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がんで療養中の方や、ご家族やお知り合いに、がんの方はいらっしゃいませんか。


こちらのドリーム先生のブログですが、がんに対して、また身体を健康に導くためのさまざまなお品やとても興味深い情報をご紹介されています。


日本のがんの罹患率は年々増えていく一方💦

がん大国と言われています。

医師に言われるまま、手術でがんを切除して、抗がん剤や放射線での治療🏥

回復される方はどれくらいいらっしゃるのでしょう。


私の父も私が10歳のときに、胃がんで他界。

妹も肝臓がんで亡くしました。

妹の場合は、なんだか体調が悪いなぁ〜更年期障害かな?と思いつつも仕事をしていたといいます。

恐らく、もう無理!となってから受診したのだと思います。

診断は「肝臓がん、余命1ヶ月」

それ本人に言うガーンチーン

妹の家族は事情があり付き添い出来なかったので、他県でしたが私が約一月付き添いました。

最初の頃は少しだけ話も出来ていましたが、徐々に意識が朦朧としていきほぼ眠っていました。

たまに意識が戻るのですが、とても苦しそうで...

また、真夏だったので病室はエアコンがしっかり効いていましたが、妹は体内が炎症で熱かったのでしょう🔥🔥🔥意識が戻ると息苦しそうに「暑い暑い!」と言っていたので、エアコンを温度をかなり下げて私はたくさん着込んで過ごしていました。


今思うことは、「もう点滴や服薬など無駄な治療は一切やめておけば良かった!」あんなに苦しんでいるのに、なぜ私は薬を飲ませていたんだろう...と。

胸水や腹水も溜まり、お腹は妊婦さんの後期ほどに膨らんでいました。


もう17年も前のことなので、

ドリーム先生へもまだお会いしていませんでした。

もし当時、お会い出来ていたなら状況は変わっていたかもしれないなぁ✨と思います。


私の前回のブログに登場した、

乳がんの叔母ですが、手術で片方の乳房とリンパ節をごっそり切除した後、医師に「抗がん剤と放射線は絶対嫌です‼️受けません‼️」と言い、手術から数日くらいで退院して自宅に戻り、手術の傷口からの滲出液なども叔母自身で手当てしたのだと後日聞きました😅


こんな破天荒な叔母なので、私も色々と振り回されたりしましたが、84歳まで生き抜き大往生だったと思いますおねがい

叔母が乳がんの手術を受けたのは恐らく40代前半。


この叔母も、ドリーム先生のパワーストーンにはたいへん助けていただきましたおばあちゃんラブラブ


老人ホームに入ってしばらくしてから、叔母は不穏になりました💦

いつもお世話くださり親しくしていた男性スタッフの方を怖がるようになり、、食事も拒否するようになり、、

面会に行くと、叔母は本当に怯えていて...何かに恐怖している様子でした。

ドリーム先生にご相談させていただき、叔母用に調整していただいたパワーストーンを購入して、置き石を部屋に置き、ブレスレットを「もう大丈夫だからねラブラブ」と渡して、ほどなくして叔母が落ち着いてきた事を思い出しますおねがい

本当にすごいなハートピンクハートと感動しましたし、また叔母の笑顔が見られるようになった事が本当に有り難かったですお願い


ドリーム先生のパワーストーンがあったおかげさまで『希望』✨✨いつも持っていました乙女のトキメキ

『絶対に良くなるラブラブ』とおねがい



⬆️叔母のパワーストーンですキラキラ