「想い」の存在が運命をひらく!その67 | ラベンダーのお庭

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私の興味と関心のおもむくままに、聞いた話や、
心が軽くなるお話を書いていきたいと思っています。

 

 こんにちは。

 

 ラベンダーのお庭にようこそ。

 

 今日は、「想い」の存在が運命をひらく!

 

 その67回目ですね。

 

 

 

 

 

 

 先日からずっと、

 

 「無財の七施(むざいのななせ)」のお話をしています。

 

 

 

 それは、お金をかけなくても、「徳」を積むことができる方法。

 

 今日は、その5つ目です。

 

 

 5,心慮施(しんりょせ)・・思いやり、温かい心で接する。

 

 

 

 つまり、心慮施(しんりょせ)は、相手を十分思いやり、

 

 相手の立場をよく理解してあげ、行動する心のことなのです。

 

 

 具体的に例をあげてみましょう。

 

 何かが起きたときに、

 

 「今、目の前の相手は、つらいのかな。うれしいのかな。

 

  …それとも…。。」

 

 このようにこころを砕いて、

 

 相手のこころを包み込むような対応をする。

 

 しかも、相手の必要だというちょうどそのときに、

 

 その人がちょうど必要としている手助けをする。

 

 

 すると、相手は、どう感じるでしょうか。

 

 

 

 とても、うれしくなりますし、

 

 その「想い」をかけてくれた人を

 

 大切にしたいと思うのではないでしょうか。

 

 

 

 

 今まで見てきた無財の七施の5つの行動は、

 

 すべて、相手の存在を認め、

 

 尊重し、とても大切に思うこころだということが

 

 自然と伝わってくると思います。

 

 

 

 それは、「人間の尊厳」を大切にするこころ

 

 と言いかえることができます。

 

 

 

 仏教では、自分を取り巻くすべての人々に、

 

 一人残らず、「ほとけのこころ」が宿っていて、

 

 そのこころを持っている人間というのは、とても大切な存在だと

 

 考えられています。

 

 

 

 でも、今の社会では、とかく自分が中心で、

 

 「自分さえよければ…」

 

 という利己的な風潮に流されてしまっていますよね。

 

 

 

 では、その考え方でずっと生きていくと、どうなるでしょうか。

 

 

 

 「自分さえよければいい…」

 

 …つまり、自分を大切にするあまり、

 

 まわりの人とぶつかってしまって、

 

 とにかく、自分すらうまくいかなくなります。

 

 

 

 つまり、自分を中心にしてばかりいると、

 

 ついには、出口がない迷路をたどることになるんです。

 

 

 

 「自分さえ良ければいい…」

 

 でも、それが違うことだとみんなうっすらとは、気づいている。

 

 

 

 しかも、みんなが気づいて無財の七施を実際に行動しはじめると、

 

 それをこどもや孫が見ていて、素直にまねてくれます。

 

 

 

 そして、とても住やすい、昔の日本のように、

 

 「思いやり」と「いたわり」のやさしいこころがあふれる社会が、


 さらにバージョンアップして完成すると思うのです。

 

 

 

 その日が、早く実現することを願って、

 

 私も毎日、行動して実践を心がけていきます。


 

 

 読んでいただき、ありがとうございます。