起業家の、起業家による、起業家のためのSNSがあるのを知っていますか?


その名も、

そのままズバリ! 「起業SNS

http://www.kigyou-sns.com/


直なネーミングですね^^;



とまぁ、ネーミングの是非はおいといて、

なかなか、好感触ですよ。このSNSキラキラ

等身大の起業家が集まってる。


で、本題です。


私、この起業SNSで、コラムを書いているんです。


コラムの内容は、やっぱり得意な「ホームページ活用」について。


起業SNSの運営者とホームページ活用について話していたときに、

「起業SNSの会員にそのノウハウを分けて欲しい!コラム書いてくれないか!」とオファーが来たんです。


気付けば、二つ返事でOKしていました。



このコラム、起業SNS会員でなくとも読むことは可能です。

http://www.kigyou-sns.com/column/column_2/

ぜひ読んでみてください。

そして、感想などあればメッセージをください。


ついでによろしければ、起業SNSに会員登録してください(笑)もちろん、全部無料です。

起業SNSの回し者ではありませんが、起業SNSの会員がもっと増えれば、もっと盛んに交流できて、もっとビジネスにつながって、もっと素敵な状況になって、うれしいなぁと思っています。
ちょっと嬉しい出来事がありましたニコニコ


「お客様からお中元が届いたんです!!」





『え??そんなことで喜んでんの?』

と言われてしまいそうですが(;^_^A




実は、

お客様からお中元をもらうのは生まれて初めてなんです。



いやー。

嬉しい!!




今、お中元でいただいたコーヒー豆でおいしいコーヒーをいただいておりますコーヒー

■2002年:初めての社会人

大学卒業と同時に、

某システム会社に入りシステム系の仕事をバリバリこなす。

技術的に成長する

気付けば、社会人1年目で、比較的大きな仕事の担当に任命され、

2年目には、チーム内で技術的な指南役に抜擢される。

井の中の蛙大海を知らず

給料も良く(月に40万を超えた)、チーム内での評価も上々。客先からも頼りにされ、調子付いていた。

『俺は天才だ!』限られた世界の小さな評価で、天狗になっていた私。

まさに「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がピッタリだった。


■2005年2月:会社を退職する

『天才だ!』と勘違いしていた私は、

「天才なら何かできるはずだ!」と激しく勘違い。

何の計画も無しに会社を辞めてしまった

 

今考えれば、「ただの馬鹿」です。

先輩方。どうかこの馬鹿を叱ってやって下さい。

 


■2005年2月~6月:ひたすら遊ぶ

会社を辞めて暇をもてあましていた私は、更に愚行を重ねる。

「遊べる機会なんてそうそうないし、遊んじゃおうか!」

、、どうやら「本物の馬鹿」です。

 

海外旅行にスキューバダイビングにパラグライダー、

、、、もう少し金のかからない遊びにすればよかった。。


 

■2005年7月:そろそろヤバイので動き出そう

私ほどの馬鹿でも、「そろそろやばくないか?」と感じ、
やっと動き出す。

しかし、"遊び"だけに神経を使っていた私の頭には

「ビジネスプラン」や「起業への信念」などなかった。

 

『でも、もう動かなきゃ本当にやばいんだって!』

会社を辞めてもう半年。

何も成し遂げていないことに焦っていた私は、

ビジネスプランなどそっちのけで動き出すことにした。

「何かいい出会いは無いか?」と、交流会主催してみたり、
「NPOは社会的信用性が高い!」と、NPOを立ち上げようとしてみたり、
「よし!手持ちの武器でできるWeb事業をやろう!」と、Web作成業やってみたり。

しかし、どれもうまく行かない

たしかに、失敗したなりに得るものはあった。

それでも、失敗しすぎだろ。。。俺。。。

 

やっと「自分は天才ではない」という事実に気付く。



■2006年:いろいろあって、親の支援を受けてオフィスを開く

「自宅でやってても気合入らないだろ!」

ということで、
親の経営する会社の一角(工場のスミッコ)に仮設オフィスを開く

夏には40度を越し、冬には隙間風で底冷えするその仮設オフィス
お世辞にもよい環境とは言えなかったが、
気合の入らない自宅よりは数百倍マシだった。

しかし、そんな待遇を、弊社で働いてくださっている

社員の皆様方は、きっと不服に思われたに違いない。


「社長の息子だからってなんでも許されるのか?」
「公私混同はやめてくれよ!」

そんなことを言われるリスクを承知で、、、
父は何も持っていない私に手を貸してくれた。
親には、本当に頭が上がらない。

私の最も尊敬する人物は、

やはり、両親だ。

 

いつかは父に追いつき、追い越し、

安心できる程に成長することで恩返しにしたい。

 

私の身命を賭すべき事業はいずこに?

親の社内のWeb改善業務を担当する傍ら、

自らの身命を賭してやり遂げるべき事業の中核を模索し始める


そしてやっと見つけたのが、
「営業さんや社長自らがホームページを更新できる仕組みを提供する」
ということだった。


『なんて斬新なんだ!誰も考え付いてないだろ!?こんなこと』

そう考えた私は、さっそく調査を開始した。

 

すると、驚いたことに、既にライバルは何社も居るようだった。

それでも、

「これからの世の中に絶対に必要だ!

 これを成し遂げるのが、俺の天命なんだ!」

と信じた私は、ライバルが居るのも気にせず突き進む。

『まずは、売り物になるツールが必要だ!』

そう思った私は、
自社製のCMS(ホームページを更新したりするツール)開発に専念する




■2007年:「ホームページ作成ツール【ラクマス】」スタート

縁起を担いで、年明けの瞬間
2007年1月1日 0時0分ちょうど

「ホームページ作成ツール【ラクマス】」をスタート!!

まったく売れずに、苦悩する日々

システム側の知識に偏っていた私は、
「良いツールを作れば、勝手に売れる」と信じていた。

が、、、、、、、それは見事に裏切られる。

今思えば当たり前のこと。

『作っただけで売れるわけが無い!!!』

『く、、、やはり俺ではこの程度なのか、、、?』

何度もくじけそうになる。

そのたびに、

『いや!!このツールは、絶対売れるはずだ!』

と自分を奮い立たせ、足掻き続けるた。

 

感動!人生で初の、自分の事業での売上!

「絶対に売れるはずだ!」そうして、足掻き続けること2ヶ月。

初の売上があがった!

 

『やった!やったぞ!!!!!』

『売れた!売れたんだ!!!!!!!』

『私の商品のよさが、やっと伝わったんだ!!!!!!!!』

 

気付けば、硬くこぶしを握り締め、

何度も何度もガッツポーズを繰り返していた。

 

売ってみて解った、難しさ

自分の事業で、初めてわかったことがある。


『なるほど。ホームページで売るのはこんなに大変なのか』

これをきっかけに、ホームページで売る大変さと大切さ、
成果を出すためには試行錯誤が欠かせないということ
そして、途中で諦めない勇気が必要だということを学んだ。

お客さんも手助けが必要なはずだ!

『これじゃ、お客さんも売上が上がる前に挫折しそうだ』

そう実感した私は、
ホームページの集客に迷ったお客さんに、
自分の知識を提供するようになる。




■2008年:ツールの売上で、桜木町(みなとみらい近く)にオフィスを開く

ぼちぼちお客さんも集まり、収入も安定化してきた。

『そろそろ、ちゃんとしたオフィスを構えよう』

ということで、オフィスを開く。

場所は、横浜の桜木町

オフィスを一歩出れば、みなとみらいの観覧車が見える好立地。

 

仮設オフィスにこもっていた頃に比べれば、まるで別天地。

 

ここから、ラクマスの第二章が始まる。

 

『私が父に恩返しできる日も、そう遠くないはずだ!』

本日から、本格的にブログを始めます。


今まで、このアメブロは、私が発行してるメルマガを転記するためだけに使ってました。


そう、事実上、ブログとして機能してない状態でした。



でも、

最近知り合った起業家の方から、

「浅海さーん。やっぱブログあった方がいいよー。そこからけっこうつながったりするし。」

と言われました^^;



今までも、

「きちんと続けられば、ブログはあった方がいいんだよなー。」

と解ってはいたんですが、

ブログを書くのが面倒で逃げていましたガーン



これは良くない!いや、良くない!ほんと、良くない!!


ということで、ブログスタートしました。


私、基本的に半熟です。未熟です。起業家として足りないものがいっぱーいあります。

でも、そんな私だからこそ、共感できる話が出来るかもしれない。

成長の足跡を残せるかもしれない。

そんな思いで、ブログを書き綴っていきます。


『俺も"まだまだ"だけど、おまえと一緒に成長してやるよ!』

『私も未熟だけど、これからどんどん成長するわ!あなたには負けないわよ!』

という前向きな方!

ぜひ仲良くしましょう。お待ちしております。