ちなみに、松山駅前には大した物も無かったのだが、其処から少し歩くとそこそこ大きめなJAの直販市が在るみたいであった。
よし、その直販市には最終日である明日にでも寄ってみよう。

そんな訳で、まずは本日最初の目的地である『松山城』へ。
駅前より出ている路面電車を使って、松山市中心部の繁華街に向う。
今日は『坊ちゃん列車』にも乗る予定だが、件の列車は二台の車輌が予め定められた時刻表に沿って市街を運行している為、流石に偶然、『あ、坊ちゃん電車!乗っとこ!』となる可能性も低そうだ。
まぁ、まだ日は高い。
坊ちゃん列車には『道後温泉』へと入りに行く道すがらにでも乗るとして、今は取り敢えず移動する事を優先する。

ちなみに、此方が伊予鉄の市内電車における路線図だ。
俺の現在地は画像左下の『JR松山駅前』。
松山城へはロープウェイで登るので、此処からロープウェイ乗り場への最寄駅である『大街通』まで向かう事にする。
平日の10時過ぎ、と言う事もあってか、車輌内はまぁまぁ空いていた。


此方の画像、『大街通』にて下車した後、松山城ロープウェイ乗り場までの道すがらに通り掛かった、『秋山好古、真之兄弟』の生誕地である。
同兄弟と正岡子規に主眼をおいた司馬遼太郎著作の小説『坂の上の雲』。
当時の俺の中では、それを元に撮られたNHKによる同名テレビドラマ『坂の上の雲』の記憶もまだまだ新しく、何となく『おお、これが彼の!』と写真に収めてしまったのだ。
ちなみにこの秋山兄弟、兄の秋山好古は日露戦争時に『陸軍騎兵の父』と呼ばれた日本陸軍の雄であり、また弟の秋山真之も同じく日露戦争時にバルチック艦隊を見事に打ち破った日本海軍の雄である。
先に紹介した『坂の上の雲』と言う作品からは、そんな中での彼ら兄弟の葛藤や逡巡する様が描かれており、その姿から、戦争の恐ろしさやそれを前にした一個人のちっぽけさ、それでも必死で生き抜こうとする強さなども窺い知る事が出来る。
…
まぁ、しかしアレだ。
此処まで書いといて何なのだが、復元された生誕地はスルーした。
華麗に(おい)
見る程の物でも無いのかなって。(おぉい!)


さぁ、そうしてとうとう松山城ロープウェイ乗り場へと到着した俺である。
しかし、此処に来て少し空が翳ってきてしまった。
『流石は快晴を呼ぶ男!』なんて調子に乗るから、こういう憂き目にあうのかも知れない。
それでも調子に乗らざるを得ないのだ、何故ならそれこそが『イトタイ』なのだから!(威張るな)
これこそ、その、何だ…アイデンティティってヤツである。
(そのアイデンティティは、石川旅行の際にも如何なく発揮されたのであった)