うれしい感じと浮かれていると
あれあれれ
と私は失敗してしまうのです。
うれしい!と素直に思える自分はとても好きなのですが、うれしい事があると周りが見えなくなることがあります
うれしい事や幸せは、光と影で考えると期待と不安が同時にあるようなものです。
光があたるほど、影が強くなる・・・
人生のさまざまな場面では、楽観していてスイスイ運ぶこともあれば、思わぬ破綻に心あわてるときもあります。
冷静の美徳を心に・・・それが、いつもの教訓になっている。
不安という幻想の虜になってしまい、見えないものに巻き込まれてしまう。
そんな時、冷静の美徳がくずれてしまう。
仕事では、そういった不安や恐怖にかじられることは無くなってきたが、個人的な問題・家族のこと・恋愛などはそれがくずれてしまうことがあるのです
最近は、個人的な問題でも冷静の美徳が身に着いたと思っていましたが・・・
まだまだのようです。
冷静と情熱というのも光と影の関係なのでしょう。
冷静でいようとするほど、情熱があふれてしまうこともある。
そんな時もうひとつ浮かぶのが、時を待つ心かな?
これもなかなか出来ないのです。
静かに時を待つことはよくあることですし・・・
嵐が去るのを待つことは特に大切ですよね。
わかっていることなのですが・・・・
時を待つ心を、もう一度実践する機会があれば、
楽観と悲観の波をこえて、冷静と情熱のゆりかごで、時を待つ心を思い出したい。
そうしたときに初めて、静かな湖のように心がぶれない人になれるかもしれない。
そしてまた感情がゆれる。
それを繰り返すのうちに 波はは小さく小さくなっていくのかもしれない。