仲間の訃報から家族のあり方を考える | 自分の人生だもの。「自分を生ききる、生き抜く」

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2月3日は・・、節分気分は束の間でした。
私は、中学3年で千葉の松戸の中学に転校しました。

同級生数名と仲間としてずっと密につきあいがありました。

2月3日のお昼前に仲間から電話があり、仲間の一人が亡くなったと・・。
あまりのショックに、ただただ泣き崩れ、呆然。

去年、仲間の一人が10年ぶりに音信不通から復活して、ようやく全員揃ったので、
広島に行る仲間のところにみんなで旅行に行こうと誓い、私が調整することになっていて・・。
でも去年の秋は学校の試験もあり、今年最終の試験が終わってからでいいかなと思って、
年賀状にも、今年はみんなで広島に行くよ~って書いたのですよね。

それなのに・・。無理してでも計画すれば良かったと後悔ばかりです。

亡くなった仲間は、独身で家族と暮らしていたのですが、亡くなったのに気付かず
2~3日たってから発見されました。なんということでしょう。
もういい大人だから、それぞれの生活スタイルがありすれ違いだったり
というのもわかるのだけれど。。

今は、このようなことも多いらしい。なんだか切ないですよね。
ひとつ屋根の下で暮らしているのに。

仲間が亡くなってから家族のあり方を考えてしまいました。

ひとつ屋根の下に暮らしているから安心、ではなく、もっと家族と密に接してほしいと。
うるさいくらいがちょうど良いのかもしれませんね。

好きでも嫌いでも一緒にいるのが家族。。そうでありたい。

今は、ただただ、40年間、支えてくれてありがとうと、仲間に言いたい。
そして、見守っていてほしい。