『談合』について
また小難しい話です。
そして日本の暗部の話です。
かなりの長文です。
苦手な方はスルーしてください。
一時期、朝日新聞などのメディアと市民団体などの左翼系団体がよってたかって『談合』についてのバッシングがありました。
逮捕者も多数出て、大手ゼネコンなども信用が落ちたなどと書かれていました。
皆さんは『談合』というものがどういうものかご存知でしょうか。
メディアで言われていることは、競争入札を裏で取り仕切り、価格を吊り上げ、不正に利益を供与しているといったところなのでしょうが、果たして『談合』のすべてがこれで語られているのでしょうか。
私がみてきた世界、そして、昔から日本の根底に流れる商慣習というものについて少し話しをしたいと思います。
昔からこの『談合』という制度は日本にありました。
特に著しいのは戦後、高度成長期においての行政主導の国家再建にかかる建設プロジェクトなどの談合です。
公共事業において、その発注先は公正で、低価格で選ばれなければいけません。
しかし、これが行えない状態が戦後数十年続いたのです。
これはどういうことなのか。
もともと国の発注事業というのは民間に比べてコストがべらぼうに安いことはあまり知られていません。
だからこそ、入札が不調に終わったり、受注先が決まらず事業凍結ということが多々起こりました。
この事態を回避したがったのは、ほかならぬ行政自身なのです。
自分たちが予算計上し、計画した事業に誰も参加してくれない。
そこで指名入札制度というのを利用し、入札する業者を前もって指名しておくことにしたのです。
これが談合の元凶となるのです。
ある談合では役所の人間、もしくはOBの外郭団体が直接その談合に参加していることもあります。
政治家秘書なども暗躍しています。
はじめは誰でもいいから受注先を決めるための談合が、徐々にその形態を変え始めます。
これには日進月歩の日本の技術力というものが大きく作用してきます。
つまり、あるゼネコンが特殊な工法を開発したとすると、その工法に対抗するようなものが他にない場合、随意契約という形をとる場合がありますが、役所の体質上、あくまで一般競争入札で事を収めたいという考えがあるのです。
A社に受注させたいけど、A社だけに絞った随意契約は国民の反感を買う可能性があるので避けたい。
でも、10年、20年というスパンでみればA者の技術で製作した方がはるかにコストダウンが計れる。
この結果、談合で受注する「理由」ができるのです。
理由をもつゼネコンなどは当然優位に動きますし、金額の設定もある程度自由が利きます。
なぜかというと、役所の出す公示価格はすべてゼネコンが作っているからです。
役所にそういう積算ができる人材は皆無です。
国交省など国の機関なら別ですが。
するとここに利権が生まれます。
高度成長期の当初はこんな感じでしたが、高度成長期の真っ只中では、ライバル会社などが生き残りを掛けてしのぎを削っていくことになります。
そのうち議員や議員秘書が暗躍する舞台となるのです。
ますます設定金額はつりあがり、利潤を確保してその一部が議員や政党の裏資金として流通していきます。
地方都市も例外ではなく、地方都市の方が都心部に比べてこの利権構造がはっきり現れてきます。
やがてバブルが崩壊。
仕事をなくした建設業界はこぞって公共事業への参入を試みますが、すでにそれまでに培った企業間の団結があり、この中に参入することが難しくなっています。
だからこそ、そういう問題が表立ってバッシングされ始めたのです。
「談合」自体は決して悪いものではないのです。
たくさんある仕事の中で、適材適所に分配する仕組み。
苦労すればしただけ報われる仕組みを業界独自に作り上げていたのです。
ここ数年でこの談合のシステム自体は崩壊しています。
中には根強く残っているところもあります。
国の威信を掛けた国家的プロジェクトなどには、談合というシステムが欠かせないのです。
建設業界での見積もりの作り方は独特のものがあります。
例えば設計での発注の際には、直接人件費といわれる単価が存在します。
昔の建設省単価といわれるものですが、この単価の合計金額の100%までの技術経費が認められています。
そしてその総額の20%の営業経費を足すことにより、見積価格を算出します。
お分かりだと思いますが、民間でこのような経費を見積書に書くと門前払いされます。
つまり、直接人件費の240%が見積価格になるわけです。
バブル崩壊以降、リストラにあった社員たちがこぞって新会社を設立し、業界になだれ込んできました。
しかし、談合のシステムがある限り、その人たちの参入は無理なのです。
だからこういった人たちが情報をリークし、談合システムの崩壊を推し進めたのです。
この結果、どういうことが起こったかはあまりご存知の方はいらっしゃらないと思います。
入札の際、新規参入者は見積もりの作り方がわかっているので、直接人件費の50%、つまり150%の価格で入札していきます。
中には経費を10%程度まで落としたところもありました。
今までの公共事業での価格がどんどん崩れていきます。
数字の上だけでは確かに税金の無駄遣いも減ったと、多くの市民団体が満足したことでしょう。
しかし、この問題はそこで止まるはずがないのです。
旧建設省単価は年に少しずつ上がって行ってはいますが、もともと適正価格ではないのです。
だからこそ、戦後に談合というシステムを作ってまで落札先を決めていたのですが、10%や50%程度の経費では、とてもじゃないが会社運営は不可能なのです。
そのあたりを一切無視して談合のシステムだけを取り除くとどうなるか。
落札したのはいいが、途中で会社が倒産し、事業自体が宙に浮いてしまっている状態が多発しました。
役所の担当者も大慌てで足きり価格などを設定して、適正価格での入札をしようとしましたが、すでに取り返しのつかない事態に進んでいました。
ついには技術力のない会社でも入札の指名届けさえ出していれば、落札することが可能なほどオープンになってしまったのです。
多くの左翼系市民団体はこのことを自分たちの成果だと自慢していることでしょう。
しかし、一方で大量の失業者、自殺者、会社の倒産を招いていることまではみてみないフリなんでしょうね。
たしかに『談合』のシステムの悪い側面は在ります。
価格を吊り上げることで利権をむさぼる人たちが大勢います。
ましてこれが国民から徴収された税金となれば、許しておくことはできません。
しかし、この談合のシステムが無ければ、今の日本は無かったといっても過言ではないと思います。
なぜなら、ほとんどの人が何らかの形で公共事業の恩恵を受けているからです。
日本の国家予算がどんどん膨れ上がるのも、日本の借金がどんどん膨れ上がるのも公共事業の所為ですが、この公共事業が無ければ、日本の戦後復興など起こらなかったのです。
このことはベトナム戦争で崩壊したベトナムが、戦後30年たった今でも、公共投資がほとんどされず未だに復興も間々ならない状況をみれば判ると思います。
公共事業まで崩壊した日本は、まだまだ不況の底を這い回ることになるでしょう。
公共事業の恩恵に直接結びつかない教育分野などの団体がこの問題についてのバッシングを繰り返しているのも、これで理解できると思います。
日本を根本から変えるためには談合のシステムはいらないに越したことはありません。
しかしその前に、適正価格の設定や、役所の体質の見直し、すべての企業の事業体質のあり方を見直す必要があるのです。
こういう話はメディアには出てきませんw
だからこそここで記事にまとめていこうと思いました。