なかなかコロナ収束の気配が感じられないこの頃、いかがお過ごしでしょうか?僕は相変わらずリモートワークで仕事漬けの日々ですが、最近何回か(世の)友人達と久々に飲みに行きました。待ち合わせが遅い時間だったので、ほとんどお店が閉まっていて公園飲みになることを覚悟していきましたが、意外に深夜まで営業している居酒屋や小料理屋が多くあり、店選びには困りませんでした。飲食店も閉めてたら生きていけない、そんな段階なのかもしれませんね。
さて、標題の言葉、JWが敵視する?進化論の父ダー〇ィンが言ったとか言わなかったとか所説ある言葉ですが、出典と原意はともかく、ビジネスの場ではよく使われる言葉です。僕が今所属している外資企業でも、この言い回しを毎日のように耳に・目にします。特に本社のある国では、既にコロナ後の働き方に移行しようとしていて、既に社員の8割は基本リモートワーク、オフィスはチームMtgやトレーニングなどのため月に数回集まるだけという形になる変化が確定していて、日本もその方針に習うことになっています。また、変化するのは働く場所・勤務形態だけではなく、製品やサービスに始まり、種々の社内決裁システムとか、これまであった組織の役割や会議体とか、細かい業務系システムとか、SDGsやLGBTQに関連した動きとか、とにかくどんどん新しく変化しています。
そんな状況なので、自分も新しいことを学び続け、変化への対応を継続しながら、さらに成長し続けなくてはサバイブできないな…、という気持ちでいます。コロナを言い訳にして現状維持で日々を過ごす訳にはいきません。
一方、悲しく寂しいことに、JWに居続けている両親の時間は数十年来止まっているのではないかと感じることがあります。最近では、コロナ禍こそ最後の「終わりの日の印」のようにとらえ、明日にもすべての世の中が一旦リセットされることを祈る日々…。誤った価値観を植え付ける宗教の罪は重いと感じます。
