クリスマスソングで毎日がハレルヤ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ -2ページ目

クリスマスソングで毎日がハレルヤ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

クリスマスはしあわせな家族のメタファーです。サンタクロースは世界平和のアイコン。天かけるトナカイはまごころの象徴。
クリスマスは時代と地域をこえて奏でられる交響曲。そしてクリスマス精神は年中無休なのです。

 

 

さすがの寒かったですねえ。関東では予報通りの大雪となりました。業務は中止となりまして、事務処理のために電車で会社に。午後に会社を出る頃には雪は止んでいましたけどね。
11月の積雪は何十年かぶりの珍しいことのようです。寒い寒い冬の季節。人生の冬の季節も先の見えぬ辛いものであります。何が辛いってそれは理不尽な扱いをされてしまう人間関係に於いてでありましょう。
けれど突然のように気づくのです。ああ、これは自分のお仕事なんだって。自分はこれを体験するために今、ここにいるのだと。わたしが決して感情的にならずに受け流し、心の中の憎しみや怒りに捕らわれることもなく乗りきることができれば、それはその相手のためにもあることなのです。
あるサイクルが巡る時が来れば、かならず相手は自分のしたことを自ら刈り取る時期がやってくる。その時がその人のチャンスの時なのです。己のことを振り返り、顧みるチャンスの時であるわけです。
わたしが怒らずに淡々としていれば、その人は自らの行いを反省するかもしれない、そういう時を持つのがわたしに与えられた仕事なのかも知れないと、ふと思うことが今日あったのでした。
それは長い長い冬の季節のようなもの。けれど冬から春へと季節が巡る時がかならず訪れるのです。
冬の季節は春を待ち、厳しさにひたすら絶える時期でありますが、それは同時に学びの季節でもあります。理不尽を味わう学びであり、怒ることから自由になるための学びの時でもあります。
人はみな弱い。弱いからこそ傷つけ合ってしまうもの。感情を爆発することなく、理解の道を選び、現実を受け入れる。
怒ることなど忘れてしまい、ただただ己の為すべき事に心を砕く。
そんな冬の季節の呼びかけに応えてゆく時に、相手への怒りは消えて、かつてのように動揺することなく対処できている自分が現れ始める。
今日の寒さで風邪をひきそうなので今宵は早めに寝ることに致しましょう。
寒い冬の季節に活躍するサンタクロース。それは人生の理不尽な季節を乗りきった朗らかな老人の姿を借りた内なる良心でありましょう。冬の季節は大切な学びをわれわれに与えてくれているのですよね。

  

 

皆さま、おこんばんわ☆
キムチをバクバク食べましたらばお腹がいたくなった、らっこまんQです。 (笑)
明日の関東は大雪意予報が出ておりますね。
現在、午前一時前ですがおだやかなものであります。明け方にかけて降るのでしょうかね。もし雪ならばお仕事は中止になりますからお休みです。
さて今日は国鉄の車掌さんが使っていた釣り銭入れ鞄というのをオークションで落札しました。
ほら昔、車掌さんが使っていたあれですよ。バスガイドさんも使っておりましたよね。首からぶら下げている小さな鞄。
世の中はもう小銭を扱わなくなりましたので、すっかり観なくなりましたが、今こういうアイテムは探しても作っていないし、売ってもいないのですよね。わたしの業務はまだまだ小銭を扱いますので、お仕事に使えないかなと思いまして、色々探しておりました。届くのが楽しみです♪
なんかこの車掌さんやバスガイドさんが使っていました、切符入れというか小銭鞄って、子どもの頃はドラえもんの四次元ポケットのように憧れのアイテムだったんですよね。ずっといいなあ、ほしいなあと思っておりました。
なんかふと思いましてね、ネットで調べたら何処かで売ってるかも知れないって。

 

 

 

どうです?お洒落でしょ? (笑)

 

この金属のがま口のような部分がたまりませんよ。

サンタさんで云えば、プレゼントを入れておく大きな白い袋みたいなもので、魔法のアイテムってイメージがありました。
三種の神器ではありませんが、こういう道具を持っているとそれだけでその道のプロになったような気がしてきます。
まあ写真で見るだけですと、実際に使えるかわからんのですけれども、仕事で使えなくてもプライベートで小物を入れるポーチで使えますからね。このレトロ感が味がありますよねえ。 (笑)
いやしかしやはりネットはすごいですねえ。こういうアイテムを足で探しましても中々辿り着けるものではありまっせん。
その道のプロを志すならば道具にも拘りたいもので御座います。
いやあ、届くのが楽しみであります、車掌さんの肩掛け鞄。。
けっこう高い買い物になりましたが、ちょっとはやい自分へのクリスマスプレゼントにしたいと思ったのでした。

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さて、いよいよ今年のクリスマスに向けて約一ヶ月となりました。
怒ることのないサンタさんになって今年を乗りきろうと思っております。自分のことだけに捕らわれていたらきっと怒りから解放されることはありません。人の立場からもものが観られますように。
あさっては関東でも雪が降るとのことです。
皆さまもくれぐれも風邪など召しませぬように。
ここのところ、仕事もいそがしく充実しております。いそがしい時ほど心が鍛えられる実感があります。

今年はちょっとした工事のスキルが身につきました。慣れない現場を効率よくこなすスキルも磨かれた感じがしております。

これまでよりも朝早くから現場に入る毎日です。いそがしいからこそ日々が充実しています。
手順に乗っ取って基本を守れば大丈夫。
人間関係における手順は心おだやかにしていれば自ずと心に浮かんでくる。心の命じるままに素直に行動すればそれがベストな行いとなるでしょう。

そうか、世界中の子どもたちにプレゼントを配るサンタさんは世界一いそがしい人かも知れませんよね。多忙なのに余裕の朗らかさ。これが理想でありますね。

なのにわれわれは忙しいとギスギスし出してだれかに当たる。余裕をなくす。

これではいけません。

 

だれの心の中にもサンタさんが顕れますように。。

 

 

日本で一番クリスマス気分が盛り上がるのはイブの夜らしですが、アメリカのクリスマスは25日からがやはり本番だそうですよ。そう言われるとたしかにそうで日本ではクリスマスイブの夜がクリスマス気分のピークになっておりますね。
この違いがどこからきているのかわかりませんが面白い現象ではあります。
さて今宵はサンタさんは怒るのだろうか?という疑問を持ちました。
サンタさんが古井との妖精たちに向かって怒鳴り散らしている図はほとんど想像できませんよね。
いつも鷹揚に構えて、ほっほっほっ!と笑っているイメージがサンタクロースにはあります。
なぜでしょうね?
おそらく高貴な精神性と怒りとは々精神の中で同居できないのではないでしょうか。
自分の半生を振り返ってみましても、怒りをコントロールできていなかった時期というのは、満たされぬ境遇にあって精神が不安定になっている状況だと今ならわかります。
怒りとは心に溜め込んだ闇のエネルギーを発散する行為ということなのです。     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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怒るなと云ってもそれを止めることは限りなく難しい。
湧いてきた怒りを我慢することなど殆どできない相談というものである。
ではどうするのか?
怒らなくても良い状態に精神を持って行くしかないだろうと云うことなのです。怒りのエネルギーは不平・不満、満たされることのない鬱屈した圧力なのですよ。そもそも逃げ場のないそんな負のエネルギーが心の中にある。
そして何かが導火線になってそこに火が付くのであります。
STAP細胞問題で小保方さんに集中攻撃が向いたのも、現在、韓国の大統領に怒りが集中している集団ヒステリー的な現象も似ているような気がします。

 


では怒らなくても良い状態はどのようにして得られるのだろうかと。
まずは自分の思い込みに目を向けることなのでしょう。己の心の動きを注意深く観るならば、問題なのは憎たらしいあの人なのではなくて、己の受け止め方によって怒りに陽がついていることに気がつくはずなのです。
わたしの動揺した姿を見てほくそ笑んでいるあの人は、単に導火線であるにすぎない。許せない!と憤っている自分自身が独り相撲をしているというのが実態なのであります。
あの人がわたしのことを無視しようが笑いものにしようがその人の自由と云うものです。その自由を認められない自分が自分自身の怒りに振り廻され翻弄されているだけ。
ならばそれにきちんと対処すればよいだけのことなのです。
怒り始めたらそれを止めることが限りなく出来ない相談なのですが、怒りから自由になることは十分可能なのです。

人間と云うものは負けを認めると云うことが出来ない習性があります。闇雲に勝たなければならないような先入観を持っている。ですから勝ち負けを超えるということを意識する必要があるのです。
負けたって別にいいじゃないのと。勝ったからと云ってそんなこと一時の快感に過ぎません。勝ったら刈田でそのしっぺ返しが怖いですよ。 (笑)
相手を見るのではなくて自分の心の状態を問題にする。己の心を掴むことなく相手の心はなお掴めないでしょう。
けれど勝ち負けに拘らず比較的冷静に自分の心を観つめていった時に相手の心もそれとなく観えてきます。
それはもう相手にするのが馬鹿馬鹿しいくらいに気の毒な精神状態が腑に落ちた時に、己の怒りから自由になれるのではないでしょうかね。

 

ですから相手の態度は関係ないのですよね。己の怒りから解放されたらどんなにもっと生産的なことにそのエネルギーを廻せることか計り知れません。

いつもサンタさんのように怒りに振り廻されずに朗らかにいたいものですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

今宵のクリスマス絵画は、ノーマンロックウェル描く「メリー・クリスマスおばあちゃん・・・僕らは新車のプリモスで来たよ」1959年代の作品です。古き良き時代の家族の風景ですよね。
家族総出で贈り物を持っておばあちゃん家を訪れる。年老いた親とは同居しない、それぞれの生活を大切に守りながらも交流は欠かさないと云う処が理想的であります。こんな幸せな風景がかつてはあった。今でもあるのでしょうけれど、わたしにとっては夢のまた夢。憧れの風景なのであります。
この画から想像する幸せの家族を実現するためには、信頼に基づいた夫婦関係、家族関係が基になければならない。
しかるに昨今は、仲間内の自分のことばかり。ネットと云うとても便利なツールにしても便利なだけにそこはいじめの現場にもなっておりますからね。
放任するか溺愛するか、両極端で親らしい親がいなくなった。子どもが親に素直に応えなくなった。
その結果、家族は形ばかりでそれぞれ勝手なことをやるようになって家族としての役割を見失ってしまっております。

 

 

うちに母親は気の毒なことに、引っ越したばかりなのですが、エアコンのリモコンが荷物の何処かに紛れ込んでおりまして出てきません。なのでエアコンが使えないでいるようです。食べかけのバナナはしっかり手持ちのバックに入れていたのですが、リモコンは盲点だったようです。
まあ暖房はガスファンヒーターがあるのでしのげておりますが。
オイルヒーターが気になっているようでカタログを持っておりましたので、今、理想的な暖房をネットであれこれ探しております。わたしもオイルヒーターを持っているので、理想的な暖房であることは承知しているのですが、どうにも電気代がかさみますので遠赤外線ヒーターが良いのではないかと思案しておりますが。
何事につけましても、必要なことを先廻りして考えておかないとダメですね。
引っ越し後の歳活をイメージして、前もって必要なものをきちんと別にしておく必要がありました。
そうここなのですよ。
家族関係も前もって必要なやり取りを考えておいて対処しませんと、どうしようもない状態に陥る場合があります。
そういう事前の心の準備が肝心なのですよね。
ノーマンロックウェルの描く美しい家族の風景は一つの憧れのビジョンであります。
そのために相応しい心の在り方を模索しているのであります。