石森則和 海街日和

石森則和 海街日和

ラジオ記者and時々喋るひと、の石森則和が書くブログです。

日々のこと、番組関係のこと、音楽や映画のレビューなど。

1993年、世界ラリー選手権(WRC)の舞台でひときわ強烈な印象を残したのが、トヨタ・セリカ GT-Four ST185です。

僕にとっては2019年以来の再会。

ドライバーはフィンランドのレジェンド、

ユハ・カンクネン。

コ・ドライバーは当初ユハ・ピロネンでしたが途中で離脱し、急きょ英国のNicky Gristが加わるという、異例のコンビでシーズンを戦いました。


このセリカST185は、グループA規定のもとで生まれた4WDターボマシン。


ベースは市販のセリカですが、実態は別物です。

開発を担ったのはToyota Team Europe。

徹底的に鍛え上げられた結果、「とにかく壊れないラリーカー」として知られるようになりました。


排気量は約2000cc、ラリー仕様では約300馬力前後。数字だけ見ると突出しているわけではありませんが、その真価は“速さよりも完成度”にあります。

長く荒れたグラベル(未舗装路)を淡々と、しかし確実に走り切る強さが武器でした。


その強さが最も分かりやすく現れたのが、1993年9月のTelecom Rally Australia 1993です。

全34ステージ、総距離約550kmという過酷なグラベルラリーでした。

このイベントでカンクネン/グリスト組のセリカは、まさに“別次元の安定感”を発揮します。

2位のAri Vatanen(スバル・レガシィ)に5分以上、3位のFrançois Delecour(Ford)に至っては20分以上の大差をつけての圧勝でした。

派手に攻め立てるというより、必要な場所で確実に速く、ミスを最小限に抑える走り。カンクネンらしい“静かな速さ”がオーストラリアの高速グラベルと完璧に噛み合った結果です。


この勝利を含め、World Rally Championship1993年シーズンでカンクネンは最多となる5勝を記録し、自身4度目のドライバーズタイトルを獲得。さらにトヨタにとっても、日本メーカー初のマニュファクチャラーズタイトル獲得という歴史的な成果につながりました。


興味深いのは、この車と人の“その後”です。

グリストは後にこのST185を実車で購入し、自らレストアして所有するほどの愛着を持つようになります。

さらにカンクネンがその個体を実際に走らせたイベントもあり、長い時間を経ても続く信頼関係がうかがえます。


セリカGT-Four ST185は、単なる速いラリーカーではなく、「壊れずに勝ち続ける」という哲学を体現した一台でした。

カンクネンの冷静なドライビングと、グリストの的確なナビゲーション、そしてトヨタの完成度の高さ。

その三つが噛み合ったときに生まれた、非常に“完成された勝利”だったと言えます。

今でもこのマシンは、WRC黄金期を象徴する名車として語り継がれています。

⭐︎⭐︎⭐︎

タミヤプラモデルファクトリートーキョーにて。