JRA賞、悩み多き投票 | 旅の断片または日々の断想~racecallerの日常、非日常

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週末は競馬場で仕事をするracecaller(実況アナウンサー)佐藤泉が、仕事を離れて考えたこと、猫のこと、身辺雑記などの記録。

る 最近はSNSはツイッターと友達限定公開のFacebook(まれにMixi)が主になってしまい、ブログはほったらかしになっていました。



 久しぶりの更新です。



 JRA賞の各部門賞、年度代表馬が6日に発表されました。

 JRA賞の部門賞、年度代表馬は基本的に報道関係者などによる投票によって決まります。部門賞は全体(投票者数)の3分の1以上の得票があり、かつ得票順位が1位の馬が自動的に選出されることになっています。年度代表馬についても同様です。

 選考の対象レースには地方競馬の交流重賞、日本馬が出走した海外のグループレースも含まれます。

 最優秀馬を選ぶ部門賞は2歳牡馬、2歳牝馬、3歳牡馬、3歳牝馬、4歳以上牡馬、4歳以上牝馬、短距離馬、ダートホース、障害馬の9つ。

 牡馬にはせん馬も含まれます。

 ダートホースの選考にあたってはダート競走の成績のみが対象となります。

 短距離馬の選考対象レースは「1600メートル以下の競走」と規定されています。



 さて、実際に投票するにあたって、僕が何をするかと言いますと、まず、GI勝ち馬を書き出してみることからはじめます。記憶というのは曖昧なもので、特に印象などというものは最近のものほど強く残っているからです。春シーズンより秋シーズンのレースの方が印象に強く残るものです。我々はどうしてもその「印象の強さ」に引っ張られがちです。



 かなり古い話を持ち出して恐縮ですが、1978年の年度代表馬に現在で言うGIクラスのレースを1つしか勝っていないカネミノブが選出されたのが好例でしょう。カネミノブが勝ったのは年末の有馬記念のほかには5月に54キロで出走のアルゼンチン共和国杯、春シーズンの終わりの7月に56で出走の日本経済賞の2つでした。

 僕はこの年の年度代表馬は有馬記念で7着に敗れていたエリモジョージだったと考えています。前々年の天皇賞を勝ったエリモジョージは、当時の規定で天皇賞を走ることができず、斤量との戦いもあってなかなか満足なローテーションを組めない状態でした。
 そんな状態で春シーズンは60キロを背負った京都記念を4馬身差の圧勝。62キロを背負っていた前年秋の天皇賞馬ホクトボーイ(3着)に0.7秒差を付けました。続く鳴尾記念もホクトボーイと同じ斤量(62)で対戦して大差をつけて圧勝しました。さらに春の総決算宝塚記念ではその年の春の天皇賞馬グリーングラスに4馬身差。ホクトボーイは更に2馬身差の3着でした。

 印象度という点ではダートグレード競走も平日に行われているために生で見ることが多くがなく、印象が薄れがちです。2000年には牡馬(メイセイオペラやウイングアローなど)を相手に帝王賞と東京大賞典を勝ったファストフレンドがエリザベス女王杯の勝ち馬ファレノプシス(この年3戦1勝)に最優秀古馬牝馬のタイトルを奪われるということがありました。伝え聞く話では、かなりの投票が東京大賞典を待たずにされていたそうです。



 さて、2014年JRA賞の話に戻りましょう。僕が投票にあたってまずすることは、こうした印象度のばらつきをなくすために、GI勝ち馬を全部書き出してみることです。そして、レースひとつひとつをもう一度頭に浮かべてみます。もちろん、記憶が曖昧なものがありますから、ネットでレース成績表を見て、さらに確認が必要なレースはレース映像を再生して見たりします。さらに1年間の勝ち馬のレース成績を一覧してみます。そうすることで記憶の欠落をかなり埋めることができます。



 ところで「最優秀」の定義をどうするのか?これは投票者個人個人の基準に拠ることになります。

 僕の場合は、まずGIの勝ち星の数。そして、勝った際のインパクトの強さ。この2つが主な基準です。

 GIIやGIIIについては参考程度にしか考えません。目標とするレースは基本的にGIなわけですから、その過程で迎えた競走は評価の対象にはあまりならないと考えます。

 インパクトの強さというのは、例えばGIレースで2着に1秒以上の差を付けて勝利したような場合はその価値は単なる1勝に留まらないと考えます。

 ちなみに、「該当馬なし」という選択肢は極力使いません。どんなにレベルが低かろうが、その年のトップホースはいるはずだと考えるからです。GIを全て牝馬に勝たれてしまった場合の牡馬カテゴリーなどは別ですが。



 最終的に年度代表馬をどの馬にするか?昨年の場合、僕がその対象としたのはGI2勝のジャスタウェイ、同じくGI2勝のジェンディルドンナ、さらにGIの中でもひとつ上のランクと考えられなくもないジャパンカップを圧勝したエピファネイア。

 ここはすんなり決まりました。ドバイデューティーフリーを6馬身以上の差で圧勝、しかも驚異的なレコードタイムで走ったジャスタウェイ。この結果、昨年のワールドサラブレッドランキングでトップを続けることになりました。インパクトは強烈でした。エピファネイアのジャパンカップの圧勝も強烈な印象を残しましたが、世界一という衝撃に勝るものはありません。

 有馬記念を勝ったジェンディルドンナの可能性も考えました。しかし、好メンバーが揃った有馬記念を勝ったとはいえ、上位を占めた各馬との差はあまり大きなものではありませんでした。「直接対決の結果」を重視する考え方もありますが、それを言い出すとジャパンカップの完敗、宝塚記念の大敗も見なくてはいけません。それに有馬記念と宝塚記念の開催時期が逆だったら、印象度はどうだったでしょう?年末に安田記念が行われていたなら・・・?



 部門賞ではかなり迷いました。



 GI2勝馬のいない3歳牡馬はイスラボニータ。皐月賞のパフォーマンスがダービーでのワンアンドオンリーより上と感じたのと、秋に天皇賞でそれなりの成績を残していることが僅かに評価を上にしました。

 ダービーこそ3歳GIの中でひとつ抜けた存在のレースと考える方もいると思いますし、その考えを否定はしませんが、近年のレースの結果を考えるとこの2つのレースに大きな差異はないと考えています。

 

 こちらもGI2勝馬のいない3歳牝馬は迷いに迷ったあげくヌーヴォレコルト。安定して走ったことが決め手となりましたが、これでよかったのかは今も迷っています。
 GIではありませんが、ハープスターが札幌記念で見せたパフォーマンスはとても印象の強いものでした。札幌記念のレーティングは3歳牝馬としては破格の117を得ています(2着のゴールドシップは119)。また「ハープスターは桜花賞で他馬を力でねじ伏せたではないか?」という意見もあります。ただ桜花賞で見せた「力づく」のレースは実はこの馬の弱みでもあったことが秋になってわかってきたように思えます。しかし、未だに迷うところです。



 4歳牡牝については全く問題なくジャスタウェイとジェンディルドンナ。



 ダートホースは最後、つまり東京大賞典の結果を見るまで決めかねていました。そこまでのGI級レースの勝ち数はコパノリッキー3、ホッコータルマエ2。おそらく前半、後半でそれぞれ最大の目標にするであろうひとつ上のランクのGIフェブラリーステークスとチャンピオンズカップは1勝1敗。
 ここは東京大賞典でホッコータルマエが4馬身差で圧勝したことが決め手となりました。ドバイ遠征のダメージからよくぞ立ち直ったという意味も込めて。



 障害馬は春の勝ち馬を取るか、秋の勝ち馬を取るかですが、アポロマーベリックの春の圧勝ぶり、安定度を上に見ました。



 最大の問題は短距離馬。1600メートル以下の芝、ダートのGI勝ち馬を並べてみると、2勝しているのはダートの1600メートル戦2勝のコパノリッキーだけ。しかもそのひとつはダートのひとつの頂点と言っていいフェブラリーステークスです。さらにかしわ記念ではスタートで遅れながら豪快な追い込みで勝っています。

 何年か前にも外国馬が芝の1600以下のGIを2つ勝って、日本馬にGI2勝馬がいなかった年がありました。その年は確かダートのGI2勝のブルーコンコルドに投票したように記憶しています。

 さて、1600メートルのGI2勝のコパノリッキー。成績をチェックしてみると、1600メートルの距離を走ったのは昨年はGIの2戦だけ。つまりJRA賞が言う「短距離」のカテゴリーのGIは2戦2勝だったわけです。しかし、裏を返せば、短距離(1600メートル)にターゲットを絞って走っていたわけではないということ。2000メートル前後が主で1600メートルは狙って走っていたわけではないように見える。そんな馬を「短距離馬」として表彰していいものかどうか?芝馬で言うとかつてのダイワメジャーのように1600も2000も両方走る、と言うタイプとは違うわけです。ダート界でもやや短距離に軸足を置いていたブルーコンコルドとは異なります。

 芝馬だけを考えれば国内のGIを2戦して2着、1着(他に香港スプリント8着)のスノードラゴンで決まりなのですが、あくまでGIは1勝のみです。2着はそんなに重要だとは僕は思っていません。



 話はずれますが、かつてエルコンドルパサーとスペシャルウィークのどちらが年度代表馬に相応しいか?と議論になったことがありました。僕が選考委員なら2頭を選出しましょうと意見したと思うのですが、投票ではエルコンドルパサーに入れました。
 エルコンドルパサーを推す人たちの中には「凱旋門賞の活躍(2着)が決め手」という考えを述べる方がいらっしゃいましたが、僕の投票の決め手となったのはサンクルー大賞の勝利でした。日本馬がずっと勝てなかった欧州の2400メートルのGIを初めて勝ったこと。それはあの年の画期的な出来事でした。勝利こそ最優先して考えるべきことだと僕は考えます。2着馬は記録には残らず、忘れ去られるのも早いものです。



 投票にあたって最優秀短距離馬の欄への馬名の記入は締め切り当日になりました。

 やはり短距離のカテゴリーの距離で行われた競走で2戦2勝の価値は大きい。5日間頭を巡らせた結論がそれでした。さらに締め切り当日にもう一度成績を見直してレーティングを確認した結果、コパノリッキーの1600メートルの勝利の際のレートはいずれも115。芝のGIで得たスノードラゴンのレートはそれぞれ108と115でした。勝った時のレートに差はない。これで少しはスッキリ。あくまで、少しは、ですが。



 締め切りギリギリに投票用紙をFAXしました。するとしばらくして事務局から電話がありました。「短距離馬にコパノリッキーとありますが、コパノリチャードの間違いではないですか?」理由は説明しませんでしたが、誤りでないことは簡単に伝えました。コパノリッキーに投票したもう一人、古い知り合いのM記者にも投票用紙送付後に同様の電話があったそうです。



 2014年のJRA賞の投票に当たっては相当悩みました。GI馬がバラバラだったわけですから他の記者の皆さんも相当悩んだことだと思います。3歳牝馬、短距離馬については今でもまだ自分に判断についてぐらついている部分が多くあります。



 しかし、こうしていろいろ考える機会を与えて頂けるのが競馬を仕事にしている人間の楽しみでもあるわけです。



 まだ競馬の取材を始めてそう経っていない頃、何故牝馬3冠(しかもトライアルを含めて6連勝)のメジロラモーヌが年度代表馬(この年はダービー、有馬記念を勝ったダイナガリバー)ではないのか?という話をM記者など若い記者同士で酒を酌み交わしながら夜遅くまで延々と続けたことを思い出しました。
 議論を続けるうちに皆の意見が徐々にダイナガリバーに集約していく過程は大げさに言うと映画「12人の怒れる男」のようでした。もう30年近くも前の話ですが、楽しい思い出です。

 

 今年もいろいろ悩まされるような群雄割拠の楽しい年になるのでしょうか?