ハッピーバースデー、ゴッチ。



後藤さんがいたからわたしは今ここにいるよ。

どれだけ救われたか。どれだけ生きる糧になったか。

思えばつらい時は病気のようにアジカン聴いてた。助けて助けてと泣きながら祈った。

アジカンを聴いたからどうのこうのじゃないんだけど、確かにあの人たちの音楽はわたしの何かを変える。そういうのって、本当にすごいと思う。




音楽は世界を救うと確証を持っては言えないけど、音楽は確かに誰かの世界を変える。

世界っていうのは一慨に、広く、地球、またはその周りの宇宙のことを言っているわけではないんだ。

世界を広く見すぎて、自分の周りの世界が疎かになって、音楽では戦争は無くならない、とか、そんなんじゃなくて、自分の周りの世界を見なきゃ、そりゃ何も変わらないよ。




ゴッチがこんなようなことを言っていた。

だからこそ、ワールドワールドワールド。

変わるのは、目に見える何かじゃなくて、それはほんの少しの変化。

ジョンが平和を歌ったって、戦争はなくならない。だけど、彼の歌はそれだけではないじゃない。


音楽は自己主張だ。それは演劇にも同じことがいえる。

だからこそ、わたしは真剣にアジカンがすきだと公言できる。表現する側も、それに応える側も、どちらとも自己表現。世界は確かに変わっている。




こんなに好きになる音楽が見つかってよかった。本当によかった。


ゴッチ、だいすきだよ。本当にだいすきだよ。

うまれてきてくれてありがとう。

日記のメガネなしマサフミにふいた。まじ好きだわ。

これからも自分たちの音楽を、届けてください。アジカンが本当にだいすきだ。



愛する後藤正文。