<過去形>はじめての「おみちょり」 | ぽや♪すみ(旧「おみちょり♪通信/おみ♪てお」)
考えたら負けのような気もするので、サクサク書いていきます。

小さいころから鳥好きな父の影響で、小学校のころの私と弟は何匹かインコを「持ってきて」もらったことがあります。

いつも、最初はこのような「オハチ」に入ったヒナの状態で持ってきます。
ヒナのインコは、ご案内のようにゆでたムキエなどをスプーンで食べさせてあげなければいけません。

そんなこんなを小学校の頃やってたはずなのですが、どこをどうやったかなどの詳しい記憶は全くありません。当時の記憶はJunkStageのコラムのほうに詳しく書きましたので、少し長くなりますが引用します。

今から35年前、まだ小学校のころに、やはり私はインコを飼っていました。品種は全身黄色のルチノー、彼の本名はオスでしたが「ピーコ」でした。でもまぁ蘇我馬子や小野妹子もいることだし、と、あまり深く気にしてはいませんでした。

かわいいので、手に乗せて一生けんめい鳴き声を聞くじゃないですか。すると大きく分けて「ピュルピュル」と「ジッジッ」の2種類の鳴き声に分かれます。私が近づくといつも「ジッジッ」と鳴くので嫌だったのですが、もう一つの「ピュルピュル」の方が「おみちょり♪おみちょり♪」と当時の自分には聞こえた気がしたんですね。
だから自分で勝手に通名を「おみちょり」にしていました。
通名だから何でもアリって訳でもないんですが、長いんですよ。未成熟な愛情表現のあまり、何となく知っている単語を無理やり寄せ集めて小学生が一生懸命作った、嘘のような本当の”正式通名”は

おみちょり(御魅著履)ろんぎてきに(論議的に)けりかに(蹴蟹)ねん(念)ぽやぽやぽやぱっぱっぱっ((保゚谷)^3)(發゚)^3)ほやれな(保谷麗也)けだもの(獣)ひよたろう(日吉太郎)」

・・・
小学生がなんかやりそうですよね、こういう無理やりな名前を付けるのってw
ところどころアイヌ語風の記号(F8で半角カナにしてぱ行の文字を分解して「゚」を抽出)がありますが、あまり気にしないでください。
それにトリだからケダモノじゃないし・・

あのときの「おみちょり」との思い出といっても、ほろ苦い物が多いかな。

当時の私のような腕白で分からず屋のガキに、小動物のかわいがり方、愛で方などを求めるということ自体、すでに木に縁(よ)りて魚を求むようなものです。ケージから無理やり引き剥がしたり、すべるテーブルの上において尻尾を引っ張ったり、鉛筆でケージの外からつついたり、おもちゃの汽車の荷台に押し込めて走らせたり、今見たら動物虐待以外の何物でもない数々の落花狼藉をくり返していた小学生だったわけです。

 R.I.P.1979/1/29

その子は残念ながら、私の不注意によるアクシデントで短い命を終えてしまいました。
それ以来、小さくてかわいいモノの自分的代名詞はずっと「インコ」でした。
またインコと言うとずっと、その子のことが頭の片隅にありました。

そのときの懺悔の意味も含めて、今度はもっときちんと飼って、天寿を全うして欲しいと心から願っています。
そうしてはじめて、35年前の小さな後悔がひとつ解消されるような気がするのです。

こんな感じです。
なんで命日を覚えてるかというと、その日はTVでボクシングのタイトルマッチ、チャンピオンのベツリオ・ゴンザレス対挑戦者の大熊正二の試合をやっていたからです。結局その試合は引き分けでしたが、悲し過ぎて自分が許せなくて、観戦どころではありませんでした。

はじめての「おみちょり」

全くしゃべらなかったし、私にだけ懐かなかった(そりゃいじめすぎたから)奴でしたが、自分なりに心から愛していました。

ずっとひっかかっていた気持ちに、けじめをつけるときがやってきました。