病人の気持ちは病人しか分からないと聞くように。
被災者である私は、痛いほどよく分かります。

余震で眠れない日々。
被災地で食料を探し続けた日。
生きるために買い込み、我先と逃げる人々。

私は短大の卒業の年。
祖母の家にお世話になってました。
あんなに『死』を身近に感じたのは、後にも先にもありません。

いつでも逃げることができるようにと真冬でも窓を開け、窓からは隣の『長田区』では一日中炎が燃えあがった様を忘れることはできません。

タンスは倒れ、階段は落ち、それでも運良く私と祖母は無傷。
そして更に神戸にいる友人が私達を助けてくれました。
どこに行けばいいのかも分からないまま、永遠と歩いた道。
両親とは全く連絡がとれず、やっと繋がったのは大阪にいる叔父でした。

その頃は携帯ではなくポケベル。
ラインもない。
電話回線はパンク。
公衆電話しか繋がらない状態でした。

私はとてもラッキーで、避難所ではなく友人宅でお世話になることができ、その後親戚宅でお世話になりました。
精神的にも体力的にも、熊本の皆さん大変だと思います。
頑張ってほしい。

そして、震災時の今でも悔やまれる想いが、残していった『金魚』


戻ったときには亡くなってました。



連れていけばよかった…と、今でも心が痛みます。
それ以来、私は『残された子』がとても気になります。
今回の熊本地震でも、沢山の子が悲しい想いをしてるのでは…と気がかりです。

自身の身を守れない動物たち。
きっと、飼い主さんは車で過ごしたり、気を使って家に戻ったりしてるんじゃないかな?





早く安心してすごせるようになりますように。

火曜日、明日、第1便が出発するようです。
ボランティアさんには頭が上がりません。



愛護センター関係者さま宅にも、沢山の物資が。
寄付頂いた皆様ありがとうございました。
また、状況が変わりましたらまた報告させて頂きます。





今、私ができることをしようと思います。