いかんせん
体調が優れぬ。
まぁ、一日中エアコンの効いてる部屋にいるからさも当たり前のように。
こうしてみると、夏休みの始まりを思い出してくる。
あの時は、受験生の感覚なんて無かったし、まだまだ時はあると思い込んでいた。
だがしかし、そんなわけも無くもう受験まで半年も無いぐらい。
時間は、悲しんでも悔やんでも喜んでも泣いても。
常に刻み続けてる。容赦なく。
当たり前に。呼吸するかのように。
そんなことをふと思いながら、ブログを書いてるわけだが。
思ってるより世界は薄汚れていて、鈍っている。
それはそうあろう。人がいるからね。
前も書いたと思うが。
非日常は俺にとっては音楽なんだな。
それこそ小学生までは、雲の上みたいで、見ていても気付かない。
あいや、見ていなかったのかもしれない
当たり前か。なんたって非日常なのだから。
日常にルールは沢山ある。
安全の為。
すこし話は飛んで。
ずっと前に、夢と目標の話をしたけど。
勘違いして欲しくないのは、夢だからありえないこと では無いということ。
夢で、それが目標ならばいくばくも問題は無かろう。
ただ、夢って言うのは、寝ているときに見るものであって、
目標は、そこに行くまでの目印みたいなもんだ。
分かりやすく言えば。
だから、夢は叶わないとか、そんなことを言ってるんじゃない。
ただ、意味を知ってほしかったんだ。
そして話はさかのぼり。
日常にのルールを非日常のルールに適応するかというと、どうだろう。
非が付くから、意味は違ってくるのであるから、全く同じではないだろう。
だが、全く違うわけでもない。日常が付いているのだから。
日常はつらいことばっかです。
いい事なんか指折り数えるぐらい。
死にたい人もいれば、投げ出したり、逃げ出したり隠れたい人だっていいんです。
だから、非日常に楽しみを見出せばいいんです。
非日常なんて人それぞれで、違うモンです。
だから、自分の非日常を侮辱されたら、思い切り殴ってもいいと思う。
うん。そいつに否定されるような筋合いはないと思う。教師であれ、親であれ、総理大臣であれ。
それこそがかけがえない個性だと思うんだなこれが。
最後に。
年をとるのは嫌なことだろう。
早く大人になりたい人だっているかもしれない。
ひとつ聞いて欲しいのは、年をとっていったら、見方が変わるって事かな。
今。この現在の見方と。20になったときの見方。
逆に、小学生のときに見方は。絶対違うと思う。
年をとるたびに新しい知識や、考え方も変わるし。見る高さなんかも変わってくると思う。
だから、今自分がこう思う。こうしたいって気持ちはすごく大切だなって思う。
今の自分を見れる気がして。