ありふれた小さなキズナでいい そっと歩みを合わせてく僕ら
昨日は楽しかったぽー!!
なんか飲み会行く前は、かなり行くか迷ったけど
完全に正解だねー!!
飲み会で楽しかったのはひさしぶりー!
後輩っていいね!!笑
で、完全にくらい部分だします。
なんかそういう時期というか出来事がきっかけというか。
大学生っておもろいね。
なんか自分の過去というか経歴を全く知らないわけで。
あんまいうもんでもないけど。
「希望なんて言葉だけじゃ感じない」そう感じたことあります?
自分は人生で2度絶望を味わいました。
それはみんなが鬱とか死にたいとかって気軽にいうレベルでは無く本当の意味の絶望。
希望や救いなんてどこにも見えないもの。
人って本当に絶望すると死にたいとも思わないんだよ。
ひとつは中学の時に。健康面で。
病気って1度に1つじゃなくて重なるときにはいくらでも重なるもの。
それは重度の原爆末期患者のような症状がでて痛みも苦しみもはんぱなく、
そして自分の外見さえも変えてしまった。
このころの写真は今自分で見てもぞっとする。
自分は世界で一番不幸な子供。
そう思ったりもした。
なんでみんなは健康なのに自分はこんなにも健康でないのだろう?
神様なんていない。
そう確信してた。
ただ人として生きてるというよりは、むしろ生ける屍。
悲しくてももはや涙も出ず、ただ苦しくてもがいてた。
希望なんてどこにも感じれず自分は死んだ方が楽だ。
そう思いながらも死ぬ勇気なんて湧いてこないのか、死にたくても死ぬ気力さえ湧いてこなかったのか
死ぬことができなかった。
そんな状態で心理学的にももはや発狂しているという症状がでてたりもした。
それは対外的なものでなく、対内的なものだったのが唯一の救い。
周りはオレをみて可哀そうとか言ってたけど、その言葉に魂がこもっていたようには思えなかった。
心配してるふりならだれでもできるんだよ。
とか思ってた。
けど、そんななかで親の尽力で全国の病院を回ったおかげもあり、なんとか健全な体に回復。
お医者さんもびっくりしてた。
ふたつめは、高校の時に。家庭的な意味で。
そんな自分のギリギリの精神を支えてくれてた家族が。
じぃちゃんが倒れ、看病してたばぁちゃんが倒れ。
家族みんながいっぱいいっぱいになってた。
親父とお袋は自分をストレス発散のやりばにしていた。
親父はオレをゴミ扱いして、何かいうことを見つけては怒る。
理不尽とかいうレベルではなく。ただただ自分の怒りをぶつけてた。
お前なんて生まれなければ良かった。
親に自分の存在さえも否定されたりもした。
お袋は毎日泣きながら離婚したいとオレに言ってきた。
そんなお袋でさえも、親父がいなくなったらオレに罵声をあびせてた。
居場所なんてどこにもない。もう笑うしかないけれど。
笑う才能がないから顔が醜くゆがむだけ。
高校生の自分にとって一番のコミュニティであった家庭には自分の居場所なんてなかった。
やり場のない怒り。
コンクリートの壁をただひたすら殴って手を骨折したこともあった。
血に染まった自分のこぶしは痛みさえも感じず、ただただ精神的な苦痛によって喘いでた。
家族のつながりなんて意味なんてないのさ。
そう悟ったふりをしてた。
ストレスのせいか聴力が一気に下がり、目が見えなくなることもしばしば。
世界が真っ白になっていた。
それは比喩的な意味ではなく、本当に。
まっすぐ歩くのも困難になり、胃と腸に穴が開く。
高校の授業で50分席に座っているだけでかなりの苦痛だけど、
家に居場所がない自分はそれでも休むことなく我慢して学校に行ってた。
なんか友達といるだけで現状を笑いとばせる気もしたし。
でも、そんなギリギリの状態だった家庭も自分が大学入ったころに落ち着き、また安定したものになった。
自分も人間的に成長したのか分からないけど、
そのころ親父は毎日2時間の睡眠時間で茨城と東京を往復しながら働いてくれていたこと
お袋は、週に何回も岡山と茨城を行ったり来たりしながらもやるべき家事をこなしてくれたこと
っていう状況だったのが見えるようになってきた。
高校の時は狭い視野で自分を罵っている事実しか見えなかったけれど、
今はそんななかでも頑張ってくれた親、中学時代に自分のために尽力してくれた親に本当に感謝してる。
この年になって初めて家族の繋がりの大切さに気付いた。
本当に。
本当に。
大切なもの。
そんなこんなで自分には中高時代は、多分青春っぽい青春よりも
地獄のような毎日の記憶のが強い。
今もその後遺症なのか夢に出てくるのは自分が苦しんでる悪夢ばかり。
だから一日2時間くらいしか寝れないんだろうけど。
けど、全国周っていろんな話を聞いて、世界にはたくさんの不幸な事実があり、苦労している人がたくさんいるって知った。
苦しんでいたのは自分だけじゃなかったってことを知ったよね。
それは大きな一歩。
なんだかんだ自分はすごい苦しんだ分だけ人よりしっかりした価値観も持ってるって思うし、
自分ってのを持ってる気がする。
多少の困難にはへこたれんし。
だからこそ人を大切にしたいんすよね。
オレは、テキトーに人と付き合うのが嫌だし、
自分どーでもいーやって感じの人には、もっと自分を大切にしてほしいって思う。
自分を安売りしないでほしい。
簡単に死にたいなんて言わないで。
フツーに生きてるだけで奇跡って思えるような価値があなたにはあるんだよ。
苦しいことばかりだけれど、
もしオレが生まれ変わるとしたら、またオレに生まれたい。
そう思うよ。
そして今苦しんでいる人に伝えたい。
明けない夜はない。
止まない雨はない。
どんな苦しいことがあっても、きっと救われるときがある。
たとえただ耐えていることしかできなくても。
その時には見えなくても希望はきっとある。
だから自殺なんて考えないで。
死ぬことに答えなんてないんだよ。
意外とこれ大学の友達見てるから書くか迷ってたんだけど、
まーいっかって思ったんで書いた。
実はこの深い話はだれにもしたことなかったし。
あんま見る目変えないでください。
別に自分の人生同情されたいんじゃなくて、
最後の言葉を伝えたかっただけ。
でもあれだね。
文才無いから文章で書くと事実の半分も語れないぽー。
長かったー。
おやすみー。明日もみんなが幸せでありますよーに。