A) CTスキャン一回分よりも少ない放射線量を受けるだけです。

 中央農業総合研究センターの「生鮮野菜の家庭内消費量変化」(http://www.alic.go.jp/content/000007322.pdf )によれば、ほうれんそうの消費量は年齢層によってかなり開きがあり、10代で50g/月、70代で200g/月となっている(2006年「家計調査」から起こしたデータ)。つまり、年ベースに換算すると600g/年~2400g/年だ。

 まずは、成人が暫定規制値の27倍を超えたという茨城県の露地物ホウレンソウを2400g/年摂取した場合の、放射性ヨウ素による実効線量を計算しよう。

54100(Bq/Kg) x 2.4(kg) x 1.6x10^-5(mSv/Bq) = 2.85648(mSv)

 2.8mSvという数字はCTスキャン一回分(6.9mSv)よりも充分に小さい。

 ちなみに放射能の強さを示すベクレルと人体が受ける放射線量を示すシーベルトを換算する係数=実効線量係数は、ICRP(国際放射線防護委員会)による勧告が一般的で、これはしばしば更新されているが、ここでは原子力安全委員会の「環境放射線モニタリング指針」(http://www.nsc.go.jp/shinsajokyo/pdf/100327_kankyo_monita.pdf )掲載の係数を使った。

 放射性ヨウ素の実効線量係数は、

成人 1.6x10^-5(mSv/Bq)
幼児(~4歳) 7.5x10^-5(mSv/Bq)
乳児(~1歳) 1.4×10^-4(mSv/Bq)

と、年齢層によってかなり開きがある。

 次は、乳児・幼児が仮に50g/月(600g/年)、汚染ほうれんそうを摂取した場合。

54100(Bq/Kg)x 0.6(Kg)x 7.5x10^-5(mSv/Bq)=2.4345(mSv)幼児

54100(Bq/Kg)x 0.6(Kg)x 1.4x10^-4(mSv/Bq)=4.5444(mSv)乳児

 乳幼児は感受性が高いが、その分、一般的には摂取量が少ないと思われるので、結果としてはそれほど極端な値にはならず、CTスキャンを受けるよりも小さい値であることに変わりはない。

 これが安全かどうかについては、ぼくはそれを論ずる資格を持たない。ただ、CTスキャン一回を安全と捉えるのであれば、規制値27倍の汚染ほうれんそうも安全と言うことが出来るかもしれない。つまり、政府やマスコミが強調する安全という言葉に嘘はない。

 ただしこれは詭弁である。なぜなら、上記の計算のような、ほうれんそう以外のものから一切被曝しないという前提は何の意味も持たないからだ。

 こうしたものを食さなければならない原発からほど近い人々は、牛乳、水、野菜はもとより、浮遊する放射性物質、地面に落ちた放射性物質から外部・内部問わず被曝を逃れ得ない。そもそも、この暫定規制値というものは平素の食品安全基準ではなく、原子力安全委員会によって「原子力施設等の防災対策について」(http://www.nsc.go.jp/shinsashishin/pdf/history/59-15.pdf )に定められた、災害時(原発事故)に周辺住民等の被ばくをできるだけ低減するために講ずる「防護対策」の中の「食物摂取制限」のための指標である。

 防護対策は、屋内退避、避難、安定ヨウ素剤予防服用、立ち入り制限措置など多岐に及ぶが、これらの項目から、主として放射能汚染が深刻な地域を想定していると考えるのが自然だろう。つまり、屋内退避を余儀なくされている原発30Km以内の住民等、入手可能な飲食物が限られる場合に、放射能汚染のある飲食物について、ここまでの放射能ならば飲み食いしてもよいだろうという基準という理解が妥当だと思う。「摂取制限」という言い回しをそのまま受け取るならば、この指標を超える飲食物は摂取してはいけない、ということだ。

 先にあげた文書「原子力施設等の防災対策について」によれば、たとえば放射性ヨウ素に関しては、甲状腺等価線量が年間50mSvに抑えられるように、食品を飲料水・乳製品・野菜の3つのカテゴリーに分類し、これら以外の食品摂取を考慮して50mSvの2/3を各カテゴリーに1/3ずつ割り当てて算出したものだという。つまり、この規制値の食品を1年間食べたときに50mSvの被曝を受けることになる。たかだか50mSvだ(ですよね? 枝野さん)。

 しかし、その規制値を大きく超えたらどうなるのか?いま、規制値の27倍の放射能を持つほうれんそう1kgだけを食べてもただちに健康に影響はないと言われているが、口にするものの多くが規制値を大きく上回るようであれば、それは原子力安全委員会が設定した指標の前提となる50mSvが担保されないことを意味する。

 政府が盛んに安全性を訴えるのは、震災によってただでさえパニック状態にある食品流通のさらなる悪化を懸念してのことだろう。それは理解出来る。暫定規制値の27倍のホウレンソウを一度や二度食べたところで騒ぐほどのものではないことも、様々なデータや研究者の発言から間違いのないことだろう。とはいえ、原子力安全委員会が示し、政府が採択した基準を、これを超えてもただちに健康に問題ないと政府自ら言ってのけるのはいかがなものだろう。すでに問題の食品を摂取してしまった人々を安心させるための発言なのだろうが、むしろ国民の不信感を募らせる結果に繋がっているのではないだろうか。「そこまで徹底しなくてもいいよ」と我々が思えるくらいに、安全に関しては出来る限り神経質な日本政府であって欲しい。


【おまけ】
WHOの飲料水に関するガイドライン
Guidelines for drinking-water quality : Chapter 9 - Radiological aspects (http://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/GDW9rev1and2.pdf)

成人がその飲料水を1年間摂取し続けた際に0.1mSvに達する各放射性物質の放射能を計算している。

対象となる放射性物質は多岐にわたっているが、ここでは現在主に問題となっている2種について取り上げると、
放射性ヨウ素I-131 10ベクレル/リットル
セシウムCs-137 10ベクレル/リットル
となっている。

実際には、検査対象の飲料水の全α線、全β線量を計測し、α線が0.5ベクレル/リットルを超えるか、β線が1ベクレル/リットルを超えた場合に、それぞれの放射性物質についてガイドラインのレベルに達しているかどうかを調べるという手順が踏まれるようだ。