シルクホースクラブとの30年。 | £NAOの唯我独尊な日々

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一口馬主をやってます。
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先月、シルクの出資馬が引退することになり所有馬が0頭という状態でした。

 

今年の募集に参加して出資が叶えば継続、落選であれば退会という気持ちでした。

 

 

 

募集申し込みの結果は落選

 

 

出資馬がいなくなったので退会という選択をすることにしました。

 

 

 

 

 

 

一口馬主を始めるきっかけとなったのがシルクホースクラブ

 

 

 

もう30年くらい前の話です。

 

 

 

 

 

 

今の会員ナンバーって何番くらいなんでしょうか?

 

 

30年くらい前の入会だと

 

 

 

 

 

5000番台。

 

これくらいの会員ナンバーになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃はまだ今ほど一口馬主というものの存在も目立ったものではなく(たぶん)会員数もそれほど多くなかったこともあり出資するにしても抽選になるということは極稀で申し込めばほぼ出資出来てしまうような感じでした。

 

 

 

 

 

自分が会員となり出資を始めたのが約30年前で初年度の出資馬は1995年産の2頭。

 

 

 

 

 

 

 

 

シルクファースト

 

 

 

 

父がミホノブルボン

(こんなの最近の会員さんは見たことないでしょうw)

 

 

ミホノブルボンの初年度産駒でありその中で最初に生まれたのでシルク(冠名)+ファーストという命名になっていました。

(そうだったと思う・・・)

 

自分にとっても初めての出資馬だったのでこの名前はピッタリでした。

 

 

 

 

 

 

もう1頭はシルキーノヴァ

 

 

 

 

父がカンパラ

(誰?)

 

須貝彦三厩舎、須貝尚介調教師のお父さんですね。

 

この頃は須貝尚介調教師がまだ現役の騎手でシルクで出資していた馬にも何度か騎乗していました。

 

 

 

 

2頭の名前を見てもらえればわかると思いますがシルク所属の馬には『シルク』か『シルキー』の冠名が必ずついていました。

 

 

 

そして募集価格が昨今と比べものにならないくらいの安さ。

 

 

一口価格が1万円台や2万円台なんてのはざらにいたし7万、8万円台なんてのは高額と思えるような時代でした。

 

 

 

 

 

 

 

そんな2頭でしたが、2頭とも出走することなく引退してしまう散々な始まりでした。

 

 

 

 

その後出資を続けること約30年

 

 

延べ93頭の馬に出資しました。

 

 

 

 

 

 

 

2019年産から2023年産の間がいないのはこの頃に一度退会を考えていて出資を控えていました。

 

 

 

ここ数年の会員数増加、抽選になる募集馬も多くさらには実績制。

 

そして出資馬の成績がイマイチなこと(自分の選定が悪いのですが)、クラブ相性もあまりよろしくなかったことでクラブに対して嫌気がさしていた時期でもありました。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

シルクで出資した馬で5000万円以上の獲得賞金だったのは

 

 

 

 

 

 

1億円以上だったのがたった2頭という・・・

 

 

1位なのがローブティサージュ

 

 

 

 

 

 

この馬でも一口3万円。

 

 

厩舎は先ほど出てきた須貝尚介厩舎。

 

 

 

 

 

 

出資を初めて約15年たったころに出資したローブティサージュですが、この馬が他のクラブ(この頃には社台サンデー、キャロットの会員にもなってる)を含めた出資馬の中で初めて重賞に出走してくれた馬であり、初めての重賞勝ちをしてくれた馬です。

 

 

その初めての重賞勝ちが阪神JF

 

 

なんと出資馬の初重賞勝利が初G1勝利でもありました。

 

 

現地観戦していた阪神競馬場の指定席で喜びを爆発させ叫びまくってましたw爆  笑

 

 

 

 

この馬がやはりシルクの中では1番思い入れのある1頭ですね。

 

 

 

他でインパクトのある馬を選ぶとすれば1勝しかしていないのに獲得賞金が5000万以上になったシルキーパンチ

 

 

 

 

 

 

 

一口価格は14000円で63戦もしてくれました。

 

 

もうとにかく怪我無く走ってくれる。

 

ほぼ毎月のように出走してくれてました。

 

 

ある時期には

 

 

 

 

12戦目で初勝利をした後の500万クラス戦(現在でいう1勝クラス)では8月17日~9月6日までの4連闘。

 

 

最近は毎月出走するとか、ましてや4連闘するような馬はなかなかいないですね。

 

 

 

シルクで出資した中でも出走は断トツの最多

 

 

 

 

年間最多出走でも

 

 

 

トップ3を独占(6位タイにも)

 

 

 

 

最多出走競馬場においては

 

 

 

 

11場。

 

これはJRAの競馬場10場+地方で1場ではなく、

 

JRAの東京、中山、新潟、福島、中京、小倉+地方の船橋、大井、浦和、川崎、盛岡の11場。

 

 

 

(ちなみに2位タイのジューヴルエールはJRA全10場で出走してます。)

 

 

 

 

そして最長合計走破距離でも

 

 

 

 

11万メートル超え。

 

 

これだけ走れば1勝(2着なし)でも獲得賞金5000万超えちゃう。

 

 

これだけMy記録に名前が出てこれば印象にも残るはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他に記憶に残る馬といえば

 


シロインジャーですかねニヤリ

 

 

競走成績とかそんなんじゃなくてやっぱり馬名アセアセ

 

 

いろんなところで馬名は話題(いじられ)になってました。

 

 

自分も馬名が発表された時は『・・・・・』ってなってました。

(クラブの馬名選定のセンスが???えー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約30年続けてきた中で最後の出資馬となったのはサンシュエール

 

 

 

 

 

 

 

2020年産以降、嫌気が差してきていて出資を控えていました。

 

一昨年の募集時期も出資意欲はほとんどなかったのですが、何気に見たカタログで母が元出資馬のローブティサージュであるサンシュエールがやたらと気になってしまい数年ぶりに申し込みをして当選。

 

 

これでこの先5年くらいは会員が続かと思っていたのですが、サンシュエールの出資代金が引き落とされた数日後に繋靱帯炎が判明。

 

その後回復を待つこと約1年半、やっと今年の5月に本州へ移動。

 

6月にはゲート試験にも合格し3歳となって何とか未勝利戦には間に合うかと思った矢先に骨膜炎からの右前第3中手骨に剥離骨折。

 

全治3ヶ月以上の診断で現役引退。

(これでこのクラブに対する熱は冷めた)

 

 

 

最初も最後も未出走引退と散々な結果で終わりとなりました。

 

(ちなみに昨年はエフフォーリア産駒のエノラの24に出資当選していましたが名前が決まることもなく募集取り消しになってしまったので出資馬扱いしてません)

 

 

 

 

 

 

 

最後に年度別の成績が

 

 

 

 

 

 

93頭に出資し、出走数は931走で勝利数はたったの61勝。(勝率.066)

 

暗黒時代を経験してるとはいえ、あまりにも低すぎるガーン

 

重賞勝利は2勝(2勝ともローブティサージュ)でその内1勝はG1。

 

 

 

 

ちなみにキャロットは今日時点で出走数387走で63勝。(勝率.163)

 

重賞勝利は15勝でその内4勝がG1。

 

 

 

 

 

キャロットと相性が良いのかそれともシルクと相性が悪いのか・・・

 

まぁ、出資馬の質(出資センス含め)なんかも影響してるとは思いますがクラブ間でこれだけ差がついてしまうとねぇキョロキョロアセアセ

 

 

クラブの方針とかそういうのも自分のスタイルに合うのかどうかという点も含めて退会する決断の要因になっていたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約30年会員だったシルクは今月末をもって退会です。

 

一口馬主を始めるきっかけはシルクであり、こういった競馬の楽しみ方を知ったのもシルクという存在があったからだと思います。(今のような抽選多数、実績制ではなくお手軽に始めれる時代だったからこそ入会できたのだろうけど)

 

 

まぁ、いろいろありましたがシルクで楽しく30年やってきました。

 

 

 

さようなら、シルクホースクラブバイバイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水色てんとう虫の勝負服はあまり好きではなかったけどね。