしゃ、行くか!」
頬をぱちん、と叩いたアリスは一目散に駆け出した。
彼に救われて得た命を、無駄にしない為に。もう二度と悲劇を生まれさせない為に。
「これは、アリスの過去か……? なぁオッサン、何でアンタは俺にこんなものを見せるんだ?」
走り出すアリスとすれ違うラグナ。その身体は透けているのか、彼女に触れる事は出来ない。
困惑する彼の問いかけに、老人は答える。
「―――君が魔の王となる時、けして忘れてはならない事があるからだ」
「忘れては、ならない事……?」
「然り。ヒトは誰しも、強すぎる力を手に入れる度、失ってしまいがちなものがある。それでは、真の王とは呼べない」
「真の、王……」
少なくとも目の前に立つ老人は、自分に対して敵意を向ける事は無いのだろうと感じた。
これは、次世代の魔王の為の試練―――しかしラグナの記憶が確かならば、魔王とは彼の父親を除いてロクでもない悪の化身のような連中ばかりだ。
自分の祖父や兄が持たず、父親と自分だけが持つモノ―――決して忘れてはならないモノ。それこそがこの試練の答えなのだろう。
そして、恐らく――――
「―――今の魔王は、魔王っていう役割を創った昔の連中が考えてたモンとは違うって事なのか?」
「然り。王とは力を行使し、支配するだけの存在ではない。護り、導く者の事を指す」
「護り、導く者……」
「あの少女はお前に救けられ、そしてまたお前を救けた。あの男もまた、お前の帰る場所を守る為に戦いへ赴いた。ではお前に訊ねよう―――お前は、何を成す?」
「俺は―――」
答えなど最初から決まっていた。
あの日、一人魔法学校を飛び出した日から―――
第47話『矜持』
魔法学校 校庭
「このまま凌ぎきることが出来れば良いのですが……ッ!!」
魔法学校の周囲を取り囲むように展開する多数の悪魔たち。
その目の前に氷魔法による障壁を展開し、隙を見て攻撃を仕掛ける作戦を取っているバーナード達在校生。
敵の数は確かに減ってきているとはいえ、バーナード達の消耗も激しかった。
周囲の魔力がみるみる衰えていくのがわかる。当然だ、一瞬のミスでもあれば障壁は瞬く間に瓦解し、悪魔の侵入を許してしまう。
そんな状況下で魔法を使い続けていて、普段通りの力を発揮できるはずも無く。
後方でとてつもない爆発音が響いたかと思えば、その場を担当していた生徒達の魔力が底を尽き、まさに障壁が崩れ去ろうとしている所だった。
「バーナードッ!!! 後ろの皆が!!!」
「わかっています! 氷晶壁―アイスクリスタル・ウォール―!!!」
後方へと意識を向け、氷の壁を出現させる。
だが、反応が少し遅れてしまった為か―――周囲を取り囲むように展開している悪魔のうち後方の一群が、一瞬の隙を逃さず内部へと侵入してきた。
「させるかよォォッ!!!」
同時に龍がイフリートの生徒を率いて飛び出す。
だが、戦況は決してよいものではなかった。
次々と襲い掛かってくる悪魔達。障壁を展開しているバーナード達を傷つけるわけにもいかない為、自分達でこの悪魔達を倒すしかない。
「畜生ォォォォォォッ!!」
両手に炎を宿し、他の生徒を襲う悪魔へと殴りかかる。
強烈な一撃が悪魔に叩き込まれるが、手ごたえは無かった。
「効いて、ねェのか……!?」
その言葉に答えるかのように、顔面を殴られたはずの悪魔が拳を振り払い、こちらに向き直って言う。
「当然だ。我らが王の復活に呼応し、我々の力は満ち溢れている……貴様ら人間の抵抗など我らの前では無意味ではあるが、我が王直々の命令でな」
「―――ッ!!!」
気が付けば、悪魔の魔法によるものか―――身体が全く動かなかった。
「おっと、そんなことをしても無駄に決まっているだろう? 貴様程度の力では我が呪縛からは逃れられん―――手始めに一人、死んでもらうとしよう。さらばだ、音無龍」
悪魔の翳した右手に魔力が収束し、巨大な光弾を形作る。
終わった―――自らの死を確信した、その時。
「チィッ!!!」
強烈な激突音が鳴り響く。悪魔の攻撃は龍に直撃する前に、ある人物によって防がれていた。
「え……?」
「―――大丈夫か、お前ら」
龍の眼前に立っていたのは、見慣れた背中。
馬鹿だらけのイフリートクラスを纏め上げる、男の姿だった。
「バンちゃん――ッ!!! そんな傷で……!!!」
「うるせぇ、なーに情けない声出してんだ。いつもの元気はどうした? オレの生徒はそんなに―――いや、違うか」
よく頑張ったな、と言いながら龍の頭を撫でる。
―――本当に、よく頑張ってくれた。
自慢の生徒達だと、強く思う。
だからこそ……だからこそ、教師である自分が強くたくましく成長した彼らに守られていたことが嬉しいし、腹立たしい。
いくら力があるとはいえ、自分より小さな子供たちを戦線に立たせてしまうことになった自分の不甲斐なさに、心底腹が立った。
「ほう、魔法学校の教師……。『四賢者』の一人、バンですか。魔王様に始末されたハズですが……?」
「アホか。生徒残して呑気にあの世逝けるような無責任な人間ならなァ―――!!」
悪魔の声に呼応するかのように、己が内に燃え上がる怒りを炎へと変えるバン。
彼の拳を炎が覆い、そして―――
「教師なんざ、やってねェんだよ!!!!」
彼の叫びと共に、爆裂した。
炎属性の基礎的な攻撃魔法、拳に炎を宿して攻撃する『炎拳』―――四賢者の一人であるバンが行使する魔法は、通常の魔法使いの比ではない。
絶大な爆発を伴う拳は、確かに目の前の悪魔を殴り飛ばし、爆発の余波で周囲に展開していた何体かの低級悪魔を焼き尽くした。
「すっげぇ……!! 倒したのか、バンちゃん!?」
拘束魔法を行使していた悪魔が吹き飛ばされ、呪縛から解き放たれた龍がバンに駆け寄る。
しかし、あれほどの威力の魔法を叩きこんだバンの表情は明るいものではなかった。
「気を付けろ、まだ生きてる……。いいか龍、お前は他の生徒の援護に回れ。アイツの相手は俺がする」
「―――わかった! でもバンちゃん、無理だけはすんなよ! 絶対だぞ!!!」
バンの指示を受け、そこを立ち去っていく龍。
その後を追うように、吹き飛ばした前方から先ほどの悪魔が勢いよく飛び出してきた。
「待てよ、お前の相手はオレだ」
「ほう……『四賢者』が直々に相手をしていただけるとは、光栄ですねぇ」
「黙れ。魔界の七将軍の一人だろう、お前。ウチの生徒にそんなバケモンの相手させるわきゃねぇだろう」
「成程……。魔王のご子息を育てた教師の力、拝見するとしましょうか」
「ご子息、ねぇ」
「ええ、ラグナ様の事です。元より問題ばかり起こしていた方ですから、苦労も絶えなかったのでは? 人との混ざりもの。"出来損ない"の王子など拾って、どうするつもりだったんです?」
魔王の子息―――その言葉に、バンの脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。
思えば、彼とは六年もの付き合いになる。自身の教師人生と同じだ。
だが、彼は今ここにはいない。きっとあの馬鹿の事だ、誰にも相談せずにまた一人どこかで戦っているのだろうと思う。
「ああ、そうさ。あの馬鹿には本ッ当に手を焼かされっぱなしだ。毎度毎度大事な事は隠したまんま、どっか行きやがって苦労しなかった日はねぇさ。けどな」
どうしたかったかなんて、知らない。
あの日、彼を拾ったのが正解だったのか間違いだったのかなど知らない。
だが、一つだけわかる事がある。
その答えを胸に、バンは眼前の悪魔へと立ち向かう。
「どうしたかったかなんてわかんねぇさ。助けたいと思って助けた、そんだけだ。それに、アイツを拾ってから教師らしい時間を過ごせたのは、オレにとって最大の幸福なんでな!」
言葉と共に再び炎の拳を叩き込む。
目にもとまらぬ連続攻撃―――魔法学校の片隅で今、一つの決戦の火ぶたが切って落とされた。
「―――そうか」
ラグナの返事を聞き届けた老人は、納得したかのような笑みを浮かべる。
それと同時に、彼の背後に新たな扉が出現した。
「合格だ、新たな王の資格者よ」
何が試練突破の条件だったのかはラグナ自身にはわからないが、とりあえず合格を告げられた。
言われるがまま、扉へ手をかける。
「先へ進むがいい、第五の扉がお前を待っている」
「おう。わかったよ」
扉を開けると、再び世界が光に包まれる―――
次に待つのは、第五の試練。
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「……アンタ誰だ?」
「私か? 私には名前など無い」
「ふーん……。んで? 第二の試練っつーのは、何するんだ? 『心』って書いてあったけど」
「おぉ、そうか。まだ内容を説明していなかったな。『心』の試練とは、すなわち―――本当の己と、向き合う試練だ」
「……?」
目の前の老人が言った言葉の意味がわからず、首を傾げる。
だが、ここは『現実世界』ではなく『精神世界』……ニジ達が何か仕組んでいるとしたら、どんな事が起きてもおかしくは無い。
何をすればいいのかわからず、ひたすら考え込むラグナの目の前に、黒髪の少年が現れた。
「何をしているんだ?」
「……は?」
目の前に居るのは、六年前の自分。
まだ人間としての『心』を持ち合わせておらず、暇つぶしに人間界に出ては人間を惨殺していた頃の自分。
それが今、目の前に居る。
「おい、オッサン! これは……? 何で昔の俺が此処に居んだよ!?」
「お前の『心』の中に眠る、本当のお前だ。仮初の心臓を嵌め込み、その姿で六年間生きてきたお前とは違い、全盛期の、最も力のあった『悪魔』としてのお前。その――影(ドッペルゲンガー)だ」
「……だから、俺にコイツをどうしろと?」
「戦うのだ。お前が、お前自身の為に」
「俺自身の、為……?」
目の前の男が何を言っているか理解できず、ただ、目の前の言葉を発さない『自分』に戸惑いの視線を向けるだけ。
自分の為に、自分と戦え?
この男は何を言っているんだろうか。
そんなことを考えていた刹那―――目の前の『自分』が、攻撃を仕掛けてきた。
「……獄炎拳」
「ッ!?」
いきなり、紅き炎を纏った拳が迫ってきた。
ラグナはそれを間一髪で回避し、体勢を立て直す。
「おいッ! だからコイツと戦って俺になんのメリットがッ……」
「わからんのか? 此処は貴様の精神世界。そして今、貴様の目の前にいるのは純粋な『悪魔』としての貴様。いわゆる『別人格』というものだ。ならば……その『別人格』が『主人格』である貴様を打ち倒すと……どうなるか、わかるだろう?」
「……俺の肉体を、コイツが動かすって事か?」
「あぁ、そうだ。所詮、『肉体』など魂の器にすぎない」
「……面白ぇ。『試練』とかよくわかんねーけど……要は、勝ちゃぁいいんだろ? やってやんよ」
†第46話『強き心、弱き心』
「アリス!! この扉、開かねぇぞ!!」
今回のメンバーの中で最も純粋な『力』と呼べるものが優れている男、ザーク・G・サディーク。
彼が本気で動かそうとしても動かないのだから、この扉には何かしらの『封印』が施されているか、鍵が必要か、どちらかに間違いないだろう。
アリスとセナトゥが色々と扉を調べていると、背後から陽気な声が聴こえてきた。
「ハッハッハッ! 雪の友達ですかな? すみませんが、それはどうやっても壊れませんよ。絶対に」
「……オッサン、誰だ?」
突如現れた40代後半に見える男に、サディークが身構えてから訊いた。
男は、高笑いを暫く続け、それからまじまじとアリスの顔を見る。
下心丸出しの視線に思いっきり吐き気を催すアリス、そして思った。
「コイツ、ぶち殺したい」と。
「なかなか良い身体つきじゃないか……。キミ、どうだね? 私の妻にならないか……?」
「嫌だ。死ね」
思いっきりにらみつけて、凄みのある声で男を睨み返す。
そんなアリスをニヤニヤと見つめながら、男はコホン、と咳をした。
「良い事を教えてやろう。この扉は、我々、ランクSS陰陽師が封印してある。つまり、我々を倒さねば、扉は開かんと言う事だ。それと、これは『親切』でもなんでもない。我らが当主、深也様からの最後の忠告だ。『死にたくなければ、早々に去れ』とな」
挑発的な言い方で、言葉を放つ目の前の男。
それを完全に無視し、アリス達は会話を始めた。
「なぁ、なんかめっちゃ厨二っぽい事言ってんぞ、このオッサン」
「頭がおかしくなったんじゃないか? さっきだって、アリスのこと、いやらしい目つきで見てたし」
「だな、マジで死ねば良いのに」
「あたし、あのオッサン嫌いだ……」
コソコソと会話を続ける彼ら。
そんな彼らが気に食わないのか、男はイラついた様子で何か呪符らしきものを取り出した。
その呪符に微弱だが、かすかに電気がはしる。
それを見た瞬間、アリスは四人を突き飛ばし、自分は逆方向へとバックジャンプした。
「うわっ!!」
「な、何だっ!?」
「……あたしと同じ、雷属性の魔法か」
「ほぅ……一瞬で見切りましたか。流石は『改造人間』とでも、呼んでおきましょうか」
「!?」
『改造人間』という単語に、アリスが目を見開き、動きを止める。
サディーク達には聴こえていなかったようで、いきなり動きを止めたアリスを見て「キョトン」とした表情を浮かべている。
「……なんで知ってんだ、お前」
ただ、ただ、冷静に。
酷く冷静で、禍々しい殺気を込めた声で、アリスは男に訊いた。
彼女の全身を伝う雷が、その怒りを表しているかのように見える―――そして、サディークも怒りに拳を震わせている。
刹那、セナトゥ達は悟った。
この男は、アリスやサディークと何かがあったのだろう、と。
「いやー、別に『何故』と訊かれましても、ねぇ……。あの計画は、『Alice』は、我々が開始させたものですから。そうでしょう? ザーク・G・サディーク」
「……黙れよ」
「貴方があの要塞を勝手に持ち出して『魔法学校に戻る』なんて言い出したときは、本当に焦りましたよ。せっかく、通常の人間では使えない『雷魔法』を人間が使えるようにするための計画だというのに」
「黙れって言ってんのが聴こえねーのか!!!」
次々と言葉を吐く男に、サディークが叫ぶ。
そして次の瞬間、男は「やれやれ」と言った様子で、アリスの方を向いた。
「……仕方が無いですねぇ。深也様の為、此処で全員死んでもらいましょうか……」
男がそう呟くと同時に、彼の背後に三人の陰陽師が現れる。
こちらは五人、相手は四人―――5対4だが、アリスは深也との戦いの為に、残しておくべきだろう。
この中で唯一、彼女の底知れぬ力を知っているサディークは、アリスを先に行かせる、とセナトゥ達に伝えた。
「アリス、此処は俺達に任せて、先に行け!!」
「で、でも……!」
「誰かがあの深也ってのを止めねェと、どうにもなんねェだろうが!!」
「……」
俯いたまま、返事をしない彼女。
こんな時に、アイツが居てくれたら、どれだけ楽な気持ちになれたんだろう。
でも、それは到底無理な話だ。
その『アイツ』は今、一人で戦っているかもしれないのだから。
「……ラグに負けてられねぇよな」
小さく呟くと、アリスはサディークたちに背を向け、そして―――
「――行ってくる」
力強く仲間達に言って、走り出した。
陰陽師達は配下の者に彼女を攻撃させるが、掠りもしない。
少女は走る、その身に雷電を宿らせて。
ただ、ただ―――仲間を、友達を救うために―――
「ぐぁっ!!」
ラグナの身体が勢い良く地面に叩きつけられる。
目の前の自分より遥かに小さい、“昔の自分”―――しかし、その圧倒的な力の差は埋める事が出来ない。
“少年”は笑う、未来の自分のおろかさを。ゴミ同然の“人間”を愛し、それを護ろうとする愚かしい人間にも悪魔にもなれなかった“なりそこない”を。
『何でだよ……』
「?」
突如、少年が口を開いた。
悲しみと絶望、そして憎しみが篭った言葉、それが延々と紡がれて行く。
まるで、彼の憎しみを、絶望を、悲しみを表しているかのように。
“彼”の影として生まれてしまった、哀れなドッペルゲンガーの悲しみを、表しているかのように。
『何で、何で俺より弱いお前が……何で好きな人と一緒に居て、仲間が居て……なんでそこまで弱いのに、俺に無いものを持ってんだよ!!』
「……知るかよ」
激しい戦いが一瞬、沈黙となる。
凄まじい砂煙の中、銀髪の少年と、それに酷似した姿の黒い少年が互いの腕をつかみ合っていた。
既に銀髪の少年――ラグナの体力が限界にまで来ていた。それほどまで、目の前のドッペルゲンガーが彼を圧倒していたのだ。
『死ね、死ねよ……!! お前が死んだら、お前の肉体は、仲間は、何もかも俺のものだ……もう一人じゃない、そうさ!! お前の身体をのっとることで、俺はこの孤独な世界から解放されるんだ!!』
狂ったような笑みを浮かべながら、ドッペルゲンガーはラグナの首を締め上げる。
何度も何度も夢に描いた光景、殺したい、殺したい殺したい殺したいという気持が彼の中を縦横無尽に駆け巡る。
純粋で、狂おしいほどの“殺意”……そんな彼に対し、ラグナは寂しさを感じていた。
―――あの時、六年前のあの時にアリスに出会えていなかったら、自分がこうなっていたんだろう、と。
アイツに会えたから、今の自分がある。アイツが居たから、今の自分がある。
敵だろうが味方だろうが、“救いたい”と願ってしまう、バカな自分が。
「―――本当に、お前はそれで幸せか?」
『……え?』
だからこそ、目の前の自分に酷似したこの少年も助けたくなった。救いたくなった。
自分と同じ容姿をしながらも、光の下には出られない身で、ずっとずっと、こんな暗い所で暮らしてきた少年。
コイツを生み出したのは、コイツに力を与えたのは、紛れも無く“昔の自分”……負い目があって助けようとしているのかもしれない、助けられなくて、この行為が“偽善”のまま終わってしまうかもしれない。
だが……たとえ助けられなくても、目の前で誰かが消えていくなんて悲劇はもう、たくさんだ。
誰にも消えて欲しくない、たとえそれが敵であろうと。
「俺に成り代わって、俺の仲間と暮らし、俺と同じように振舞う――そんな芸当が、お前に出来るのか?」
『……ッ!!』
「俺は俺、お前はお前だ。他人になる事なんて不可能に近い。勘の良い奴ならわかるぜ? でもって、言うだろうな『お前はラグナじゃない』って。お前は、そんな疑われる事が、また孤独になる事が確定してるような未来を選択すんのか?」
『な、何を言って……俺はお前の影だ!! お前と同じように生きる事なんて容易い!! 寧ろ、お前よりも強く生きれる! お前よりも俺は強い!! だから、だから……よこせよ、その身体ァッ!!』
目の前の少年の中で何かが切れる、そんな音がした。気づけば、少年の拳はラグナの眼前へと迫ってきている――不思議な事に、それが酷く遅く感じた。
瞳を閉じ、当たるまで僅かという距離でそれをかわす。
ドッペルゲンガーには、何が起こったかわからなかった。先程まで圧倒的に自分の優勢―――それが、どうして今の一撃をかわされた? そんな疑惑の種が彼の中に産み落とされる。
「強く生きる? 俺より強い? だからなんだよ……たとえ馬鹿みたいに弱くても、力が無くても。命を賭けてでも大切なものを護る、そんな心が、お前には――あるのか?」
『ッ……!!』
一瞬、ラグナの背後に大勢の人間が見えた気がした。
彼と似たような服装の、男女たくさんの人間が。“自分”が忌み嫌う種族が。
本当に、目の前の少年を倒せば自分は幸せになれるのだろうか?
そんな疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え――ドッペルゲンガーの中に、一つの希望を抱かせた。
『……違う』
――そうだ、違う。
――たとえ相手がどんなに弱くても、俺はそれがうらやましかった。
――護るべき者達が、信頼してくれる者達が――“仲間”が、欲しかっただけなんだ。
『あ……うあぁ……』
頭を抱え、その場に泣き崩れるドッペルゲンガー……そんな彼に、孤独だと信じきっていた彼に対して、差し伸ばされた“手”があった。
自分がどれほど渇望しても手に入れられなかったもの、ほしいと願いつつ、自分から一歩を踏み出せなかったドッペルゲンガー。
手を伸ばせば届くんだ、そこが“スタート”なんだから。
「俺と一緒に来いよ。お前は俺の別人格なんだろ? ……お前の自我は消えるのかどうか知らねーけど、一つになったら……俺と一緒に、光の下へ、仲間の所へ行けるぜ?」
『……』
――ああ、そうだ、本当に弱いのは俺だ。
――“力”を思うが侭振り回し、自分が孤独だという事も知っていた。けど、認めたくなかった。
――けど、目の前のコイツは違うんだ。誰かのために苦悩して、自分の命を顧みず誰かを助けようとする。
――俺、コイツの事嫌いだけど、コイツには……死んでほしくねーなぁ。……あれ? 何言ってんだ、俺。
『まぁいいや……行かせてもらうよ、一緒に』
「おう! で……なんて呼べばいいんだ? 影だから――ドッペルゲンガー略してドッペル君、とか?」
『……“奈落”だ。他に名は無い』
「そっか、じゃあよろしくな、奈落」
『ああ、ラグナ』
手を取り合って握手を交わした瞬間、奈落の姿が消え――その魔力が、膨大な闇がラグナの身体に入り込んでいく。
全身に力がみなぎる、先程までとは訳が違う程。
そして、先程の老人が彼に歩み寄ってきた。
「……第二の試練、『心』。そして第三の試練、『優しさ』。二つ同時に合格するとはな」
「……じゃあ、次は第四か?」
「嗚呼。この先に行くがいい……次は『愛』じゃ」
そんな老人の言葉を聞き流しながら、ラグナは次の扉を開けた。
次の試練、第四の試練は――『愛』。
一方その頃、月詠家では。
「電光石火!!」
アリスの身体を電撃が多い、飛躍的に身体能力を上昇させ―――下っ端陰陽師共を一気に叩きのめした。
だが、倒しても倒しても敵は沸いてくる―――正に、“多勢に無勢”と言った所か……そう、アリスは心の中で呟いた。
こういう時にバーナードやアンジェリカが居れば相当楽なんだろうな、とも思ったが、あの二人は自分達の帰るべき場所を護ってくれているのだ、そう簡単に頼るわけにもいかない。
しかし……いざ仲間をおいて此処まで来たとはいえ、やっぱり心配だ。というか、明らかにサディークとかの方が強いはずなのだが……自分が来てよかったのだろうか? とさえ思えてきた。
「ま、まぁ期待背負ってんだし……いくしか無いよなぁ」
『アイツ』なら迷わずに行くんだろうな、と思いつつ雑魚を蹴散らしながら少女は廊下を走りぬけていった―――
魔法学校 校庭
「まったく、仕方ないですねぇ……アンジェリカ、私も攻撃はしますが……迎撃、頼みますよ? 私は防御がメインなので」
「うんっ! わかってるよっ!」
恋人であるバーナードが話しかけると、アンジェリカは元気良く返事をした。
彼らの目の前には、無数の悪魔達……そう、アリスやサディーク、フィーリ達が月詠家に乗り込んだ直後、やってきたのだ。
全く面倒な連中ですね……そう呟きながら、やれやれと言ったポーズを取ってバーナードは目の前に巨大な氷の壁を形成する。それに慄き、悪魔は前に進めない状況だ。
「……これより先は、何がなんでも行かせませんよ? 何故なら―――」
そう言ってバーナードが片手を上げると、いっせいに校内で戦闘タイプの魔法を扱う生徒が出現した。
一気に悪魔を殲滅する――そういう作戦なのだろう、生徒らはいっせいに各々が得意とする魔法を詠唱する。
「行きますよ、皆さん!! 此処は――私達で護るんです!!!」
バーナードが一瞬、悪魔が反応できないほどの一瞬だけ、氷の壁を解除する――その瞬間、いっせいに魔法攻撃が放たれた。
“壁”で悪魔の攻撃を断絶し、生徒らの攻撃によって殲滅する……別方向から来たとしても、無駄だ。何故なら同じような舞台が校舎を覆うかのように展開されているのだから。
「絶対氷結―アブソリュート・ゼロ―!!!」
バーナードの数少ない攻撃型魔法の一つ、絶対氷結。
凍てつく冷気は術者が“敵”と見なした者を全て凍らせ、永遠の眠りへといざなう。
そして、次の瞬間――バーナードの背後から、黒く巨大な球体が姿を現した。
「混沌魔弾―カオス・ブレイク―!!」
アンジェリカが同じカオスクラスの生徒らと協力して、闇魔法を放つ。
巨大な球体は散り散りに悪魔へと襲い掛かり、バーナードの魔法によって凍った者、凍って居ない者、それら全てを巻き込み――爆発した。
「まだまだ来ますよ! 気をつけて……くださいねっ!!」
ラグナは精神世界で。
アリス達は月詠家で。
そして残る生徒達と教師は力をあわせ、魔法学校で。
各々が護りたい者の為、闘っていた―――
つづく
「ですね。あれが……月詠雪が生まれ育った場所、月詠家、ですか……」
先頭を行く亜利守とフィーリが、月詠家を発見した。
否、正確には『感知した』と言った方が正しいのかもしれない。
そこからは膨大なドス黒い魔力が少しずつ漏れている……それだけでも、身体が恐怖に震えるほどだ。
恐らく、何かの儀式が始まっているのだろう―――急がなければ、雪の命が危ない。
「行くぞ、皆ッ!」
「「「「おう!」」」」
「皆さん、気をつけてください! 巨大な結界があります!!」
そう言って仲間に注意を促してから、20本ある刀のうち19本を抜き、宙へと投げる。
彼女――フィーリ・ツヴァイスは20本の刀を同時に使うことが出来る。
フィーリは魔法が使えない。
しかし、それならば何故そんな彼女が魔法学校に居るのか?
それは、彼女のこの戦法が大いに関係している。
「行きますよ……牙竜水攻斬!!」
手に握った一本の刀で、宙に舞う残り19本全てに攻撃を加え、そこから斬撃を飛ばす。
バラバラになって飛んでいった斬撃が、一つの巨大な斬撃となり、結界の一部を貫いた―――
「やった!!!」
完全に結界を破壊した―――そう思ったが、結界には小さなヒビが入っただけだ。
あれ程の攻撃を喰らっても大した傷が無い……それほど強固な結界なのだろう。
コレを作った術者は、相当な実力者と見て間違いない。
ならば、とアリスは考えた。
――フィーリ一人で無理なら、全員でやればいい。ただ、そんだけだよな? ラグ。
アリスは気がつかないうちに、思い人の名を心中で呟いていた。
そして、彼に対する僅かな心配も沸いてきた。
だが、それを振り払い、少女は仲間達に叫ぶ。
「皆、一斉攻撃だ! 行くぞ……」
仲間達に合図をし、魔法を詠唱し始める。
サディークが、エデンが、フィーリが、セナトゥが、レンが、フィーリが。
一斉に各々の使える最強魔法を放ち、結界を破壊した。
「皆、突入だ!! 勝手に動くなよ?」
†第45話『そして動き出す物語』
「……で、『覚悟の試練』っつーのは?」
「……コレだ」
ニジが取り出したものを見て、ラグナは目を見開いた。
有り得ない、これが目の前にあるなんて。
「ッ!!! それは……」
「これが『覚悟』だ」
そう、それは―――かつて自分を動かしていたものであり、人間、悪魔が生きる為に必要不可欠なもの。
ラグナはそれを、アリスの作り出した『偽モノ』と自身の魔力を消費して補っている。
だが、未だに彼は信じられなかった。
何故、何故今更になってコレを持ってきたのか、と。
「……六年前、お前が抜き取った俺の心臓か」
「あぁ、そうだ。今からあの女の子が作り出した偽モノを俺の能力で消し去り、コイツをお前の中に戻す。もちろん、お前にその覚悟があるかどうか、だけどな」
「……『人としての自分を棄てろ』と?」
ラグナの問いに、ニジは少し驚いたような表情を見せる。
今思えば、目の前の少年は昔から勘が良かった。
「単純に言えば、そーいう事だ」
ニジはあっけらかんと応える。
しかし、それはラグナにとってかなり難しい選択なのだ。
人と悪魔、二つの血を引いているからこそ、いつしか二つの種族が共存できると信じ、戦ってきた。
それなのに、此処まで来て、純粋な『悪魔』にならなければいけないなんて。
「……そりゃ、無理だな」
「は!? 何でだよ!?」
ラグナが発した言葉に、ニジは叫ぶ。
どうして悪魔に戻れないのか、と。
ただ、『人間』としての自分を棄てる――ただ、それだけでいいのに、どうしてそれをしないのか、と。
「俺は……六年前のあの日から、ずっと、自分が、今の仲間と何一つ変わらない、ただの『人間』だと思ってた。それなのに、今更『悪魔として生きろ』なんて……出来るわけねぇだろ!? やっと見つけた居場所を……仲間を、アリスを……アイツらとの『絆』を、断ち切れるわけねぇだろ!?」
彼は叫ぶ。
どうして、戻らなければいけないのか、と。
今のままでいい、今のままで充分楽しいんだ。
アリスや龍、ルウにアンジェ、バーナードやサディーク、セナトゥにレン。
魔法学校の皆と、一緒に居れるだけで幸せなのに。
それなのに、どうして『あの頃』戻らなくちゃいけない?
どうして、どうして、どうして。
「―――合格、だな」
「……え?」
ラグナが振り向くと、そこには父の姿が。
どうやら、気になって後をつけてきたらしい。
スカーは扉の外で留守番(?)のようだ。
「今のまま強くなりてぇのか? 強欲だなぁ、オイ」
「……悪ィかよ」
少し頬を膨らませたような顔でソルドロスに言い、ラグナは立ち上がった。
そして、ニジとソルドロスはお互いに溜息を吐いて、ラグナの方を向いた。
「いぃや? 全然悪くない。むしろ、今の人としての『心』を保ったまま身体を『悪魔』に出来るか。それが試練なんだな、うん」
「……は?」
ニジの言った言葉が理解できず、ソルドロスの方を向く。
彼はフッ、と笑みを浮かべながら、ゆっくりとラグナに歩み寄った。
「いいか? 『強さ』ってのは、ただ『力』だけじゃねぇ。『思い』や『優しさ』、そーいうヤツの事を、『強さ』って言うんだよ。力なんか、無くてもいい。『心』がしっかりしてりゃぁ、力なんて後からついてくるもんだからな!」
そう言って頭を力強くなでられる。
今迄触れた事の無い、父の大きな掌。
生まれてから一度も、その暖かさに触れた事が無かった。
それが嬉しくて嬉しくて、つい笑みがこぼれる。
「……なんか、わかった気がするよ。とりあえず、今のまんま、身体だけ悪魔になりゃぁいいんだろ?」
「そういう事だ。っつーわけで、お前に訊く。護りたい仲間は居んのか? それと、女も」
「……仲間は居るよ。お、女は……ま、まままままままぁ、大事な奴なら……」
顔を赤くしてそっぽを向く息子を見て、ソルドロスはニカッ、と笑った。
脳裏に浮かぶのは、自分の妻……ラグナの母の顔。
少しの間、干渉に浸り――息子の方を向いた。
「よっしゃ! そんだけの覚悟があんなら、大丈夫だなッ! ニジ! 早速準備初めっぞ!」
「はい!」
「……は? 準備??」
ソルドロスの放った言葉の意味がわからず、首を傾げるラグナ。
彼はそっと、息子の額に手を当てて、そして―――
「―――はぁッ!」
魔力を爆発させ、ラグナを後ろへ吹っ飛ばした。
ラグナはその一撃で、容易く気絶してしまっている。
そしてニジがその周囲に魔方陣を描き、何かの呪文を詠唱し始めた――
「……ニジ、あとどれぐらいで終わる?」
呪文を詠唱しているニジに質問するソルドロス。
それ程、自分の息子の事が気がかりなのだろう、本来は儀式の妨げになると知っていながらも、訊いてしまう。
「……早くて三ヶ月ぐらい、ですね。残り8つの試練のうち7つは、今からラグナの精神世界で行われます。『覚悟の試練』は第二~第七までの試練への入り口ですから。それに……六年前に俺が抜き取ったこの心臓も、返さないと……第二~第八は『精神』を鍛える試練ですから、肉体がついていくためにも、偽モノじゃ駄目ですし」
「そうか……。頑張れよ、ラグナ……」
「ライトニング・バースト!!」
アリスの右手から膨大な量の雷が放たれ、目の前の結界を消し去る。
既にフィーリが突撃している……「勝手に動くな」と注意したはずなのに。
相手が低ランクの悪魔ならば、『フィーリは強いから大丈夫』ですんだのだろう。
だが、今は相手が違う。
強さも何もかもが分からない、得体の知れない、敵。
それも人間で、膨大な魔力を持っている。
自分達と大差無い位の、魔力を。
「……お強いんですね」
「まーね♪ キミもなかなかやるじゃん? ほら、もっと楽しませてよ」
そう言ってフィーリと対峙する若い男。
彼の名は月詠滋(ツクヨミ シゲル)。
雪の剣術の師匠でもある男だ。
「本気で行かせてもらいますよ……」
「喜んで♪」
二人は互いに刀を構える。
だが、フィーリとは違い、滋は未だ、余裕の表情だ。
何か秘策でも有るのだろうか、それとも――
「……ス、アリス!」
自分の名を呼ぶ少年の声がする。
振り返ると、そこにはサディークが居た。
「……ん?」
「もう皆行っちまったぞ! 此処はフィーリに任せて、俺たちも!」
「そっか……わかった、行こう! フィーリ、此処は任せた!!」
「了解……ですッ……!!」
アリスがフィーリにそう言った直後、彼女は壁に叩きつけられる。
フィーリ得意の戦法がことごとく蹴散らされていく……既に、フィーリが持つ刀は一本のみ。
そして、フィーリがダメージを受ける度に屋敷の奥のほうから出ている『魔力』がより禍々しいものに変わっていくような感じがした。
「なぁ、サディーク……」
「? どうした?」
「変な魔力……感じねぇか?」
「あ、あぁ、確かに……感じるけど……。それが?」
「さっきから、フィーリがダメージを受けてるたびにそれがほんのちょっとずつデカくなってる……。こんなに禍々しいのは……悪魔の中じゃあSSランク以上の奴……つまり、そんな馬鹿げた強さの悪魔と同じ様な――それ以上の力を持った奴が、この先に居るんだよ」
「マジで……か?」
「あぁ……。急がないと、雪がヤバい!!」
「さぁ、始めよう! 伝承に残りし、『九尾の狐』!! 復活の時は近い! 魔法学校の中でも、絶大な魔力を持ったものがこちらへと向かってきている! ついに復活するのだ……この、『月詠雪』の身体を媒体として!!」
月詠家当主・月詠深也が高らかに叫ぶ。
目の前には、『封印』と書かれた巨大なお札を貼られた岩。
この中に、その『九尾の狐』が封印されていると見て間違いないだろう。
一方その頃、ラグナは―――
「痛てて……親父、いきなり殴んなよな……」
自らの精神世界。
サディークとの戦い以来、入ったことが無い場所だ。
だが、以前来た時とは違って、自分が今たっている場所も、その周囲も、全てがジャングルになっている。
そして、ラグナは誰かの気配を感じた。
ハッ、と振り返ると、そこには―――
「――扉……?」
『第二の試練・心』と書かれた扉が在った。
つまり、先程の第一の試練は合格、という事なのだろうか……?
「……行くしか、無ェよな。待ってろよ、アリス、皆―――強くなって、もっともっと強くなって、お前等んトコに必ず帰るから」
自分一人しか居ない筈なのに、仲間達が後ろで応援してくれているような気がした。
そして、少年は――踏み出す。
大切なものを護る為の、力を求めて―――
†次回予告†
「第二の試練・心。今からこの精神世界にて、第二~第八の試練を連続で行う。覚悟は出来ているか? 否、訊くまでも無いか――『覚悟』をして、ここへ来たのだろう?」
「あぁ。とっとと始めてくれよ、オッサン。何だってやってやっから、さ」
第二の試練・心。
それは、全九つの中で最も難解な試練だった―――
「アリス、此処は俺達に任せて、先に行け!!」
「で、でも……!」
「一番強ぇ奴が、あの深也ってのを止めねェと、どうにもなんねェだろうが!!」
サディーク、セナトゥ、レン、エデン、フィーリ。
仲間達に敵を任せ、アリスは月詠深也を追う―――
―――次回、魔法学校第46話
――――『強き心、弱き心』
魔法学校に戻ってきたアンジェリカ達は、言葉を失った。
ボロボロになった校庭、森林。
今朝はいつもどおりの美しさを放っていたモノの大半が、メチャクチャに破壊されている。
「なん……で……!? 何でこんな事なってんだよ!?」
「私にもわかんないよ! 何で……なんで先生達の魔力が弱ってるとか、全然……」
混乱のあまり冷静になれない二人。
このままでは喧嘩になるだろうし、これ以上何かを起こさせるわけにもいかない。
そう考えたバーナードは、二人に歩み寄った。
「落ち着いてください、状況が飲み込めないのは皆同じです。とにかく、ここは一度校舎へ戻りましょう」
「……わかった」
「ルウも、いいですね?」
「……うん」
「アンジェリカは?」
「もっちろん♪」
そして、彼らは校舎へと向かう。
このとき既に、バーナードは薄々感づいていた。
完全に消えた校長の魔力が意味するものに。
そして同じ頃―――魔界 某所
「デッド様!」
Sランク悪魔の声が、玉座の置かれた巨大な部屋に響き渡る。
その中心―――玉座に座っているのはラグナの兄、デッド。
ワイングラスに注いだ赤ワインを飲みながら、足を組み外を眺めている。
「……何だ?」
彼はワインを飲み干し、再び赤ワインをグラスへ注ぎながら問うた。
先ほど人間界で感じた巨大な魔力……まさかとは思うが。
「エンディア様が……こちらへと向かい始めました」
使用人が告げた一言に、デッドは思わずグラスを落としてしまった。
少しの恐怖と、最大級の喜びに打ち震えながら。
ついに……ついに、始まるのだ。
悪魔達の、本格的な虐殺と、侵略が。
「そうか……お爺様が……。ついに始まるのだな、我ら悪魔の時代が」
「……デッド様?」
笑いが、止まらない。
嬉しすぎて、笑うことしかできない。
身体の底からわきあがる歓喜の波がデッドを包み、爆発する。
「フフッ……ハハ……ヒャハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
物語の序曲が、クライマックスを迎えた―――
第44話『序曲』
人間界 魔法学校 保健室
弱った教師達の魔力を追っていくと、保健室にたどり着いた。
バーナード、アンジェリカ、龍、ルウの四人は人ごみを掻き分け、なんとかその中へと入る。
そこには……血まみれになった教師と、ガイアの生徒らを一人で仕切って看護するアリスが居た。
「バンちゃんは左肩と右足を貫かれてる! 回復作業は慎重に、そして迅速にやって! 少しでも遅れたり、ミスなんかする事は認められねぇんだぞ!! つらいのはわかっけど、頑張れ!」
先ほどまでとは圧倒的に違う彼女の様子に、四人は度肝を抜かれた。
アリスは瞬時に保健室の資料を全て読み漁り、その中から厳選した最良の治療法を行っているのだ。
だが、先生達よりもずっとずっと、酷い怪我の患者が居た。
ベリアル達に散々殴られ、ボロボロになった状態に更に魔弾を打ち込まれた、ルセアとクライだ。
二人は既に虫の息で、治療を急がねば死んでしまいそうな状態だった。
「アリス、俺達にも手伝えることねぇか!?」
その光景を見て我慢できなくなったのだろう、龍がアリスに問うた。
この状況では一分一秒と無駄に出来ない……アリスは薬を調合しながら龍に返事をした。
「龍か……。んじゃ、二段目の棚の左から五番目の引き出しにある薬草取ってきてくれ!」
「わ、わかった!」
アリスに命令され、龍はいわれたとおりの場所から薬草を取り出した。
そしてアンジェリカがふと、何かを思い出したようにポケットの中を弄り始めた。
「ねぇ、アリス……」
「何だ? 今忙しいからそのまま言ってくれ」
「う、うん……。その、さ……コレ、使えないかな?」
アンジェがアリスに見せたのは、一つの薬草。
神々しい輝きを放っているそれを見て、アリスは驚きに少しの間硬直した。
「……お前、これ何処で手に入れたんだ?」
「え? なんか学校戻ってきて一旦、部屋行ったんだけどさ……そしたら、差出人不明の小包がおいてあって、その中にこれが……」
アリスはしばし、その薬草を見つめた。
この輝き、大きさ、香り……間違いない。
少し葉をちぎってハーブティ等に入れるだけで、万病を治す薬となる薬草……『神草アダム』。
たとえ腕が千切れていようが、内臓が無くなっていようが再生・もしくは再構築する、人間界と魔界の境目にのみ生える薬草だ。
因みにアリスはこれを、ニジに奪われたラグナの心臓を魔法で再構築する時に使用した。
人間界と魔界の境目……そんな場所までたどり着き、尚且つ魔法学校まで届けられる人物といえば、アリスの知る限りで一人しか居ない。
「ラグが……これを……?」
「多分、ね。でも、そうとしか考えられ無いっしょ? アリスにあのメール送ってきたのもラグナなんだから、全てを見越してこれを送ってきたって事も、考えられるんじゃない?」
「……だな」
静かに呟き、薬草の葉を少しちぎって、それを持ってルセア達の所へと歩いて行った。
そして傷口に葉を乗せ、少しずつ、確実に再生させていく。
ルセアの方は傷が治癒してきた……次は、クライだ。
こちらもまた、慎重に、少しずつ再生させていく。
破損箇所が一箇所なら、それがどんなものであろうと瞬時に再生させる事が出来るのだが、こうも傷が多いとなるとかなりの時間と魔力を要する。
アリスが何とか二人の治療を終えると同時に、先生達の治療も終わったようだ。
「……終わったぁ」
緊張が解け、その場に寝転がるアリス。
そんな彼女に差し伸べられたのは、ルウの手だった。
「アリス、お疲れ様。ほら、一緒に部屋戻ろ?」
「いや、その前にやらなきゃなんねぇ事があんだ……ちょっと、放送室まで連れてってくんねぇか?」
「わかった」
アリスを放送室まで連れて行き、ルウは龍と一緒にアリスを見守った。
どうにも、ラグナが居なくなってから無理をしすぎているように感じる……恐らく、彼が居ない分、自分が頑張らなきゃ、と思っているのだろう。
そんな親友を、ルウはどう思うのか。
心配しているのか、同情しているのか、それとも尊敬しているのか。
無理しているのを心配し、寂しさに同情し、それでも尚頑張る姿を尊敬しているのか。
その答えは、彼女自身にしかわからなかった。
――アリス、無理はしないでね……。
そう心の中で呟くと同時に、アリスが放送を始めた。
いつになく真剣な顔で、淡々と言葉を紡ぐ。
「皆、戸惑うかもしれねぇけど、ちゃんと聞いてくれ。バンちゃん達を襲ったのは……大魔道師だ」
その凛とした声が校内に響き渡ると同時に、あちこちで生徒がざわめいた。
アリスはその反応を気にも留めず、続きを紡ぎだす。
「それで、唐突だけど……大魔道師の正体は六年前、大魔道師が倒したって言われてる先代の魔王。アイツは大魔道師を殺し、その身体に乗り移ってこの魔法学校を作った。目的とかは全然わかってねーけど、危険なのは確かなんだ。それに、雪がベリアル達に攫われた……。だからあたしは、まず初めに雪を助けに行こうと思う。攫われた理由とかはわかんねぇけど、大事な仲間だしな。一緒に行くメンバーも、強制的に決定した。んでもって、先生達もこんな状態なんで、これからは魔法学校の結界をシヴァの中でも特に優秀な奴にやってもらう事にする。どーせ、悪魔も入れるように仕組んでるだろうしな、あのジジイ。賛成の奴は、明日あたしがそれぞれの役割を書いたプリントを掲示板貼っとくんで、見るよーに」
それで放送は終わった。
アリスの一方的な押し付けだが、今本当に自分達がすべき事は言った筈だ。
とにかく、部屋に戻って寝ようとしたアリスに、龍が話しかけた。
「なぁ、アリス」
「? どうした?」
いつもより暗い雰囲気の彼の声に違和感を感じ、不自然そうに龍を見つめるアリス。
自分を不自然そうに眺める少女を見、龍は言った。
「雪を助けに行くメンバー、誰なんだ?」
「んー……一応だけど、あたしとサディークとエデンとフィーリとセナトゥとレン、かな」
「俺らは入ってないんだな」
「あぁ。龍達は強ぇだろ? だから、魔法学校の警備を任せるって事で! んじゃ、おやすみっ!」
「お、おう……」
アリスは超速で部屋へと戻り、ベッドに飛び込んだ。
そしておもむろにシャーペンと紙を取り出して、そこに先ほど言っていた内容を書き始めた。
イフリート、シヴァ、ガイア、ダークネス、アトラス……。
それぞれのクラスの長所を生かして、役割を決めていく。
「イフリートは……もち、戦闘訓練メインでー……シヴァは魔法学校の結界をより強ぇヤツにして、そっから訓練。ガイアはシヴァの結界を更に頑丈にする手助けで、ダークネスは防御面が弱いからそっちの強化。アトラスは魔法学校の壊れた部分の修繕と、まぁ……身体能力の強化、かな?」
などと呟きながら、アリスは二時間後に眠りに就いた。
その少し前……食堂
「校長が……先代の魔王……!?」
「ウソでしょ……?」
驚き、互いに顔を見合わせるバーナードとアンジェリカ。
今迄自分の信じていた者が、尊敬していた者が最大の敵……。
その事実をなかなか受け止める事が出来ず、戸惑っている。
「……ねぇ、バーナード」
長い沈黙が続いた後、アンジェリカが口を開いた。
バーナードは彼女が言おうとしている言葉がわかったのだろう、少し俯いてから、顔を上げた。
「私達……ずっと、一緒だよね?」
「……!!」
今にも泣き出しそうな顔で、声でアンジェリカが問えば、バーナードは少し間を空けて彼女の頭を優しくなでた。
「ふぇ……?」
「大丈夫ですよ、アンジェリカ。貴女は私が守ります、命を懸けてでも」
想像だにしていなかった幸せ。
命を懸けてまで、自分を守ると言ってくれた彼。
そのことが、全てが嬉しくって、彼女は雪の事、大魔道師の正体の事など、全てをこの瞬間だけ忘れていた。
「……ありがとう」
「いえいえ」
同時刻 魔界
「何で、お前が……?」
「俺がお前の相手に相応しい。そう、ソルドロスさんが思ったからだ」
目の前に居る、黒髪で天然パーマが特徴的な長身の男。
彼は六年前、ラグナの心臓を抜き取り……ラグナを一度、殺した男。
彼の名は―――
「――ニジ……」
「よー、ラグナ。久々の再会で悪ィけどよ、早速第一の試練だ」
「……」
飄々とした調子で言う、かつての親友。
憎しみなんて無い、恨みなんて無い、今自分の中にあるのはただ、嬉しさだけ。
自分が兄の様に慕っていた人物が、あの時と変わらない姿で今、目の前に居る。
驚きに身体を少し震わせながらも、ラグナはニジに問うた。
「死んで……たの……か……?!」
「いや、死んではいねぇさ。元々俺ァ、此処の番人だ。挑戦者の度胸を試す為の、な。第一の試練は……『覚悟』だ」
「覚悟……!?」
†★☆次回予告☆★†
「ッ!!!! それは……!!」
「これが『覚悟』だ」
第一の試練、『覚悟』。
それはラグナが真の魔王となるための試練。
あの時、決めたと思っていたものが、実は間違っていた。
あの時、誓ったはずなのに、まだ迷っていた。
そう、これは覚悟の試練……。
「行くぞ、オメーら。しっかりついて来いよな?」
結成された月詠雪奪還部隊。
アリスを中心にして、選りすぐりのメンバーが揃えられた。
そして……月詠家は、ついに『計画』を始動させる。
「さぁ、始めよう! 伝承に残りし、『九尾の狐』!! 復活の時は近い! 魔法学校の中でも、絶大な魔力を持ったものがこちらへと向かってきている! ついに復活するのだ……この、『月詠雪』の身体を媒体として!!」
次回、魔法学校第45話―――
――――『そして動き出す物語』
人間界 某所 巨大ショッピングモール
「……よし、行くよ!」
「ルウ、がんばれ!」
「うん!」
ルウと龍の二人が居るのは、ガラガラ抽選の前。
残りの四人は、ゲーセンへと向かったらしい。
ちなみに、彼女が狙っているのは1等の液晶テレビだ。
そして、ルウがガラガラをしているのと同じ頃……ゲーセンでは――
「オラオラオラオラオラァ!!!」
「ちょ、セナトゥ早ッ!!!」
ホッケーを楽しんでいたところだった。
アリス&セナトゥ、バーナード&アンジェのペア同士の対決。
3人の予想以上にセナトゥが強く、アリスチームがアンジェたちを圧倒している。
丁度同じ頃、悪魔達が本格的に始動し始めたのにも気づかずに……彼らは、日常という名の『幸せ』を楽しんでいた。
年相応の格好をし、いかにも悪魔と命を懸けて戦っているようには見えない、6人。
そんな彼らの、『年相応の少年と少女達』という幸せは……この数十分後に、崩れ去る事となる。
彼らの仲間である『月詠雪』と、その彼女が生まれた『月詠家』。そして、悪魔達によって――
†第43話『崩れ去る【幸せ】』
「……ベリアル」
「あ? 何だよ」
和服を着た20代後半の男、月詠深也が悪魔、ベリアルに温和な表情で話しかけた。
その『笑顔』という仮面の裏に、黒い黒い、漆黒の笑みを潜ませながら。
「そろそろ雪を連れ戻すべきでは? 彼女はこの計画の中心となる人間。ならば、早急に連れ戻す方が得策かと」
「だな……。じゃあ、行ってくらァ」
そう言い、静かに席を立つベリアル。
そんな彼の背中を、深也はただ、見つめていた。
まるで、彼の心を見るかのように――
――魔法学校か……めんどくせェけど、今は奴も居ない。
――こりゃ、絶好のチャンスじゃねェか?
――更に手柄を上げて、デッド様に……もっと、魔力を貰おう。
――そうすれば、いずれかならず……俺は、魔界の、いや、全世界の頂点となる事が出来る!!!
「ハッ……ハハ……」
自らが従えた、大量の人間と悪魔。
そんな光景を想像し、思わず笑みがこぼれる。
「フハッ……ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
狂ったように笑い続けながら、彼は――魔法学校へと、その翼を羽ばたかせたのだった――
一方その頃、ベリアルが迫っているとも知らない魔法学校の面々は……。
「ねェ雪。今日は何するの?」
いつものように、ニコニコしながら雪と話すルセア。
生徒らは言う、『ルセアの顔から笑みが消えてるのを見たことが無い』と。
まぁ、確かにその通りなのだが……、この日、彼の笑顔をかき消す出来事が起こることになる。
それはもちろん、月詠深也とベリアルの陰謀――
だが、このときの彼らは、そんな事を知る由も無かった――
「んー……ルセアは何したい?」
「僕? 雪がしたいことなら、なんでもいいよ?」
そんなラブラブな雰囲気を漂わせている彼らの傍に、金髪の少女が。
そう、龍達にラグナの正体を告げた人物の一人、クライ・レーベルだ。
彼女の背には双剣が見える。
「……クライ、だったっけ?」
「え、あ、はい……。えっと……ルセアさんと、雪さんでしたっけ?」
「敬語使わなくていいよ。タメの方が話しやすいでしょ?」
ニコニコと話しかけるルセアに少しオドオドしながら、クライはコクリ、とうなずいた。
恐らく、ラグナの事を明かしたのをいまだに悪いと思っているのだろう。
彼がエデンとクライに頼んだ事なので、誰も悪いわけでは無いのだが。
「じゃあ、ルセアと雪……。聞きたい事があるんだけど」
「? 何?」
いきなりタメで話し出したクライに少し先ほどと違う感じを覚えたが、それを大して気にせずルセアは話しかけた。
隣に居る雪の表情が、強張っているのにも気づかずに――
「私さ……その、ラグナさん達に色々したのに……何で皆さん、許してくれたんですかね……?」
彼女の質問を聞いてしばらくきょとん、としていたルセア。
彼はそんなの決まっているだろうと言うかのように溜息を吐き、言葉を紡いだ。
「そんなの決まってるでしょ? 同じ魔法学校の生徒だから、だよ。それ以外に理由が必要なの?」
「……!!」
クライは驚いた。
命を狙い、殺そうとまでしたのに。
なのに、『同じ魔法学校の生徒だから』なんて理由で許してもらっていいのか、と。
許してもらってもいいのか、と。
「なら……私とエデンが何であんな事をしたか、話させて。雪にも関わる事だから」
「え……?」
そしてクライは、俯いたまま言葉の続きを紡ぎだす。
「私とエデンは、入学当時から仲が良かったの。それで、ある日……エデンのお母さんが四年前から難病で入院してるって事を聞いて……。その日に……『月詠家』って名乗る人達が現れて……それで、エデンに言ったらしいの。『ラグナ・ウィング』、『アリス・フォーチュンシンガー』を連れ去って来い』って……そうしたら、エデンのお母さんの病気を治すって……この話、修学旅行終わってから聞いたんだけど、月詠って名前が気になってて……」
「!!!!」
クライの放った単語に、雪は目を見開いた。
『月詠家』……自分の家族……。
彼らがラグナとアリスを使って何をしようとしているかはわからないが、あの二人の強さに敵う陰陽師など居ないと思うが……それでもやはり、彼らの目的が気になる。
ラグナはつい一ヶ月ほど前に休学届けを出して姿をくらましている……アリスに聞いても『わからない』としか言ってくれないので、彼の失踪の理由を知るものは誰も居ない、という事になるのだが――
もし、自分と血の繋がった者達が彼を捕まえていたとしたら?
もし、彼らがラグナとアリスを捕らえ、何かをしようと企てているとしたら?
そんな事を考えながら、彼女は空を見上げた。
何故気づかなかったのか――――空には、大量の悪魔が。
「悪魔!? 何でこんなところに……!!」
「ヒャハハッ!! 月詠雪ィ!! お前、深也の妹なんだってなァ?! 連れて行かせてもらうぜ!」
ベリアルが配下の悪魔達――いずれもSランクの悪魔に命令を下し、雪を連れて行かせようとする。
だが、そんな悪魔たちの前にルセアとクライが立ちはだかる。
「シヴァイル・プラントッ!!」
地面が割れ、大量のツルが悪魔を縛り上げる――が、それは意図も容易く破壊されてしまった。
ルセアの魔法は、Sランク悪魔からすればハエが当たった程度なのだろう……。
その事に衝撃を受けているルセアと、その隣で双剣を抜き、猛然と悪魔に立ち向かっていくクライ。
だが――――圧倒的な実力差の前に、無残にも二人は敗れた。
「ルセア!! クライさん!!」
「ゆ……き…………」
「雪…………」
雪が悲痛な叫び声を上げるが、ルセア達はすでに指一本動かすほどの力も残ってなど居ない。
二人は意識を失い、その場に倒れこんだ。
「ケッ、雑魚が……消えちまいなァ!!」
そう叫び、ベリアルが巨大な魔弾を放つ―――
次の瞬間、凄まじい爆発音と共に、あたり一面が焼け野原と化した……。
人間界 某所
「……なぁ、アリス」
「どした? セナトゥ」
ホッケーを終え、近くのベンチに座りながらジュースを飲む二人。
因みに、バーナードとアンジェリカは二人仲良くレストランで食事中だ。
「お前、辛くないのか? ラグナが出てってもう一ヶ月だぞ?」
「……」
セナトゥの質問に対してアリスはただ、黙るだけ。
思い出したら涙が止まらなくなりそうで……でも、あのバカの顔が脳裏を過ぎった。
――帰ってきたら絶対4分の3殺しにはする。
などという、本人が聞いたら即座に逃げ出しそうな台詞を心の中で吐き、アリスはセナトゥに笑顔で答える。
「大丈夫だって! どーせ、アイツの事だからその辺ブラブラしてるだけじゃね? すぐに帰ってくるっての!」
「……そうか、ならいいけどよ……ちょっと、心配になってたんだ。あれからアリス、元気無さそうだったからよ。ま、大丈夫なら何よりだ」
そう言って笑うセナトゥ。
アリスは彼を、本当に優しい奴だな、と思った。
そして、アリスがジュースを飲み終え、缶を捨てようとした時……ケータイが鳴った。
急いでポケットからケータイを取り出し、画面を見る。
送ってきた相手は……ラグナだった。
『おー、メールすんなっつったのにしてきやがって……ま、いいけど。
んーっと、話すと長ェのかわかんねぇけど、とにかくまぁ長いって事で。
なんか俺さ……クソ兄貴(マジでカス)に命狙われてるッポイんだよね☆
ま、それだけだったら俺は今迄どおり魔法学校に居たわけなんだが……どうにも、校長の動きが怪しくてな。
バンちゃんとかレイ先生とかウィン♂&♀とかゼクス先生とかは違うんだけどよ、あの爺さんからはダークネス先生と同じ気配がしたんだ。
だから、一刻も早く校長の事を皆に伝えてくれ。ツ○ッターとか使えば出来るだろ?
あぁ、それと……俺の事は、口の堅い奴にだけ言ってもいいぞ、うん。
最後に……俺は今からあの場所の更に地下……俺の一族の墓に行く。ちょっと行かなきゃならねぇんでな。ホントはアリスも連れて行きたかったけど、悪魔じゃないと入れねぇ場所なんだ、ごめんな。
じゃあ、またいつか……会おうぜ。アリス、愛してる』
それを見た瞬間、アリスはその場に居たセナトゥと、丁度戻ってきたアンジェリカ&バーナード、そして龍&ルウに言う。
「皆!! 今すぐ全生徒に『校長に注意』って連絡しといてくれ!! なんか、ヤバイらしい!」
「え? 何?」
混乱する皆に、アリスは状況を慌てながらもなんとか説明する事が出来た。
そしてアリスは静かに、魔法を発動する。
「……嫌な予感がするんだ。悪ィけど、先に帰る。じゃあな! 電光石火――発動!!」
そして、ラグナの予言は―――現実のものとなってしまう。
「……ウソ、だろ?」
男……ザーク・G・サディークが見たのは、紛れも無い真実。
でもそれを否定したくて、必死に自分の中で「これは夢だ」と言い聞かせる。
だが……現実はそうも甘くは無かった。
目の前に広がるのは、自分達生徒が尊敬していた先生達の血まみれになった姿。
バン、レイ、ゼクス、ウィン♂、ウィン♀……そして、彼らの血を浴びて真っ赤になったローブを羽織っている、大魔道師。
「何で……なんでだよ!! 何で、バンちゃん達にこんな事……!! アンタ、この学校の校長だろ!? 先代の魔王を倒した、英雄じゃなかったのかよ!?」
サディークは目の前の老人に叫ぶ、「何故先生達を攻撃したのか」と。
そして、目の前の老人は冷たく言い放った……。
「英雄? 誰の事だ? 私の名はエンディア・ウィング……貴様のよく知るラグナ・ウィングの祖父だよ」
「!?」
サディークは衝撃を受ける。
魔法学校が出来るきっかけにもなった、あの戦い。
ダークネス以外の教師ら、そして生徒は皆、だまされていたのだ。
本物の大魔道師は既に故人……そして、先代魔王は大魔道師の姿を借り、今迄ずっと、皆をだまし続けてきたのだ。
その異変にラグナが気づいたのは、修学旅行で自分が魔王の魔力を取り込んだとき。
アレは、エンディア自身のものではなく……エンディアの息子、つまりラグナの父親のものだった。
彼の父親は、ラグナと妻を守るため、一人でエンディアへと立ち向かったのだ。
そして、その当時のエンディアの守護についていた高ランク悪魔を全て殺害、ついにエンディアと一騎打ちになったのだが……考えが甘かった。
エンディアはまだ赤ん坊だったラグナを人質にとり、ラグナを殺されたくなければ自殺しろ、と命じたのだ。
結果的に、彼は自殺……だが、肉体が滅びても残り続けるほど膨大な彼の魔力。
それを恐れたエンディアが、あの遺跡へと封じたのだ。
「だったら……俺がアンタを……テメェを倒せばいいんだな……?」
サディークの右半身に灼熱の炎が、左半身に氷点下の炎が纏われる。
バンに教えてもらった技『氷焔拳』だ。
そして彼は、一気にエンディアへと飛び掛った――
「はあああああああッ!!」
だがエンディアはサディークを無視し、彼に背を向けた。
チャンス―――そう思ったサディークは、いっきに氷焔拳の状態から放てる究極魔法を唱える。
両手両足の炎をあわせ、全身へと纏わせて突撃する奥義―――『氷焔撃』を。
「いくぜ……氷焔撃ッ!!」
凄まじい勢いでサディークが突撃する。
エンディアは少し振り返ったかと思うと、片手で―――それを止めた。
「……!?」
「邪魔だ……消えうせろ」
瞬間、サディークは察知する。
避けなければ死ぬと―――
だが、それを止めた者が居た。
「なんとか……間に合ったな」
サディークの前には自分がかつて恋した、金髪の少女が。
今日は出かけていると聞いていたが――戻ってきていたようだ。
「ギリギリご到着、ってトコかな? 電光石火で走ってきたけど」
彼女の魔法は、魔法学校内の誰も使えない雷魔法。
未知の能力……一つわかるのは、雷魔法はスピード強化に特化しているという事。
彼女が今使った『電光石火』は魔力を消費するだけスピードがアップするという技で、『電光石火』の言葉どおり目にも留まらぬスピードを発揮する。
だからこそ、デパートでラグナからのメールを受信し、皆にそのことを伝えた直後に此処へとたどり着く事が出来たのだ。
「なるほど……ラグの言ってた『校長に注意』ってのはこういう事だったんだな」
「え……?」
「サディークは知らねェか? アイツ、ラグの爺ちゃん。んでもって……あたしとラグを殺そうとした奴」
怒りを込めて目の前の老人をにらむ。
その背には悪魔の翼が生えており、禍々しい魔力を感じる。
――このクソジジイ……生きてやがったのか。
――ラグはこの事に薄々感づいてたんだな……縁切ったとしてもやっぱ『家族』だからか。
――でも……そう考えたら何か、悲しいな……。
怒りと悲しみが混ざった瞳で、エンディアを見つめる。
相手の魔力は圧倒的……ここは、先生達を助けるのが妥当か。
だが、相手の出方も分からないので彼女はただ見つめるだけとなってしまった。
「今日のところは退散させてもらうとしよう。久々に我が孫の姿が見たいのでね。完璧な悪魔の方の孫を、な」
そう言って、エンディアは宙に弧を描き――魔界へと姿を消した。
魔界 楽園
「なぁ、スカー」
「なんだ?」
銀髪の少年―――ラグナが、相棒のハムスター『スカー』に話しかける。
ここは魔界の誰にも知られて居ない場所。
忘れ去られた、ラグナの父親の墓。
その墓の前で一度合掌し、彼は膝をついた。
「俺はもう、アンタの顔覚えてねぇけど、15年ぶりか。久しぶりだな……親父」
「あぁ、そうだな……。それにしても大きくなったな、ラグナ」
墓の前で呟くと、声がどこからか響いてきた。
その声は、静かに自らの名を名乗る―――
「俺の名はソルドロス。アリア……まぁ、お前の母ちゃんには『ソル』って呼ばれてたな、懐かしい。それで……お前がここに来たっつー事は、覚悟できたんだな……」
「あぁ」
「お久しぶりです、ソルドロス様」
「よぉ、スカー! どうした? そのみみっちい姿は? おめー、俺が生きてた頃は別の獣の姿だったろ?」
人間年齢で言えばラグナより下だが、獣人としてなら17歳でラグナより二つ上のスカーがソルドロスに挨拶をした。
スカーは二歳になりたての頃、生まれたてのラグナを自分の両親に嬉しそうに見せに来たソルドロスの事を知っていた。
だから、自分が仕えている者の父親という事もあり、『様』付けで呼んでいるのだ。
「それはまぁ……色々、ありまして」
「そっか。まぁ、そのアレだ。ここに来たっつー事は、魔界に伝わる伝説の剣……『レーヴァテイン』の封印を解く為の試練に挑みに来たんだよな?」
「……あぁ。その試練を乗り越えた時、強靭な肉体を手に入れ、膨大な魔力が詰まった『レーヴァテイン』を扱う事が出来るんだろ? 俺は今よりもっと強くならなきゃいけねぇんだ。単純な力だけじゃなくて、心も……じゃないと、俺の大切な人達を守ることなんて出来ねぇ……六年前、俺がアリスとスカーをあんな目にあわせたときみてぇに……」
俯いて悔しそうに言うラグナを一目見、ソルドロスは自分の背後の宙に魔方陣を描き始めた。
すると、彼の背後に一つの扉が姿を現す―――
「この扉に先に居る奴ららが、お前の試練の相手だ。使い魔は入っちゃいけねェ事になってっから、スカーはここで俺と一緒に待ってるんだな」
「了解しました」
スカーはひょい、とジャンプしてラグナの胸ポケットから出て行った。
目の前にある扉……幾重にも鎖や御札が貼られており、そこにはこう書かれていた。
【魔王ノ血ヲ引ク者以外ノ者、触レルベカラズ】
「コレって、魔王の血を引いてる奴以外が触ったらどうなるんだ?」
ラグナが振り返ってソルドロスに質問すると、彼はラグナに「ハンカチ投げてみ」といった。
言われるがまま、扉に向かってハンカチを投げると―――ハンカチは一瞬で消え去った。
「何だ? これ……」
「たとえば、この扉に対してスカーを投げる。すると、さっきのハンカチみてぇに一瞬で原子に分解される……つまり、目に見えないくらいバラバラに分解されるって事だ。おわかり?」
ソルドロスは軽いノリで説明したが、よくよく考えると恐ろしすぎるシステムだ……。
ラグナは恐る恐る扉に手を触れ……あけた。
眩い光に包まれ、先ほどとは全く違う花畑が姿を見せる。
「此処が……第一の試練……?」
辺りを見回していると、聞き覚えのある声が。
そう、それは―――
「俺が、第一の試練の相手だ」
†☆★次回予告★☆†
「何で、お前が……?」
「俺がお前の相手に相応しい。そう、ソルドロスさんが思ったからだ」
想像していなかった者との再会と、悲しい現実。
「校長が……先代の魔王……!?」
「ウソでしょ……?」
衝撃の事実を受け入れられず、戸惑い、迷う生徒達。
それでも運命は、時間は止まってなどくれない。
動き出した運命は、やがて大きな歪となり、歴史に名を残す戦争へと為る。
今までと、これからの少し。
それは全て、この戦争の序曲にしか過ぎない……。
「デッド様!」
「……どうした?」
「エンディア様が……こちらへと向かい始めました」
「そうか……お爺様が……。ついに始まるのだな、我ら悪魔の時代が」
役者はそろった。
後は台本を綴る脚本家が魔界へ到達するのを待つのみ……。
脚本家が魔界へと到達した時、運命は―――加速する。
次回――――
――――魔法学校第44話『序曲』
――ラグが居なくなって、もう一ヶ月か。
――アイツ、今頃何してんだろな。
――あれ……おかしいな
――眼から……涙が……止まん…………ないよ……。
「ラグゥ……帰ってきてよぉ……」
枕に顔を押し付け、嗚咽を上げる少女。その双眸からは、とめどなく、雫があふれ出ている。
全ては、一ヶ月前――ラグナ・ウィングが修学旅行の最終日の朝、失踪した事だった。
しかし、彼女がその報せを聞いたのはその本格的な失踪から二日後、イフリート担任のバンの口からだった。
それ以前のその情報を知っていたのは……ラグナや彼女と同じクラスの、音無龍。
しかし彼はそれをアリスに伝えず、黙り続けていた。何故なら、その失踪をバンが伝えたと同じ頃……。
バン、龍、そして、アリスに――ラグナからメールが届いたからだ。
そのメールには、こう書かれていた。
『えっと、突然で悪ィんだけど……色々事情あって、しばらく姿消す。
別に、自分の正体を明かして皆にハブられんじゃね? とか思ってねェよ。
つか、そんな理由で姿消すんならとっくに消してるっての。
まぁ……その、アレだ。俺、クソ兄貴……つーか、魔王って言えばいいか。
そいつらが色々俺の事嗅ぎ回ってるみてェなんで、俺はそいつを調べる事にした。
もちろん、アイツらが俺を狙ってんだから、魔法学校の皆に迷惑かけるわけにはいかねェ。
それと、メールや電話かけてきたりしたって無駄だからな?
アリスにはマジで悪いって思ってる。でも……仕方ねェんだわ。
じゃあ、また……いつか、会おうぜ。もしかしたら近いうちに会えるかもな?
P.S.
俺の事、絶ッッッッッッッ対誰にも言わないでくれよな』
「やっべ……言っちまった」とバンが思ったのだが、魔法学校外に漏らさなければ問題ないと思い、そのままにしておいた。
第42話『始動する敵、始まりの場所』
そして、部屋でアリスが泣きじゃくっている中……誰かが、彼女の部屋のドアをノックした。
コン、コン
「……誰?」
「ルウだよー。アンジェさんも居るけど」
「だから、『さん』はつけなくて良いって」
訪問者は、ルウとアンジェ。
アリスが魔法学校にやってきたその日にラグナに紹介され、一日で仲良くなった者達だ。アリスは急いで涙を拭い、顔を洗っていつもどおりの笑顔でドアを開けた。
「おっす! 二人とも、どうした? 今日は学校休みだぞ?」
「えっと、さ、アリス」
「?」
いつもどおりの口調で話しかける彼女を見、ルウが少し戸惑いながら話しかけた。
アリスの目が晴れ上がっているのが気になったのだろう。恐らく、否、絶対……。
「アリス……泣いてた?」
「へ? い、いや、泣いてなんかないって!」
目の前の親友達の言葉を否定するが、その表情には普段の明るさは無い。むしろ、『作り笑い』といった表現が正しいのだろう、この場合は。
それでも、彼女らの勘は鋭く、一瞬でアリスが泣いてたという事をその表情から感じ取ったが、あえて口に出さなかった。
そんな彼女らに気をつかってか、アリスはすぐに明るく振舞った。
「それにしてもさぁ……あんのバカは……あたし放ってどこ行ったんだよコンチクショウ!!!」
そう言い終えて息を大きく吸い込み、ガン! と壁を思いっきり蹴りつけた。
それを見て、ルウとアンジェはこれ以上心配するのは無駄だと判断し、笑顔で彼女に告げた。
「ねぇねぇアリスー」
「ん?」
「買い物行かない? バーナードと龍とセナトゥが荷物持ってくれるらしいし、さ」
「わかった。んじゃ、ちょっと待ってて! 支度してくる!」
「じゃ、一時間後に校門前集合だよー!」
「あいよー!」
そう言ってドアを勢いよく閉め、何かを思ったのケータイを開いた。
そして、返信してくれる事を願い、メールをある人物へと送信する。
それから身支度を整え、一時間後――校門前。
――な ん で 誰 も 居 な い ん だ よ
イライラしながら待ち続けること、三十分。
遠くから見知った人物らがやって来たが……完全に遅刻している。
「ったく、何でお前らの方が遅ェわけ!? あたし30分も待ったんだけど!?」
「いやー、悪ィ悪ィ。何しろ、龍が財布失くしちまったみてェだからよ。皆で探してたんだ。そしたら――」
セナトゥが申し訳なさそうに言い、その言葉の続きを財布をなくした張本人である龍が続けた。
「俺のポケットの中に入ってたんだよ……ゴフッ」
「わかった。わかったからしばらく黙ってろ。このバカスケが」
「おー♪ いつものアリスだ」
「ちょ、龍……大丈夫?」
「大丈夫れふ……」
龍の金的に、アリスの蹴りが直撃した。
それを見て彼の心配をするルウ、唖然とそれを見つめるセナトゥとバーナード、いつもの……否、それ以上に男らしい(?)アリスを見て喜ぶアンジェ。
だが、一人足りない。
いつもなら、アリスの前で龍と共に制裁を喰らっているあのバカが、居ない。
――ラグ……どこ行ったんだよ、
――あたしはずっと、ずっと待ち続けてっけど、
――さっさとかえってこねぇと、承知しねーかんな?
――ま、戻ってきたら戻ってきたで、龍みたいに……いや、それ以上にボコるけど。
「でさー、とりあえずバンちゃんに外出許可貰ってきたから、早く行こ?」
「だね。行こっか!」
6人が魔法学校を出発した、丁度その頃……。
魔界 某所
「……それで? 『奴』の居場所は?」
「ハッ! ご報告致します。ターゲット、『ラグナ・ウィング』は現在魔法学校を抜け、逃亡中。追跡中の悪魔Cランク及びBランク、討伐されました」
四つ手の悪魔に、格下の悪魔が頭を下げて報告する。
彼らが追っているのは、ラグナ。
彼が生きていたという事がわかり、現魔王であり彼の兄である『デッド・ウィング』に、彼の魔力を献上しようという計画だ。
魔法学校の面々がいくら強いとはいえ、数百、数千もの悪魔がかかってきては少なくとも生徒の何名……否、何十名かが犠牲になるだろう。
その事を考え、ラグナは逃亡を図ったのだ。
「フム……。ならば一度、奴を捕らえる為に餌を放ってみるか……」
「……『餌』とは?」
下級悪魔の問いに、その四つ手の上級悪魔は答えた。
ゆっくりと、恐ろしい声で――
「――『ニジ・スピア』をターゲットの元へと向かわせる。さすれば、奴はころりとこちらへ願えるに違いない。半分とはいえ、奴もまた、悪魔なのだから……。フハッ、ハハハハハハハ!!!!」
勝ち誇ったように笑いながら、四つ手の上級悪魔『キル』は――魔王の元へと向かった。
現魔王、デッド・ウィングの元へと。
人間界 日本 某所
歴史的な雰囲気を漂わせる、大きな屋敷。
そこに、一匹の悪魔と、数人の人間が顔を合わせていた。
悪魔の名は――ベリアル。魔王デッドの配下である『四天王』の一人で、相当の実力者だ。
そして、彼がやってきたこの家の名は……『月詠家』。
魔法学校生徒、『月詠 雪』の実家である。
実家、とは言っても、雪の両親は既に他界しており、現在は別の者が仕切っているらしいが――その正体が、ベリアルと、現月詠家当主『月詠 深也』である。
「……ベリアルよ。此度の魔界よりの長旅、ご苦労だったな」
「うっせェよ。俺ァデッド様の命令でここに来てんだ。わーったら、とっとと『封印の間』に俺がかき集めてきた魔力注入しやがれ」
「……了解した」
チッ、と小さく舌打ちをし、ベリアルはタバコをふかす。
一方、深也が向かったのは――月詠家の、地下室。
一言に『地下室』と言っても、地上の家と変わらないくらいの面積があり、その最奥に――数百年前に封印された魔物が眠っているのだ。
「……もうすぐだ。もうすぐで、伝説の魔物が復活する……!!!」
ベリアルがかき集めてきた魔力を深夜が注入し終えた頃……アリス達は、ショッピングを楽しんでいた。
「なぁ、アンジェ! この服なんかいいんじゃねェの!?」
「ちょ、アリス……そ、それって」
アリスが持ってきたのは、かなり短いスカート。
今にも見えてしまいそうなものだが……何故こんなものを選んできたのかわからない。
ちなみに、荷物持ち共はそのスカートを自分の彼女が履いた姿を想像してニヤけていた。
バーナードはもちろんアンジェの、
龍はルウの、
そしてセナトゥは、フィーリの姿を。
すると――
「「何想像してんだお前ら!!!」」
と、アンジェ&ルウに股間を本気で蹴られた(バーナード以外)。
何故バーナードが殴られなかったかは、この際気にしないでおこう。
「でさ、アリス。このワンピースとこっちのワンピース、どっちがいいと思う?」
ルウはピンクと黒のワンピースを交互に見せ、アリスにどっちがいいか目を輝かせて聴いている。
アリスは少し「ん~……」と考え、すぐさま黒を指差した。
「やっぱ、黒の方が良いんじゃね? なんか似合いそう」
「そっか! ありがと!!!」
無邪気に笑う年下の少女を見て、アリスは少し考え込んだ表情をし、心の中でつぶやく。
――あたしがこのコと同じ頃って……丁度、ラグと出会った頃か。
――アイツ、あの頃は黒髪だったっけ? 懐かしいな。
――それで……あたしがアイツの心臓作って、そっから色々あって――
――今に至る、と。
――ラグ、さっさと帰って来いっつの! ったく……。
――早く帰ってこないと……大泣きしてやっからな?
などと思いつつ、再びケータイの画面を開く。
すると、メールが一件受信されていた。
――まさか……!
期待に胸を躍らせ、急いでそのメールをチェックする。
そこには――ある事が書かれていた。
数時間前 人間界 某所
「……メール?」
一人の男が、おもむろにケータイの画面を開く。
そこには、こう記されていた。
『おい、バカ!!!
何勝手に出てってんだよ!
さっさとかえってこねーと、浮気すっからな!?
ったくよぉ……あたしがどんだけ泣いt……いや、な、なんでもない!!!
とりあえず、何があったかわかんねぇけど……落ち着いたら帰って来い!
最後に一言!
ラグ……愛してる』
「……ったく、メールすんなつったのによ」
軽くため息を吐いて、背後の悪魔達に向き直る。
その双眸には、膨大な量の魔力が宿っていた。
「――失せろ、雑魚が」
男が相手を睨むだけで、悪魔達は光の中へと消え去った。
彼の能力、『浄化』だ――
数年前より、確実にパワーアップしている事は間違いない。
「……ざけんじゃねぇよ、クソ兄貴が」
悪魔を消し去った後、男は……否、少年は静かに、怒りのこもった声でつぶやく。
ただ、淡々と、兄への憎しみを込めて。
「待ってろよ……いつか、必ず……ぶん殴ってやっからよ」
そうつぶやき、自分の恋人へとメールを返信した。
今、自分の身に起こっている事などなど、全て。
包み隠さず、全てを恋人――アリスへと、送信した。
「さて、と……行くか。『始まりの場所』に」
「本当に行くのか? たった一人で……」
銀髪の少年が呟いた後、彼の胸ポケットから顔を出したハムスターが彼に問うた。
彼は静かに宙に弧を描き……その先の場所へと、足を踏み入れた。
「……この先に、『アレ』が?」
「あぁ。だからこそ……俺は進むんだ。大切な奴らを守る為に、な。行くぜ? スカー」
銀髪の少年が『スカー』と呼んだハムスターは、静かに頷いた。
それを見て、銀髪の少年はニヤリと笑みを浮かべながら歩き出した。
「――親父に会うぞ、スカー」
「……了解しました。ラグナ・ウィング様」
つづく
「……」
静かに、暗い表情で宿泊先のホテルへと戻るアリス達。
アリスの背には、疲れ果てて爆睡中のラグナが乗っかっている。
因みに、何故彼女等がここまで暗くなっているかというと―――それはおよそ三十分前まで遡る。
†第41話『明かされた正体、過酷なゲンジツ』
三十分前
「んじゃ、エデン、クライ。後は任せたぜ?」
そう言って、ラグナは眠りについた。
エデンとクライは互いに目を見合わせ、コクリとうなずき、口を開き始めた……。
その話の内容は、至極単純。ラグナが先程見せた『浄化』という能力の説明と、ラグナが悪魔と人間の間に生まれた子供で、『魔王』の一族である、という事だった。
魔法学校には、悪魔……そしてそれを統括する『魔王』を恨んでいる生徒が多い。ならば、何故彼はそんな事を皆に打ち明けるように仕向けたのか?
それは―――自分が魔法学校(ここ)に居ていいのか、確認するため。
バカな方法だと……後でアリスに怒られるとわかっているけど、やっぱり不安で……。
「……バカラグ」
小さくアリスがそう呟いた。その声は誰にも聞こえる事なく、ただ、背中の彼に……。
それから十数時間後。
彼が目を覚ましたのは、自室。キョロキョロと辺りを見回すと、唯一、今の状況で気軽に話しかけられる人物が……。
「アリ……ス」
「……おはよう、ラグ」
いつもと何ら変わらないテンションで話しかけてきてくれる彼女。
ベッドに横たわる銀髪の少年――ラグナの唯一の理解者。
「……悪ィ。やっぱ、俺自身で言ったほうがよかった……よな」
「……当たり前だろ? ったく、相変わらずバカなんだからよ……今頃、魔法学校生徒も教師も皆大パニックじゃねぇの? あたしはずっと部屋に居たからわかんないけど」
「ずっとって……何時間ぐらい?」
ラグナの問いに、アリスは少し目を閉じ、ん~……と唸ってみせた。
その仕草がとても愛らしくて……見てるだけで、心が癒された。
「十四時間ぐらい?」
「……マジ?」
「うん」
それから、しばしの沈黙が続いた。
喋らない、のではなく、二人共考え事をしていたから。
アリスは、校長がラグナに下す処罰を。いくら悪魔との戦いに貢献した生徒といえど、表面上何らかの処分をせねば生けないという事がアリスにはわかっていた。
(もし、ラグが退学処分になったら……あたしも……)
ここに来て、たくさんの友達が出来た。ルウやアンジェ、龍、バーナードに雪やルセア……エデン、クライ、他の先生達。
皆の事を思い出すと、涙があふれそうになるが、ラグナを心配させないために必死に涙を堪え続けていた。
そんな彼女の考えを察したのかそうでないのか、目の前の銀髪の少年が口を開いた。
「……離れなくてもいいんだぞ」
ポンッ、と頭に手を置かれ、撫でられる。
その瞬間、堪えていたはずの雫が……二つの瞳から、ボロボロと流れ落ちてきた。
そしてラグナは、そっとアリスを――抱き寄せた。
「え……?」
「大丈夫だっつの。もし0,0000000001%ぐらいの確率で俺が退学とかになったとしても、俺は俺で悪魔と戦うぜ? 魔法学校に居られなくたって、ダチを守りたいし……アリスにもう二度と、あんな怖い思いさせたくねェから……。だから、俺と一緒に居るより、ここの方が……」
「―――……だ」
「……?」
ラグナにも聞こえないほど小さくか細い声で、アリスが何かを呟いた。涙を瞳に浮かべながら、彼女はもう一度、大きな声で言う。
「嫌だ!!! まだ退学とか決まったわけじゃねぇじゃんか!!! 何で諦めてんだよ!? ラグだって……ラグの方が、あたしよりも皆と一緒に居た時間長いから!!! ここに残りたいって気持ちも、あたしより強いはずだろ!? なんで自分犠牲にしようとしてんだよ! いつものお前らしくねェじゃんか……自分犠牲にするとか……もう、嫌なんだよ…………」
散々叫びまくった後、アリスはその場に泣き崩れる。
―――嫌だ、嫌だよ。
―――なんで離れてっちゃうの?
―――ずっと、ずっと傍に居てくれるって言ったのに。
「あたし……六年前のあの日からずっと……一人で、一人で……がんばって……きた、のに……」
アリスの脳裏に、『あの日』からの出来事がよみがえる。
ラグナの心臓を作り出した後、彼女の身体は消え去った―――はずだったのだが。
月詠家が、それを許しはしなかった。
アリスの持つ、『未来予知』という力……月詠家はそれを利用して、悪魔を倒そうと考えたのだ。
結果、彼女は実験体にされ、毎日毎晩、『時間』という感覚が狂ってしまいそうなほど実験をさせられ……最終的に『未来予知』のチカラの半分を奪われ、あの装置『Alece』に閉じ込められた。
そのときの、科学者達の言葉はこうだった、
『さらばだ、実験体0-9。貴様もコイツらと共に、この永久催眠装置『Alece』の中で永久の眠りにつくがいい……』
あの言葉が、大嫌いだったあの言葉が。
『アリス』という一人の人間の人権を尊重すらしていない、卑劣な言葉が何度も彼女の脳内によみがえる。
涙がボロボロと流れ出し、止まらなくなる。
「嫌だ、一人にしないで」と叫んだ日々。
毎日毎晩、人口危険生命体と戦わされたり、激しい苦痛が伴う実験の対象にされたり……その身体に植えつけられた『痛み』が、『苦しみ』が、彼女の身体を再び蝕んでいく。
「嫌、だ……嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌イやいやいやいやいやいやイヤ!!!」
いつもの彼女とは違う、悲痛な叫びが部屋に響き渡る。
そんな彼女を見て、頭が働くよりも先に―――少年は、彼女を抱きしめた。
「ごめん、やっぱりずっと、傍に居させてくれ」―――。
そう、たったその一言は、少年がどうしてもいえなかったその一言は、たったこれだけの行動で、相手に伝わった。
ハァ、ハァ、と息を荒げ、アリスは枯れた声でラグナに泣きつく。
嗚咽をあげながらも、「一人じゃない」という喜びに、身を震わせながら。
ちょうどその頃、ロビーでは―――
「……」
龍達魔法学校の生徒が十名ほど集まっていた。
皆が皆、修学旅行に不似合いなくらい表情をしている……まぁ、無理もないだろう。今まで仲間と思い、友達として楽しく過ごしてきた人物が―――悪魔だったのだから。
長い、沈黙。
それを破ったのは―――龍だった。
「なァ、皆……」
「?」
彼の口が動くと同時に、皆が彼の方を向いた。
そして、静かに……状況を再確認する。
「俺は――アイツを『仲間』だって、『ダチ』だって、今でも信じてる。たとえアイツが魔王の血を引いてたとしても、な。お前らは?」
その言葉に、サディークが答える。
「当たり前だろ……大体、いまさらになって仲間を裏切れるわけねェ。そうだろ?」
「だね。ってか……今更居なくなってもらっちゃ困るっての」
アンジェがサディークに続いてつぶやくと、他の者達も「そうだ」「ラグナは私達の友達だよ」と次々に言った。
そして、次の日……修学旅行最終日の、朝。
夜通し泣き続けたアリスを部屋に残し、ラグナはセカンドバッグの中に私物を詰め込んでいた。その双眸には、決意の色が見える。
「っと、忘れもん……」
何かを思い出したかのように部屋へと戻り、寝ているアリスにそっと歩み寄る。そして、瞳を閉じ――
「愛してるぜ、アリス」
静かに、世界で最も愛しい人の唇に自分の唇を重ね合わせた。
現在、午前4時……空が明るくなってきた頃だ。
夜明けの空がここまで美しいと、そう感じたのはいつ以来だろう。
そんな事を考えながら、ホテルのロビーから外へと出た。
――そういや、アリス以外に誰にも会ってねェな。
――ま、別れは悲しくねェ方がいいや。
帽子を深くかぶり、サングラスをかけて外へと出た。
制服は丁寧にたたみ、部屋へとおいてきた。
そして、この修学旅行でアリスに買ってもらったジャケット等を着用し、ホテルを出た。
ホテルを出てしばらく歩いた所で……背後から、声が聞こえた。
それは、自分がアリスの次に信頼する者の声。
「よぉ、ラグナ」
「……人違いじゃないんですか?」
いきなり名前を呼ばれ、全然違う奴と思わせる為に口調を声色を少し変えた。
だが、これがかえって龍に確信を促す事となる。
「敬語なんか使うなよ。お前らしくねェだろ」
「……」
長い、長い静寂。それがしばらく続いていた。
その静寂を破ったのは――龍だった。
「何してんだ? 早く行こうぜ。皆が待ってる」
「……だが断る、っつったら?」
「は!? テメェ、何言って……?」
困惑する龍を他所に、ラグナは淡々と言葉を続ける。
「俺はしばらくこっから姿消すよ。アリスやお前らには悪いけど……じゃあな」
「お、おい!!!」
龍が止めようと手を伸ばした時……ラグナの身体から、黒いオーラのようなものがにじみ出ているのが見えた。
それはまるで、「ついてくるな」と言われているかのよう。
そして……自分では遠く敵わないほどの力を感じた。
「……」
―――ありがとな、皆。
―――また、いつか……会おうぜ。
二日後 魔法学校 クラス、イフリート
「えー……ラグナが休学届けだしてるんだが、アイツ何処行ったか知ってる奴居ないか?」
朝早くから、バンの声がラグナの失踪を告げた。
その後もバンが何かを話していたようだが……その言葉はもう、アリスの耳には入ってなどいない。
ただ、巨大な衝撃が、アリスを襲った。
「なんで、ラグが……」
アリスを含めた、仲間達が悲しんでいる頃―――
日本の某所で、数名の人間が集まっていた。
皆が着物を着用し、部屋の壁にはいくつもの御札が。
そして、その部屋の中に一人……『異形』とも呼べる者が一人。
「……俺達の存在、それは『ラグナ・ウィング』を捕らえ、奴の魔力を吸収し……デッド様に捧げる為に在る!!!」
高らかに叫んだのは、Sランク悪魔――サー・ベリアルであった。
第三章 完
「……きやがったか」
ラグナが、天井を見上げてそう呟いた。
その声を聞き、他の面々も天井を見上げる。
そこに居たのは―――
「失敗してしまったか、愚かな奴等だ……」
「ダークネス先生……!?」
ラグナ以外の生徒が、目を見開いて彼を見つめる。
何故、彼が此処に?
その時、ルウと龍は確信した……優拿と春奈に人殺しをさせていたのは、コイツだと。
そして、彼は『教師』というカタチで魔法学校に潜入していたのだ……目的はわからないが。
「ほぅ……ラグナは気づいていたようだな? 俺が悪魔と同化し、更なる力を得た者だという事を」
『バンちゃんに聞いてなかったか? 俺……半分、悪魔なんでね』
ダークネスの言葉に反応し、仲間達には聞こえないようにラグナがテレパシーで返事をした。
自分が半分、悪魔という事……それはまだ、バンとアリス、そして校長にしか知られていない。
教師等はともかく、生徒には悪魔を憎む者が多いので、公にされいないという事だ。
『何だと? そうか……それでベリアルは、貴様の力を……』
『そーゆー事。ま、アイツに盗られる前に取り戻したけどな』
そう言う彼の身体からは、沸々と暗黒のオーラが湧き出ていた。
禍々しく、ドス黒い魔力……。
今まで感じた事も無いソレに、アリスとダークネスを除くメンバーは戦慄していた。
何もされていないのに、ただ目の前に彼が居るだけで、『死』を体感しているかのような感覚……。
それが、バーナードたちを襲っていた。
ソレに気づき、ラグナが優しく皆に微笑む。
「安心しろ、理由は言えねェけど……大丈夫だから」
「……わかった」
ラグナの哀しい笑みに気づいたのか、龍が答えた。
二人は幼い頃からの仲……相手が何かを隠しているのなら、無理に聞くだけ相手を傷つける。そういう事は、承知していた。
「で? ダークネス先生……何しに来たんだ? テメェは」
『先生』という言葉に最早尊敬の意など皆無、といった感じでアリスが聞いた。
彼女は知っている。ラグナが、悪魔としての力を取り戻した事を。
まだ、六年前ほどのものではないが……確かに感じる、彼の力を。
(大丈夫……ダークネスは強いけど、ラグなら……!)
そんな微かな希望を寄せながらも、心のどこかで想っていたのだ。
「ラグナが殺られるかもしれない」と。
ダークネスは四賢者の一人。それに悪魔の力が加わったとあれば、それは魔王にも匹敵するほどの魔力だろう。
今のラグナで敵うかどうか……勝率は恐らく10%にも満たない。
「なに……貴様等ガキ共に、別れの挨拶を、と思ってな。一思いに消してやるさ……! 永遠ノ闇―エターナル・ダークネス―」
ダークネスがそう言いながら空高く飛び上がる。
魔法を詠唱し、巨大な黒球を地面へ一気に投げつけた―――
「うわああああああああああ!!!」
†第40話『闇ニ堕チシ者』
「クソッ……間に合ってくれ!」
夜闇の森を走り抜けるバン、サディーク、セナトゥの三人。
向かう先は、森の中にある神社。
タッタッタッ、と地面を蹴って走っていく……急がねば、生徒達が危ない。
そう思いながらも、「早く、早く!」と念じていた。
バンは、知っていた。ダークネスが悪魔と契約し、悪魔の力を手に入れたことを。
悪魔との『契約』……それは即ち、『人間』としての自分を捨てる事と同義語。
契約とは、自らの身体に悪魔の魂を入れること……。
ダークネスがその契約を行ったのは、5年半前……悪魔との戦争が終わって半年後の事だった。
彼はあの戦争で、大切な人……婚約者を失くしている。
だからこそ、力を求め、契約にまでいたったのだろう。
(すまねェ、ダークネス! 生徒の為だ……お前は、俺が……!!!)
更にスピードを上げ、神社へと向かう。
それと同時に、セナトゥとサディークが声を上げた。
「バンちゃん! アレ!!!」
「!?」
空に見えたのは、巨大な黒球。
凄まじい魔力が凝縮されたソレは、次の瞬間……自分達の目的地へと発射された。
あそこにはラグナ、アリス、龍、ルウ、バーナード、アンジェ、エデン、クライが……!!!
ドガァァァァァァン!!!
凄まじい爆発音と共に、周囲は一瞬で焼け野原と化した……と思った、が。
周囲の景色は、何一つ変化していない。
まるで、先ほどの球体が掻き消されたような……。
そんな感じだった―――
「え……?」
アンジェが目を開くと、そこには先ほどと何一つ変わらない光景。
確実に、死んだと思っていた……だが、生きている。
これは夢? それとも現実? どっちが本当か、わからない。
ふと足元を見ると、バーナードとルウが横たわっていた。
「バーナード! ルウ!!! しっかりして!!」
二人の身体を揺さぶると、パチ……と二人が目を覚ました。
キョロキョロと辺りを見回しながら、立ち上がる。
何が起こったのか、さっぱりわからないようだ。
だが、彼等の目の前の3人……ラグナ、龍、アリスの3人は、何が起こったかわかっていたようだった。
「ほう……アレを相殺させたか」
「ラグと龍、あたしの力でならアレぐらい簡単だよ。ね?」
「……あぁ」
「もっちろん!」
と、表面上元気にしているが……実は3人とも、かなり魔力を浪費している。
アレだけの魔力の塊を掻き消すほどの力……想像しただけで、膨大な魔力が必要だという事がわかる。
「簡単、か……。そうは見えないが?」
「うるせェよ……! 待ってろ、今すぐぶっ飛ばしてやる……!」
「フ……そんな力もないクセに。そらっ!」
バン! バン! バン! と連続で魔弾を発射するダークネス。
一つ一つがかなり大きく、威力もかなりのものだ。
「ぐあっ!」
吹っ飛ばされた龍……このままでは、とがった岩に頭を打ち付けてしまうだろう。
「龍―――!!!」
ルウが龍を助けようと駆け出すが、それよりも更に速く、何かが飛んできて、龍を壁にたたきつけた。
龍の服の襟元を槍が貫通し、そのまま物干し竿のような状態で龍をひっかけていたのだ。
「この槍は……」
「うっす! 待たせたな!」
槍を見ながらバーナードが呟くと、背後から聞き覚えのある声が。
皆が振り返ると、そこにはセナトゥ、サディーク……そして、バンが居た。
「バン……ちゃん……」
フラフラとしながら、ラグナがバンに話しかける。
既に身体が限界なのだろう。
「悪いな……遅れた」
「遅ェんだ……よ…………」
「ラグ!!!」
ラグナがその場に倒れこむ。
それと同時に、ダークネスが再び魔弾を発射し始めた。
「ハハハハハ!!!」
「やめろ!」
バンが次々と、魔弾を掻き消していく。
ダークネスは確かに、膨大な魔力の持ち主だが、バンもかなりの実力者。
大魔道師を除けば、魔法学校最強だろう。
「ダークネス! 何で悪魔と契約したんだ!? わかってんだろう! ソレをすれば、お前は猛二度と、人間に戻れない事を! それなのに、何故!?」
「力が欲しかったからに決まっているだろう……! 消え去るがいい、バン!!!」
二人の魔法が激しくぶつかり合い、衝撃波が巻き起こる。
その衝撃で、生徒等は皆、吹き飛ばされてしまった。
まったく互角の勝負……ただ、ダークネスが全快状態ならば、バンは確実に負けているだろう。
「さぁ、そろそろ終わりに―――」
『―――待て』
「!?」
ダークネスが全ての魔力を解き放とうとしたときに、彼の頭に何者かの声が響いた。
その声は、ある悪魔……。
『力を使いすぎだ。戻れ。でなければ……俺の手で、貴様を殺そう』
「……了解しました、デッド様」
そう呟き、ダークネスは姿を消した。
最後に聞こえた『デッド』という名……。
それを聴いた瞬間、ラグナが立ち上がった。
「おい! デッドって、あのデッドか!? 答えろ!!!」
「貴様に言う義理は無い……さらばだ」
「おい! ダークネス!!!」
既に彼の姿は無い。
そして、彼の声も……消えた。
残ったのは、バンと生徒達、そして……二人の、幽霊。
「……」
「私たちは、どうすればいいの……?」
唯一の救いであったダークネスも消え、どうすればいいかわからない二人。
そんな二人に、ラグナがボロボロの身体を動かし、歩み寄った。
「なぁ、お前等……ホントに死んでんのか?」
「……うん」
ラグナの問いに、二人が声をそろえて答える。
彼女等のいう事は本当のようだ……その証拠に、身体が透けて、景色が見えている。
ニコッ、と優しい笑みを浮かべながら、ラグナは二人に両手を差し出した。
「俺の手、掴んでくれ。大丈夫……今、成仏させてやっからよ」
「え……?」
「ラグナ、何を……!?」
ラグナが発した言葉の意味がわからず、その場に居た誰もが……否、アリス以外が目を丸くした。
幽霊を成仏させる魔法など、あるわけがない。
なら、どうやって成仏させようというのか……。
「ホラ、俺の手に触れて目閉じて。早く」
「助けて……くれるの?」
二人がその双眸に雫を浮かべながら聞いた。
「大丈夫だって。ラグはちゃんと、二人の事送ってくれるよ」
「……ありが……と……う」
ボロボロと涙を流しながら、目の前の少年にすがりつく二人。
それと同時に、ラグナが呪文を詠唱し始めた。
どこの言葉かはわからないような呪文……。
殆どの魔法を熟知しているバンですら、こんな呪文は聞いたことが無い。
そして、詠唱を終えると同時に目を開き、口を動かした―――
「―――浄化」
シュォォォォ、と二人の姿が光に包まれ、天へと昇っていく。
ラグナの能力『浄化』……。
それはありとあらゆるモノ全てを冥界へと送る能力。
殺戮、破壊系の能力が多い悪魔の中で、唯一直接相手にダメージを与えない能力である。
「……向こう逝っても、幸せにな」
二人が光の粒子となって天へと昇っていくのを見ながら、彼が呟いた……。
その直後、バタッと地面に倒れこむ。
「……疲れた。エデン、クライ。後は頼むわ。さっき言ったろ? アレ」
「あ、はい!」
二人の少女の魂が昇っていった空。
先ほどまであんなに暗かった空が、今は星達が煌き、なんとも美しい光景を再現していた。
まるで、天国へと向かった二人の少女を、迎えるかのように―――
つづく
バーナードの持ってきた資料には、こう書かれていた。
西暦2010年 7月 29日
栗宮優拿 高木春奈
以上の消失を黙認。
「西暦って……?」
地面をけり、神社へ向かって走っている途中にアリスとクライが聞いた。
白夜まで後もう少ししかない。
ホウキも無いので、走るしかない。
「50年前までの年の言い方。今は『人魔暦』だろ? 今年は人魔暦21年。丁度21年前に、悪魔が活動を始めて、4年前にその戦争は終わった。俺が魔法学校に入ってから、丁度2年後の事だな」
「へぇ……」
ラグナは俯きながらも走り続け、考えた。
優拿と春奈は死んでいた―――
なら彼女等、アレらは何……!?
「なぁ、おかしくねェか? 皆」
何が? と、皆が問うた。
スタッ、と屋根の上に着地し、再び走り出す。
「西暦2010年って、悪魔が出現する29年も前のことなんだよ」
つまり、儀式はもっと前からあって、
ラグナやアリスのような異国人を葬るためのものではないらしい。
疑問点は言い出したらキリが無い。
わかっていることだって、無いに等しい。
「その、優拿ちゃんと春奈ちゃんは幽霊なんですかね……?」
「違うな」
ラグナがエデンの考えをかき消すように言った。
あの二人に殴られた感触がある……つまりそれは、相手が『魂』のみの存在では無い、という事の証。
だが、それなら何故、50年も前に死んだはずの彼女等は子供の姿で俺達の前に現れた?
何かを伝えようとしたから?
それとも、本当に俺たちを殺すために?
だとしたら、何故?
「……チッ」
「……ラグナ」
「あ?」
走りながら舌打ちをする彼の肩に、いつのまにかスカーがちょこん、と乗っていた。
彼もまた、ラグナと同じで……全てを察していたようだった。
「……やっちまったのか」
「あぁ……。なぁ、スカー」
「ん?」
「約束してくれ。もし、俺が戻らなかったら……お前が、アリスを守るって」
「だが断る」
「は!?」
「守るって決めたから、力を求めたんだろ? 守るための、力。そんな立派な理由があんのに、闇に堕ちるわきゃねェだろーが。だから、安心しろ……アリスを守れんのは、テメェだけだ」
「……そっか」
後ろの方でラグナがブツブツと呟いてるのを見、クライが叫んだ。
「おーい! ラグ、急がねェと時間が無ェぞ!!!」
「わかってる! 急ぐぞ!!!」
白夜まで後、15分……。
†第39話『奪われた魂』
ルウは目を覚ましていた。
そのすぐ隣に龍が居て、他には何も無かった。
ただ、何よりも存在感があるのは白い蝋で描かれた、『術式』。
そして、その中心部にルウと龍は居た。
背中合わせにされ、不思議な術で縛られた二人は逃げる術を知らない。
「……」
二人は互いに目を覚ましてから、ただの1度も口を開かなかった。
ルウは、開けなかった。
命が危ない、死ぬかもしれないとわかっていながrも、「どうして?」と、それだけを聞きたかった。
『好き』って言ったのはウソだったの?
舞い上がっていたのは私だけ?
なんともいえない気持ちに、ルウは不安で不安で、とてつもなく不安で、死ぬかもしれないという事も忘れてただ、震えていた。
コツッ
何かの音に二人が一瞬、肩を震わせた。
暗がりから二人の少女が現れる。
ポワァッ、と彼女等の持つロウソクが揺れた。
「死ぬの、怖い?」
二人が声を合わせ、同時に喋った。
―――怖いよ、誰だって怖い。
けど、ルウは首を横に振った。
「怖くないよ」
「あぁ、怖くねェな。世の中には自分の命失う事より、もっともっと怖くてつれェ事があんだよ」
お互いに、これが初めての言葉だろう。
ルウの手が暖かくなった気がした。
龍に握られた手によって。
「ウソでしょ? そんなの、奇麗事だよ」
二人の声は潤っていて、まるで「悲しい」「怖い」といった感情を表しているかのようだった。
今にも涙が零れそうな、高く幼い声を更に裏返して、優拿が叫んだ。
「死んでないお前らにはわからない!!! 死んでいるのに、肉体が存在していないのに生きなくてはいけない辛さは、お前なんかにはわからない!!!」
そのとおりだね、とルウはなだめるように言った。
それはきっと、生き地獄で、とてつもなく苦しいのだろう。
『死んでいるのに生きている』―――。
成仏も出来ず、死んだときの姿のまま現世にとどめられる辛さ。
それはきっと、私たちの想像を遥かに超えるものなんだろう。
ココロが、壊れそうなぐらい、辛い事なんだろう……。
でも―――
「死ぬのが辛いと知ってて、どうしてそれを他人に味合わせるようなことをするんだ?」
その後、二人が聞いた言葉に龍とルウは己の耳を疑った……。
「100人の生贄を捧げて、神魔様が復活したら、ダークネス様が私たちを解放してくれるって……そう、夏樹様が言ったんだもん」
呆然と、二人がその場に力が抜けたように座り込む。
ダークネス……魔法学校カオスクラスの教師の、名。
伝説の魔法使い、四賢者の一人。
―――ウソだ。ウソに決まってる!!!
「そんなのウソだよ! ダークネス先生が、そんな事言うはずない!!!」
「そうだ! ダークネス先生は、悪魔を撃退した、四賢者の一人だぞ!? そんな先生が、何でお前等に人殺しを促すような事を言うんだよ! ありえねェだろが!!!」
二人が必死に訴えるが、優拿と春奈は首を振った。
そして、一枚の写真を見せた……。
その写真に写っていたのは、ラグナとアリス。
始めの生贄だ。
「この場所、魔法学校!?」
「じゃあ、お前等の言ってることは……」
龍がいい終える前に、二人の巫女は頷いた。
信じていたのに……。
二人の中で、何かが壊れた気がした。
同時刻、遺跡―――
「悪魔か!?」
サディークとセナトゥ、そしてバンの前には、ローブを纏った謎の男が。
「……『そうだ』と言ったら?」
「お前を倒す。ただ、そんだけだッ!!!」
セナトゥが魔法陣を描き、呪文を詠唱する。
すると、風が吹き荒れ、木々が収束し、槍が完成した。
木の槍……とは言っても、魔法で加工してあるので、かなりの強度を誇っている。
「行くぜ、グングニルッ!!!」
走り出し、ジャンプと同時に槍を投げる。
風を纏い、槍は目の前の悪魔へと突撃していった……が。
その槍は悪魔にあたる事は無く、スッ……と、悪魔の身体を、すり抜けたのだ。
「何ッ!?」
「よく見ろ! アレは実体じゃない!!!」
「フ……流石だな、四賢者の一人、バン。膨大な魔力だけではなく、洞察力も凄まじいか」
どこか聞き覚えのある声。
その声に、バンが目を見開いて目の前の悪魔を見つめた。
「ベリアル!!!」
ベリアル―――
そう、かつて魔法学校から『死―デス―』を奪った張本人。
しばらく音沙汰無かったが……まさか、こんなところに現れるなんて。
「何しに来た! 目的を言え!!!」
「……目的? そんなもの決まっている。魔法学校の生徒共を、殺す為だァ!!!」
叫びながら突撃してくるベリアル。
その攻撃を片手で受け止める、イフリート担任、バン。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、サディークとセナトゥは立っているのも限界だ……。
相手が実体ではないとしても……ベリアルの魔力が膨大なので、まるで目の前にベリアルが居るかのように見える。
「スゲェ戦いだ……俺たちが入れるレベルじゃねェ……」
「クソッ……!」
サディークとセナトゥが歯がゆそうに二人の戦いを眺めていると、突如ベリアルが消えた。
そう……どこかへと。
「チッ……逃げられたか」
「バンちゃん、今のは?」
息を整え、サディーク等に振り返るバン。
その顔には、『焦り』が見えていた。
「ヤバいぞ……。ラグナが……魔王の魔力を、取り込んだ……!」
「へ???」
「ダークネス先生がやろうとしてる事、間違ってるんだよ! 二人共、だまされてるんだよ!!!」
ルウが縛られたまま、必死に優拿と春奈に訴える。
だが……二人は、悲しげに首を振った。
「私たちだって、わかってるんだよぅ? わかってるけど、怖いの……。やっと、やっとこの苦しみから抜け出せる光を見つけたの……」
「私たちは、ただ眠りたいだけ。ホントはこんな事、したくなんかないよ……」
あえぐような泣き声が闇から聞こえた。
とても悲しく、寂しく、苦しい気持ちの声―――
―――ごめんなさい
「ルウッ!!」
龍の叫びに我に返ったルウは、自分達の足元の術式がけたたましい光を放っている事に気づいた。
儀式が……始まるのだ。
「龍ッ!!!」
その光は、意志を持っているかのようにウネウネと動き出し、ルウの身体に絡みついた。
絶望が、ルウの心の中を蹂躙する。
もう、だめかな……。
少なくとも、龍が一緒に居る。いてくれてる。
だったら、別にこのまま死んだって……
「ルーウ!!! しっかりしろっつの☆」
どこからか聞こえた、聞き覚えのある声。
ルウと龍がその声の聞こえたほうに振り返ると、そこには……。
「アリス!?」
「ラグ、頼むよ!!!」
アリスが合図を送ると、巨大な炎の龍が天井を突き破ってルウと龍に襲い掛かった。
灼熱の劫火が、二人を包み込む。
「うわっ!」
龍がルウに覆いかぶさるようにするが、壊れたのは地面だけ。
ラグナが魔力を調節して、人間には効かない様にしたのだ。
「術式が……!!!」
春奈の声が聞こえ、龍は足元を見た。
粉々に崩れ去った地面、まるで地割れでもしたかのように。
「二人共、大丈夫ですか!?」
バーナードたちが、天井に開いた巨大な穴から飛び降りてきた。
炎の龍と共に突撃してきたラグナは、なぜか空を見つめている。
「……きやがったか」
『失敗してしまったか、愚かな奴等だ……』
聞き覚えのあるような無いような、そんな声がどこからか響いてきた。
つづく
誰一人、未来を見る事なんてできない。
誰一人、その人の運命を見る事なんてできない。
たとえできたとして、根拠が無い真実をどう信じればいい?
たとえ見れたとして、真実ではない現実をどう見極めればいい?
結果は、何一つとして、わからねェんだ。
決められた運命が、もしも形変えてしまったら……。
『運命が変わることも』運命だっつーのか?
なら、言いたくなるね。
「ふざけんのも、大概にしやがれ」
†第38話『決戦へ』
あの時、二度と悪魔としての『自分』という存在にならない事を誓ったのに。
結局、ここに来てしまった。
これは『運命』か、それとも『宿命』か……。
少なくとも、一つだけわかる事がある。
俺は今、深い深い、闇に手を伸ばそうとしている事を……。
愛している者を、守るために。
これは間違った選択なのかもしれない。
けど……皆を、アイツを守るには、何だって賭けてやる。
そう誓ったんだ、あの日に。
アイツを守るって……誓ったんだ。
「……貰うぜ、その壺」
一瞬で壺を奪い取り、そのフタをきゅぽんっ、と開けた。
そして、その中身を飲んでいく。
「ちょ……っ、ラグナさん!?」
「そ、それ……悪魔の王、『魔王』の魔力が封印された壺ですよ……? そんなモノ飲んでしまったら、死ぬかもしれないのに……!」
苦しそうに壺の中身を飲み込んでいく。
全身に力がみなぎるのがわかる。
魔法は発動できないが……元々の、『悪魔』としての身体能力が戻ってきた。
アリスに救ってもらった日から、人間として生きよう、そう決めたのに……。
「おい、二人共。少し頼みがあるんだけどさ……。まぁ、今から俺が言う事やってくれたら、今迄の事、全部無かった事にしてやっから」
「……へ?」
ヒソヒソ、とラグナが二人に耳打ちした。
二人は悟った。
目の前に居る者が、既に自分達人間とは違う力を持っているという事を。
だが、『悪意』は感じられない。
なら……信じてみよう、そう思った。
「わかりました……やってみます!」
「おう! 頼むぜ! 俺は先に行ってる!」
そして、彼は再び姿を消した……。
常闇の中へと―――
夏樹が姿を消してしばらく経った。
アリスとスカーは静かに、音も立てず、ベッドに座っていた。
そして、アリスの予知絵を眺めていた。
描きかえられた、その絵を。
「……アリス、どうするんだ? これから」
「わかんねェ……。皆無と言っていいほど、何もわかんねェんだ……」
また、シーン……とした静寂が舞い降りる。
それが二人をイライラさせていった。
「わからないって何だよ!? アリスには未来予知の能力があんだろ!?」
「うるせェな!!! あたしだって、いつ予知できるとかわかんねェんだよ!」
二人共、冷静さを完璧に見失っていた。
色々な事が、いっぺんに起こりすぎたから。
「未来予知って言ったって、いつできるかわかんねェ……。魔法使いが何でもできたら苦労はしねェよ……」
「イライラしてるなぁ~、お前等は」
聞き覚えのある声。
バッ、と二人が部屋のドアのほうを見ると……見知った顔が三人、知らない顔が二人見えた。
そう……ラグナ、アンジェ、バーナード、エデン、クライの五人だ。
彼等の手には、巨大な書物が。
そう、図書館であの巫女達の事が載ってそうな資料を全て持ってきたのだ。
「ラグ……無事だったの……!?」
「もっちろん☆ 俺がそう簡単にくたばっかよ。……まだ、言いてェ事も言ってねェし」
最後の一言は、小さくてアリスには聞こえなかった。
耳のいいスカーはそれを聞いて、ニヤニヤと笑みを浮かべているが……。
とりあえず、スカーにラグナの冷たい視線が突き刺さり続けていた。
そんな中、彼等は次々と書物を見ていく。
どこかに、あの巫女達の情報は……。
しばらくバーナードがページをめくり続け、「あっ」と叫んだ。
そこには……あの巫女達の言う、『神魔様』という名が。
「えーっと……読み上げますね? 昔、この島……沖縄には、とある神様が居た。その神様の名前が、『神魔』。『神魔』のお陰でこの島の平穏は保たれていたが、ある日、突如来襲した異形の者達によって、沖縄はメチャクチャにされた。その事に怒った神魔様の怒りを納めるため、毎年二人ずつ、島の者を生贄に捧げなければならない、と……」
ラグナがあの二人の巫女に聞いたとおりだと言って、頷いた。
そして、バーナードが本を閉じ、再び喋りだす。
「この場所は南国にも関わらず、『白夜』という現象が起きる。理由は不明、どんな本やインターネットを使っても載っていませんでした。調べた人が居ないのか……消されたか、です」
そんな彼の言葉に疑問を抱いたアンジェが、話し出した。
しかし、皆かなりそわそわしている。
それもそうだ……仲間が捕らわれ、今すぐにでも助けに行かなければならない。
だが、アリスが魔法を使ってでも負けたという事から、あの巫女達の謎を解かなければならないのだ。
「でも巫女も一応は聖職でしょ? 罪人ならともかく、人殺しは彼女達が進行するものにそむくんじゃない?」
「そんなことはありません。『神魔様の懐を探るなんて罪深きこと』とかいう理由なら、簡単に殺せるでしょう?」
「確かに……」
バーナードの言葉に、他のメンバーが頷いた。
そして、彼は再び本の一ページを開き、詠み始める。
「話が戻りますが……、その白夜の日……つまり、今日が……二人の生贄を捧げる日なんです」
二人、という言葉に心臓がドクッ、となった。
今居ないのは……龍とルウ。
間違いなく、生贄はあの二人だ……。
その事を一瞬で、ラグナや他の皆は察した。
「儀式の事はいい。それより、アイツらが使う呪術? みてェなモンについてはわかんねェのか?」
魔法を以ってして、倒せない力。
悪魔は倒せても、呪術は無効化できない。
全てが『謎』に包まれた力。
「詳しくはわかっていませんが……彼女達が使う呪術は、必ず『術式』というものが必要らしいです。わかりやすくいえば、魔方陣のようなものですね。それがなければ術は発動しない、らしいです」
あくまで「らしい」、なのだ。
でも、とアリスは言う。
「確かに……あの夏樹ってヤツと戦ってるとき、足元にそんな感じのがあった気がするようなしねェような……」
「これで、全部です」
バーナードの言葉で、話は終了した。
ラグナの案内で神社へ向かおうとした、その時……彼が、ふと思い出したように呟いた。
「あのさ、優拿と春奈って子供の名前なんだけど……」
「え? 誰? ラグの友達?」
「いや、違くて……バーナード、何かわかんねェかな?」
「ちょっと待ってください」
カバンの中から分厚い本のようなものを取り出し、パラパラとめくっていった。
そして「あった」と呟き、その中の一ページを開いて見せた。
バーナードが皆に見せたのは、市民録だった、しかも、50年前の。
ずらーーーっと並んでいる名前の中に、ラグナは優拿と春奈を見つけた。
ただ、死亡が確認されていない。
欄に「召された」と書かれている。
「どういうこと???」
アリスとアンジェは混乱した。
一人だけ、全てがわかったかのようにラグナが呟く。
「……まさか、な」
唇をかみ締めながら言った。
最近、てか、この修学旅行……悔しい事が多すぎだ。
「まぁ、そういう事です。とりあえず、早く龍とルウを助けに行かなければ! ラグナ、案内してください!!!」
「……おう!」
ラグナが走り出し、その後を追うように他の五人が続いた。
まさか、アイツらが……殺されてたなんて。
ラグナは憎しみを拳に握り締めると、あの神社へ向かった。
白夜まで残り、20分……。
つづく