真宗保育のもとに日々保育をしています。
親鸞聖人のおしえです。
まだまだ学びのなかですが、いろいろな先生のお話を聴かせて頂くのが好きです。
職業柄、いろいろな研修にも参加させていただき、たくさんの方のお話・考え方を聴くのが好きになってきました。
学生時代は「面倒くさいな・・・」と感じていた私も、
少し大人になったんだな。
7/24には桑名にて仏教保育の研修がありました。
「うやまう」ということが全国大会のテーマとなっているため、「うやまう」ということについて学びを深めています。
7/15・16日には東本願寺にて「うやまう」について考えましたが、
「うやまう」とは・・・相手を知ることである、とのこと。
ふむふむ・・・
相手のことを知り・そして自分を大切にすること・相手を大切にすること
と去年からの学びです。
そして桑名での研修。
講師の先生から日々の保育で嬉しいことと・困ったこと両方を聞かせてくださいと。
他園の先生たちといろいろなお話が出て、
「困ったこと」は私たちの傲慢な思いから生まれてくるものだということ。
ただ、嬉しいことばかりでなく、苦労するからこそ成長し、教育されていくのだということだった。
教育とは私たちが育てるのではなく、私たちも子どもに育てられているという考え方をもつこと。
きょういくとは・・・共育(ともに育つ)
響育
であるということ。
うう・・・深い。
でも、本当に私は子どもたちに育てられてきたと、つい最近実感したし、支えられていると思うこともある。
大変なこともあって辛くなることもあるけれど、子どもたちの純粋な気持ちと笑顔は私の薬になってくれて、私情の辛いことを忘れる時間をくれたことだってあった。
うやまうってなに?
教育は、「えらばす・きらわず・みすてず」
相手をうやまうだけでなく、自分自身を自制することだという。
ぜんぜんまとまらない記事となりました・・・
自分なりに納得できていたつもりだったのに、学べたつもりでいたのに、まだまだ分からないことだらけです。