文世の日常(2009年その後の日々)

文世の日常(2009年その後の日々)

婆猫ふみちゃん(文世)は2009年3月に、19歳10か月で逝きました。

半年後、縁あって私の家族になってくれたちびノリ君(典世)は、2013年10月8日から行方不明。
様々な可能性を考えながら、探しています。


フーテンのキジ寅さん

迷い猫【キジトラ】の帰りを待っています


〔千葉県〕2013年10月8日未明より行方不明〔市川市〕


4歳半オス(去勢済) 4キロ台

尻尾がとても短い(見えた尻尾は丸くてウサギみたい)

口の周り~アゴが白いです

下っ腹に白い毛が丸く生えている


呼び名は;ちび、ちびノリ君


http://raffine0510.dreamlog.jp/

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ランナー



        明日で仕事納め。
   今年、後半はあっという間だったわ…

   業務自体は14時か15時には強制終了、
   残り2時間ほどが「納会」に充てられます。

   一年前は、疲労と緊張と安堵がいっきに押し寄せ、
   途中から記憶がないのです。
   ぼんやりしているグレーゾーン、
   「私のことだましてる?」と疑っちゃうほど
   全く身に覚えのないダークゾーン。

        年を越し、仕事始めで知らされた、自分の醜態の数々。
   酒グセの悪さは自覚していたけど、
   自分の節度やら自意識が、そこまで崩落していたとは。
   もう、ただのセクハラおやじですやん…

デイドリーム


    確かに、おかしいとは思ってたよ。
   上機嫌で納会後の職場を出たところは憶えてるけど、
   気がついたら、地元駅前のスーパーのトイレだった。
   広めの個室でのびていた。
   しかも時間に空白ありすぎだろ!
   会社出てから、何時間経ってんだ?!
 


    今年は、泥酔しませんよ。
   仕事帰りに、「大野くん探し」でお世話になった方へ、
   年末のご挨拶に伺うつもりなのですから。
   シャキッとしていなければなりません。

   逢えない…まだ、逢えない…もう、逢えない…

宿命




        すぐ諦めそうになる。
   「時間がない」って言い訳して、行動の頻度・範囲に問題あり。
   仕事で追いつめられて、心のブレーカーが落ちやすい。
   私の敵は、私自身です。

   まだ歩こう。
   疾走する若さも体力もないけれど、
   大野くんを探す旅を終わらせる気も無いんだ。

   師走最後まで、走り続けます。
   大野くん、待っていてくれるかい?


 追伸:ずっと励ましてくださる皆さんに、
    直接、年末のご挨拶に御礼に、
    参上したいですよ、本当に…ありがとうございます。

 

ランナー2




   夢に人や動物が出てくる事は、めったにありません。
   亡くなった弟の夢さえ、この数十年で3回あるかどうか。

   特に、ここ10年は薬に頼っているせいで、
   夢そのものを見なくなっています
   (薬なしで眠った場合は、残酷で怖い夢を見てしまう)。

   薬の副作用というのも、当然あるもんで、
   勢いつけて起床・身支度を済ませ、電車に乗ると、
   その後はお昼まで、断続的に睡魔と闘う事になります
   (起きている間は、ずっと眠いのが私の人生です)。
   だから、昼休みのチャイムが鳴るとすぐ、
   ご飯を食べるよりもまず、机の上で寝ちゃう。
   首・肩こりを考えたら、非常に良くない姿勢なんだけどね。

   机の上に直に頭を着けるのではなく、
   高さ・硬さが適度なクッションに突っ伏していると、
   夜の就寝時よりスピーディーに寝落ち…


   大野くんが行方知れずになって10日経った時、
   その昼寝の間に、大野くんの夢を見ました。


デイドリーム2




   大野くんが帰ってきた夢でした。

   目覚めた時、胸が痛くてしかたなかった。
   何故なら、それは良い兆しではないから。

   小・中学生の頃、
   「帰ってこなくなった」猫が自分の夢に出てくると、
   それは、「別れの挨拶」のようなものだったのです。
   あの当時、必死に探すことはしなかったな…


   「大野くん失踪」を報告する形で、
   このブログを更新した時、心の奥深いところで、
   密かに怯えていました。
   できるだけ考えないようにしていたけれど、
   見てしまった夢に、前へ進めなくなる。

   
   ブログで皆さんに励ましてもらい、
   地域の猫好きさん達に協力をお願いしながら、
   いろんな時間帯、いろんな道を歩きました。

   
   そして、もう一度、大野くんの夢を見たのです。

   今度は、職場の机の上ではなく、自分の部屋。
   真っ暗だったから、昼寝やうたた寝ではない。
   「今日も会えなかった…」
   そう落胆したまま寝つき、未明に見たのだと思います。


   ぼんやりしていたけど、大野くんの顔と姿が在りました。


   どう解釈すべきかわからないけれど、
   その二度目の夢のおかげです。
   私が絶望せずに、まだ追いかけていられるのは。

  
   「僕は、よその家のコになったよ。
    だから、心配しないで」
   そう言いたかったのかなぁ…

   大野くんが、別の場所でほかの人に可愛がられている
   ―― そう想像することは、私の心をつかの間
       穏やかにしてくれます。
       でも、それも“逃避”のように思える、まだ今は。


孤独という名の病2




   大野くんがうちに来て、半年ぐらい経った頃かな。
   2回の仔猫ワクチンも、去勢手術も済んだ後、
   片方の眼が感染症で開けづらくなり、
   大野くんは精一杯演技して、異常のないふりをしてたけど、
   病院で診てもらった事がありました
   (この眼病は、年に1~2回は繰り返し出ることになる)。


   眼の異常は点眼ですぐ治癒する診断だったけど、
   そういえば…と気になっていた箇所も、
   ついでに視てもらったのです。
   ポツンと、赤くミミズ腫れのようになってる下っ腹の皮膚。
   舐めすぎて皮下出血を起こしてるのが、素人目にも判る。
   「あ~、これはストレスが高じて舐めすぎたんですね」

   自分の身体を舐めて、身づくろいする事は、
   猫のリラックスにもつながる。
   でも、逆に舐めすぎてもいけない。
   「このまま舐め続けると、炎症までいく心配もあります」

   「何か、この子にとってストレスになっている事は?」
   とドクターに訊かれ、即答したのが、
   「独りで留守番してるのが最大のストレスみたいですよ」

   その答えには、ドクターも苦笑いして、
   「そのストレスは取り除いてあげるのが難しいなぁ」
   と仰っていました。



孤独という名の病



   ふみも同じだった。
   人間がそばに居て、常に自分に関心を持っていないと、
   耐えられない。そんな状態は幸せじゃない、猫だった。

   外見は、野性的なヒロに似ていたけど、
   内面は、ふみの魂をそのまま受け継いだかのような大野くん。

   私自身が、「寂しい」と感じることがない人間なものだから、
   当然、ふみと大野くんの気持ちを、完全に理解しきれない。
   そんなにツライのか?

   今、私は孤独ではないけれど(単に環境の面で)、
   非常にツライ。寂しいのではなく、苦しく、もがいている。

   キミたちの心の隙間を理解できず、申し訳ない。
   好きで、部屋から外の世界に出てたんじゃないよ。
   私が有能で、キミたちと同じ部屋で過ごしながら、
   生活の糧を得る事ができるような人間だったら、
   もっと、ずっと、違う日常だったのに。

   大野くん
   キミは、孤独という病をこじらせてしまったのか?


   大野くんがこの部屋に戻ってきた後も、
   これまでの暮らしとさほど変化はないとは思う。
   相変わらず、私は外の世界で働き続けるだろう。
   自分の能力の足りなさと闘いながら。

   だから、大野くんの寂しさやストレスを解消する、
   そういう約束はできないんだ。
   でも、明らかな変化は在るんだよ。
   私の心に平穏が戻ること。
   大野くんの居場所、私の膝の上は空席のままだからね。


   追伸:でも、大野くんのことをもっと可愛がってくれて、
       キミの独占欲を満足させてくれる、
       そんな環境にもし今いるのだったら、
       私は、駄々はこねない…





風は夜毎冷たく

    大野くんが行方知れずになってから、
   初めて、『
迷い猫掲示板』なるものを閲覧するようになりました。
   そういうものがあって当たり前なのに、存在を知らなかった…。
   
   私自身も書き込んで、情報提供を募っています。
   たくさんの方々が、おうちの猫を探してるなんて。
   こんなに…(しかも関東版を見ただけでも)。

   猫が遠出をしたとしても、その行動範囲は半径500mほどだと
   言われています。が、帰宅しないままの時間が長くなると、
   皆さんも、捜索範囲をかなり拡げて情報を求めるようです。

   帰ってきてくれた【解決】のケースでは;
   3日~2週間ぐらいで、猫が自力で戻る事が多く、
   1か月半ぶりに帰宅したという子も居ました。
   あと、飼い主さんのほうから発見・保護のケースも、
   少なからずあります。

   ただ、それは、晩秋から厳寒の時季を経て
   帰還を果たしたケースなのでしょうか…?

   勇気を出して訪ねた、“猫好きさん”達からも
   「2か月、3か月ぶりに戻ってきた猫もいるのよ」
   と、温かい励ましの言葉を頂戴しました。

   でも、その時季が夏なのか冬なのか、
   確認するのを忘れていました。
   大野くんの行方がわからなくなってから
   2か月余り経った今、そこを確認するのは怖いです。

肺病…?

     大野くんは、肺に弱点を持っています。
   それは、ミライの育児中に判った事でした。
   嘔吐と食欲不振が続いた時期があって、
   それは大野くんにしては珍しい体調不良だったので、
   かかりつけの動物病院で検査を受けました。
   「肺に炎症のような影がある」
   ―― 腫瘍ではないだろうから、今後様子を視よう。

   大野くんは、生後7か月(推定)で保護されました。
   「永遠に謎の7か月」と、ここでも書きました。
   楽な仔猫時代を過ごした訳じゃない事を考えると、
   気管や肺にダメージをくらっていてもおかしくない。

   しかも、夏バテと育児疲れで、免疫力は明らかに低下。
   その状態で屋内の生活から遠ざかったのだとしたら、
   どれだけ健康を損なってしまうだろうか……

   皆さんから、とっても励ましていただいていながらも、
   頭がぶっ壊れている、師走の自分です。


専用席

 

   骨の髄までネガティヴで、恒に低いテンションを保っています。
  そんな私でも、時には上機嫌で唄ったりするのです。

   すっごくデタラメな即興なの。
   地元の駅から家に向かう路上で、湧きあがってくる歌。
   泥酔した帰り道でも、そんな風に唄うことはないのにね
   (生還するのに必死で、きっとそれどころじゃないんだ)。

   ♪ キミはストーカー 可愛いストーカー
     でもぉ~ ちょ~っぴぃり コワ~ァァイ ♪

   ―― 大野くんがうちに来て、1年半ぐらいの間
       (震災が起こるまでの間)、たまぁに唄ってた。
   外に出たがらない大野くんだけど、
   窓やドアを開けたままにしておけば、
   出勤していく私を駅までこっそり、
   電信柱の陰に隠れながら追いかけてきそうな、
   ストーカー気質の猫です。
   粘着質なところが、うっとうしくもあり、愛おしい。

実はこれで2匹

   
   大野くんが行方知れずになり、
   あっという間に2か月が経とうとしている。


   もう、ゴキゲンな歌を口ずさむ日は戻らないの?
   
 
 

2012年4月3歳1か月

 
   県民同士で「現在の生活、将来を憂う」話をする時、
   最終的に、「だって、うちの行政のトップがアレじゃねぇ」
   というネタで落ち着くことが多いです。

   あくまで、ネタですよ。
   政治に、市井の人間が関心を持つことは重要じゃありませんか。

   
   私は、個人的に『さらば涙と言おう』という曲は、
   秀逸だと思っています。
   日本が誇る『上を向いて歩こう』に並ぶぐらい。

   好きな曲は1980年代に集中しているけど、
   知事の代表作『さらば涙と言おう』を聴くと、
   あぁ…うぅ…と感傷に浸ってしまいます。
   歌詞がイイのかなぁ。
   メロディも朴訥でイイんじゃない?
   あ、知事の唄い方もまた味わい深いんだよ、きっと。


   つい弱気に襲われて、涙をこぼしてしまったけど、
   それは、大野くん(ちびノリ君)に再会した時のため、
   大切にしまっておこう。そう誓いたいです。


   



    

土下座ではない…

 
  意外なようだけど、先週まで
  泣いてはいなかったのです。

  情報が乏しいだけに、泣く要因も少ない。
  涙腺が機能停止していたのかもしれない。

  泣くより前に「できる事」「やるべき事」、
  そして「できない事」で頭が占領されていて、
  このひと月は茫然としたり、焦燥感で
  迷走していました。
  もちろん、最悪の事態だって毎日考えていたのに。
  何故か、涙と無縁なまま…

  それが、今週に入ってから不意に泣けてきたのです。
  没頭すべき仕事を前にしながらも…。

  もともとクール&ドライな性格であり、
  心がずっと病んでいる事情もあって、
  感情が平板になっています。
  そして、泣いてしまうと一気に崩れてしまうから、
  いつも、そこだけは制御が働いているようです。
  ほかの点では、すべてにおいて、
  自分をコントロールできないくせにね。

  泣いちゃったら、おしまいだ…
  意識の底でずっとそう、念じていたのかな。

  でも、もう、大野くんには逢えないのかもしれない。
  ひと月以上経った今週を迎え、
  しみじみと、静かに涙があふれてきました。


  昨日、仕事の途中、階段の踊り場から見えた空が、
  あまりに青く澄み渡っていて、
  空の高さの分だけ、
  自分と大野くんの距離が遠ざかっていくような、
  そんな感覚に襲われ、しばし動けなくなりました。


  前回の日記で取り上げた小説、
  『柔らかな頬』のキャッチコピーは確か、
  ~ 誰も私を救えない ~ でした。

  でも、お蔭さまで私は、皆さんに救われています。
  いつも読んでくれてありがとう。
  エールを送っていただいている事に、
  とても、感謝しているのです…

  



 

 

リミット

    大野くんが行方知れずになって1週間経つ頃から、
   自分の胸にしきりと浮かぶものがありました。

   桐野夏生の直木賞受賞作『柔らかな頬』と、
   私の大好きな小説『リミット』(作家の野沢尚氏は自殺されています)。
   
   “言霊”の威力を信じているだけに、
   書くのは勇気が要るのですが、一方でまた書かずにはいられない…

   2作品とも、子供の失踪を描いたフィクションです。

   『柔らかな頬』は、事件なのか事故なのかも判らないまま、
   忽然と姿を消した娘の行方を追う、
   母親の彷徨の物語。
   生きているのか、死んでいるのか。
   最後に「これが真相なのかな?」と思わせる描写があるけれど、
   真相の種明かしより、さすらう母親の魂に焦点を当てた作品だと、
   読む人は感じるのではないでしょうか。

   『リミット』の場合は、明らかに誘拐事件で、
   主人公(女性刑事)とその息子に喘息の持病があるところに、
   個人的に感情移入して何度も読み返してきました。
   今よみがえるのは、連続誘拐事件のうちの1件で、
   息子をさらわれた父親のエピソードです。
   親子3人で出かけた大型遊園地で、白昼堂々
   男の子は連れ去られ、身代金要求もないまま、
   事件は迷宮入りの気配を漂わせます。
   家庭は崩壊し、“同志”であってほしい妻は去りました。
   父親は、私費を投じて牛乳パックに息子の写真を載せ、
   職場の理解を得て、在宅勤務の生活に転換しました。
   いつ息子が帰ってきてもいいように、
   玄関のカギはかけないまま…。

   「二日酔いでぐったりしていたとはいえ、何故あの時、
    自分は息子を独りでトイレに行かせてしまったのか…」
   繰り返し、父親は自分を責めるのです。
   読み返す度に胸が痛み、その自責の念について
   理解できる気がしていました。
   でも、今になって思う。
   本当は私、理解できてなかったんだよ。
   あの頃、自分の胸に在ったのは、たぶん“共感”だ。
   

   思いきって近所の聞き込みを始めた、ひと月前。   
   突然の初訪問なのに、長く話してくださった奥さん。
   「生死が判らないのが一番ツライよね」
   「何をやっても楽しくないでしょう…」   
   彼女自身が私と同じことを体験しているそうです。

   知らないほうが幸せだなんて、私は思わない。

   昔、ある元・競走馬の所在を調べようとしていた時、
   関係者から
   「世の中には知らないほうがいい事もあるんだよ」
   と諭されました。
   もちろん、親切心で言ってくれた訳ですが、
   その頃から私は、「知らなくていい事なんか無い」と
   頑なに考えてきました。
   それは今も変わりません。

   知らないでいることのほうが、よほどツライのです。

   
   キミはストーカー気質だからなぁ。
   私が苦手とする事をあれこれ実行に移す様子を、
   電信柱の陰からこっそり観ているような気もする。
   もうさ…十分じゃないか。これで満足だろ?
   「僕のために、不精なあつぶこが行動してる。
    僕ってこんなに大切に思われてたんだ」
 
   頼むよ、もう。リミット…
  
隔離ケージにin 


    揺れたなぁ…久しぶりに。
   私は平気でも、大野くんは怖がりなのです。

  一昨年の震災の時、私は部屋に居て(失業中)、
  ずっと大野くんと一緒でした。
  動物なりの鋭さで、尋常ならぬ事態に震撼していた。
  もともと私にくっついている大野くんだけど、
  しばらくの間はピタッと寄り添ったままでした。
  私が部屋の中で移動すると、必ず追ってくる。
  余震も続きましたから…その度怖がって。

  大野くんが立ち直るのに、3か月は必要でした。
  その後も、中規模の地震が起きると、
  呑気に構えている私の傍らでオロオロしていました。

  今朝の地震。
  大野くんは、どこで揺れを感じていたんだろう。
  怖がってるだろう。
  いっそう情緒不安定になるのじゃないか?

  連日見違えるような(!)更新ぶりでしたが、
  明日以降は、ペースがガクッと落ちると思います。

  小規模なプロジェクトに参加していて、
  そのお手伝いにだいぶ時間を割く必要があるのです。
  2か月前に決まった事ですが、もちろん、
  あの頃、こんな事態になってるとは予想もしてない。

  大野くん探しに専念したいくらいなのにさ…

   透明になれたら、そりゃイイよ。
   なりたい、透明人間に。今こそなりたい。

   大野くん探しは、どうしても範囲を制限され、壁にぶち当たります。
   文字通り、壁ですよ。
   「公道」を歩き、入ってよい敷地だけを探していくのでは、
   得られる成果は乏しい。このひと月の間、ずっとずっと、
   あの私道の先、このフェンスの向こう側、
   入って思う存分探し回りたくて、たまらなかった。
   
   透明人間になったら、昼夜を問わず、どんどん潜入するぞ。
   ひと様の生活ぶりには全く興味はない。
   求めるのは、大野くんの姿だけなんだ。


17時のメロディ

 
                                  大野くん(ちびノリ君)の写真を選ぶ作業をする度、
             自分と寄り添ったものが多くて、
             泣きそうになる…


   どこの町でも、夕方5時には音楽が響き渡るのでしょうか。
   また、地域によって異なるかもしれないけど、
   概ね「切なくって、もの悲しい」気分になるメロディですか?

   私の帰宅時間は、職を転々としているわりには
   けっこう一定していて、月~金18時半頃。
   
   ふみは、17時のメロディから、
   私の帰宅が近いことを推測していたようです。
   18時前後になると居間を離れて、
   ドアの内側でウロウロしていた様子を、
   妹や客人がよく目撃していました。
   お見送りはまずしてくれないふみだったけど、
   玄関でのお出迎えは日課のようにしてくれたのです。

   高齢である上に、腎臓の悪さが顕著になった
   2005年(当時16歳)頃から、私のほうも、
   17時という時間を気にするようになりました。
   今、ふみは夕暮れのメロディを聴いている…
   私の帰りを待つ態勢に入り始めただろう。
   

   ふみが逝った後も、職場や外出先で迎える17時は、
   特別な時間でした。「もう、待ってはいないのだ」と、
   どうしようもなく哀しい気持ちに襲われる一方、
   「待っていたふみの心」が愛おしくてたまらない。
   週末に、部屋で独りメロディを聴く時は、
   「どんな気持ちで、これを毎日耳にしていたんだろう」
   と、やはり胸が潰れそうになる…。


   現在2年目の派遣先。
   その街でも、17時に音楽が響き渡ります。
   自分の地元とは違うメロディで、
   17時が退社時間でもないんだけど、
   心を帰宅モードにするスイッチの役割を持っていました。

   「ました」と過去形なのは、10月8日を境に、
   自分の内部から“平穏”というものが、一切消えたから。

   今、職場のデスクで夕暮れの音楽を聴く時、
   「大野くんは地元のメロディを聴いているのだろうか」
   と考えます。あのメロディが聴こえる範囲に居るのか。
   居るなら、どんな状態でどんな気持ちで聴いているの…

   平日の日中は、それでも目の前の仕事に没頭するから、
   まだ気持ちが楽なほうです。
   いや。大野くんの心を思えば、自分は楽と無縁でいい。

   週末が精神的にこたえますね。
   時間があるようでいて、実際のところは、
   精力的に捜索活動を実践できている訳でもないので
   (近隣の聞き込みは手詰まりです)、
   17時のメロディを部屋で聴くことが多いのです。
   ―― 胸が潰れます。

   耐えられなくなって、17時過ぎに部屋を出ると、
   いつもどうしても引っかかりを覚える場所を、
   何度もふらふら歩き回っている自分がいます。
   気がつくと、小声で名前を呼んでいる…