(市川準監督・1995年)
「その頃の僕は、ようやく一人暮らしにも慣れはじめたものの、まだ本当に漫画家としてやっていけるものかどうか、皆目、わからなかった」
「古いんだ、俺の漫画って。……よくわかってるんだ。でも、子どもたちのこと考えて書きたいから」
「弱気だな、金か?」
「お金はいいんだ、そうじゃなくて」
「寺田の絵の上手さってのはさ、優しさなんだよね。ほんと恥ずかしいくらい、いい人ばっかり出てくるしさ」
「困るよテラさん、打ち合わせ通りに書いてもらわないと」
「やっぱり嘘になってしまうんです。嘘を教えるのはよくないと思うんです」
「あのね、修身の教科書作ってんじゃないんだから。漫画なんだよ漫画、面白くなきゃダメなんだよ。……何度も言ってるけど、今は新しい漫画もどんどん出てきてるんだから。それに合わせていかないと、時代に乗り遅れちゃいますよ。それくらい、君だってわかるだろ」
「……わかりたくないです」
「いつか先生は、一番言いたいことは何ですかという質問に、誇りを持てということだと答えてらっしゃいましたよね」
「……君たちは、僕の漫画のことを大事に思ってくれるけど、僕という人間は、自分が書いてきた漫画ほど、きれいじゃない。強くもないし、優しくもない。君たちが大事に思ってくれる価値なんてないんだよ」
「何なんだ、お前の悩みって。……まだまだやれるよ、寺田。まだやれる」