わたしがこんなになって

そろそろ二ヶ月と少しになる


あの頃から思えば、今はずっとずっと素直になれた

人間らしい感情を、表にだせるようになったと思うんだ


いうなら、いつも笑った顔を貼り付けて

泣くことすら出来ないくらい、毎日が怖かった

明日、また何をいわれるんだろう。何をされるんだろう。

きっと今日と何も変わらないんだろう。


その毎日が怖くて怖くて、仕方がなかった。


夜が大嫌いで、かといって朝も大嫌いで

昼間は、大事な人が私の目の届かないところで

今もつらい思いをして仕事をしているんだって思って

もっともっとつらかった。



傷つけられても、何をいわれても

一緒にいる夜の方がずっとずっと好きだった。

だけど、いつも何も言い返せずに

嘘みたいに笑って、必死に毎日話題を探し続ける自分が大嫌いだった。


嘘つきの表情。

DPのアバターみたいに、困ったなって

へらへら笑って、泣くことで弱くなることにおびえて生きていた。




精一杯強くあろうとした自分

今ではほめてあげられるけれど

あの時は きっと二度と忘れない傷跡で

それと同時に 二度と得られない大事な時間だって今ではいえる。



大好きの証明の時間だった

今では本当にそう思える時間。




今日DPで空ちゃが落ちる前に、

昼間何してる?

ってきいてくれた


なんにもしてないよー


ってこたえた。

本当になんにもしてない。

過去に意識を飛ばして、悲しかったりつらかったり切なかったりで

毎日毎日、もやもやしてた。

何も出来ていない自分がいやで仕方がないけれど、

今は休まなきゃいけない時だってこともわかってる。

だけどこのはやる気持ちはどうしようもないし、

当たり前のようにひとりぼっちは寂しいんだ


昼間、出来るときは電話するから!


嬉しかった。

もしも、空ちゃがいそがしくて電話出来ないときも

私、これから昼間、

少しだけ楽しみができる。



大ちゃんも同じように、毎日毎日学校からメールをくれるんだよ。


いま、私のこと思い出して、

メールしてくれたんだなぁって思ったら

電子文字だけど、本当にいとおしく思うんだ



私の毎日は、まだ色が全然ついていなくて

正直いって、歩けているかもわからないけれど

前よりもずっと、素直になれた


明日を怖がることはなくなった。


大事な人に傷つけられることももうきっとない

もう、戻らない

だって 大切な人たちに出逢えたから




人を傷つけるのは、傷つけられた人はもちろんつらい

だけど傷つける人だって、何も感じてない訳じゃない

傷つける人が悪いって、そういう人もいるけれど

私はそうは思えないんだ


誰が好きこのんで、人を傷つける?

人を傷つけるのって、自分を傷つけてるのと一緒だと思うから


その傷は一生残るし、

いくら時間がたって、「そのとき」が薄れていっても

決してなくなるわけじゃない


だけど、許すこと 受け止めること 受け入れること

ソレが出来るなら、その傷でさえ

綺麗な宝物になるから かけがえのないものになるって

私は信じてるから




どれだけ弱って下を向いていたって

この脚は勝手に歩くし、この目は時がくれば前をむく

何よりも心はいつだって必死に

どこかへ手を伸ばしてる


助けて の一言が言えなかった私

悲しい の一言をのみ混み続けた私


今も過去で、ゆらゆら泣きそうな目でこっちをみてる


大丈夫だよ 今、私はとても幸せだから

いつかそういえる日がきたら

きっとその子も笑ってくれるでしょう




そんな日を、私はまってる


おそるおそるだけど、前を向いて

そっとまってる


いつか過去の私が、助けてを口に出来る日まで

その日まで どうかみんなが一緒にいてくれますように







ちりちりといたいこと、流れる赤い液体

生きている印


あの日、大量のそれをみてしまってから

ほんとうの意味と反対の意味で

それをみてしまった、あの春の日から


どうしてもたまに 本当の意味のそれをみたくなる



だけど、自分で切る勇気もない私は

人間とは違う思考回路の生き物にみぎうでを差し出す


あとは簡単 ちょっとだけ尻尾にさわればいいだけ



浮かび上がる赤い筋は

ふざけてじゃれた跡


だけど私にしたら 生きている跡


その二つが重なりあう日がきたら

私に薬はいらなくなるでしょう




今日は、銀河鉄道の夢をみた

ザネリの夢を、熱に浮かされた意識の中で見た




「みんなはずいぶん走ったけれど、遅れてしまったよ。

 ザネリも走ったけれど、追いつかなかった。」



私が初めて、銀河鉄道の夜をみたのは

幼稚園だったか、小学校の低学年だったかで

最初は意味がわからなかった。


アタゴオル物語っていう漫画をかいた、ますむらひろしという人が

作画した、映画(アニメ)で、

ジョバンニも、パムパネルラもザネリもみんな

猫の姿で描かれているお話でした。


途中で、のってくる

船でおぼれた女の子と、男の子、それから家庭教師だけ

人の姿で出てくるんだけど、そのあたりから

私は意味もわからず、ただみていました。




何度も何度もみるそのおはなしのなかで

さっきかいた文書、カムパネルラがジョバンニに

銀河鉄道のなかで出会ったときにいうそのせりふだけは

はじめみたときから忘れられない言葉で、

何故だか大好きな言葉です。



そのあとのジョバンニの


「どこかで待っているだろうか」


という言葉に、カムパネルラはいやと首をふって


「ザネリはかえってしまったよ。」


というのだけれど、そのシーンが一番好きです。




今では、そのシーンでもう

カムパネルラがザネリを助けて死んだことがわかるけれど

幼かった自分は何もわからずみていたけれど


生きることと、死のことについて

なんだか敏感な私はそのときからすでに

色々何かを感じていたんだと思います。





さっきさしだした右腕についた赤い筋を

なぜだかとても愛しく思えてしまうのも

生きていること自体を愛せていることだと思うと

なんだか不思議な気持ちなるけれど

それ以上考えると、あたまのなかパンクするので


近いうちにもう一度、銀河鉄道の夜をみようと思います




・・・なんだか、

奥深いようで結局それかい!ってブログになっちまったぜ★


ドンマイ(ノω`*)てへ★



私がわらう 

その笑顔に答えてくれる笑顔がある


数ヶ月前までは もってなかった


私がわらっても

かえってこなかった笑顔



だけど今は違うから


ここにいることを 喜んでくれる人がいる


それは家族の中でもいえること

それから働き初めて はじめてしったこと



一日にありがとう って 

今までいわれたないような数

いわれている自分がいる

それでまた笑える自分がいる



もしも生きていることが 笑うことなら

今まで死んでいたんだって思う


いいたいことも したいことも

いわなかった しなかった

だけど今はそれを いわなかったんじゃない しなかったんじゃい


出来なかったんだよ 頑張ってたんだよ

かえってくることばがある

かえてくるものがある



毎日を生きるのは難しいけど

本当は逃げ出してしまいたいと たまに思うけど


かえってくるものがある限り

生きていなきゃいけないと 教えてくれた人がいて




今では こんな弱くて情けない私が

ぐしゃぐしゃで逃げて逃げてしている笑顔に

今ではかえってくるものがある

そのためなら 笑える自分がいる



今晩は逃げ出さない自分に会えたらいいな

昨日よりもちゃんと眠れますように