今日
プウのお葬式をしました。
27日にガンマガードを投与して
夕方、家についたころから、具合があまりよくなかった。
その夜は、ずっと私をジっとみつめることが何回もあった。
何か言いたそうな目。
何が言いたいの?
苦しそうなプウをみてどうしていいかわからなかった。
撫でながら、明日の夕方には数値があがるかもしれないよ
頑張ろうねって、プウに言い聞かせるというより、自分自身に言い聞かせてた。
そのときに気づいてあげればよかった。
次の日の朝も
苦しそうだったし、一向によくなってる雰囲気はなかった。
でも、先生から
「次の日は、薬の効果が数値にあらわれるかが見たいので
なるべく遅く来てください。」
といわれたから
朝も、あまり具合がよくなさそうだったのに
数値ばかり気にして、夕方になったら薬が効いてくるかもしれないと
思って、夕方にこだわっていた私。
昨日より、明らかに具合が悪くなっているプウをみて
先生がレントゲンをとって見てみたら、肺に影があって
肺炎をおこしてるって言われて・・・
とにかく入院して強い抗生剤をいれることになった。
絶対、プウは乗り越えると思って
あえて
会わないでそのまま帰ってきた。
そしたら、家に着いたころに
病院の名前の着信が。
とるのがすごい嫌だった。
先生があわてた声で
「容態が急変しました。今、ぷうちゃんの呼吸がとまりました。」
私は言葉がでなくて。
なんとか
「もう、だめなんですか?」
と聞くと
「いま、蘇生措置をして
ぷうちゃん頑張ってくれています」
って言われた。
「すぐいきます」
と、電話を切って
父に泣きながら今からいってくると伝える途中で
もう言葉にならず
座り込んで声をあげて泣いた。
足はがくがくして
心臓は震えた
それから、父が運転してくれて
病院につくと
肺にチューブを入れられて
苦しそうに息をしているプウがいた。
それから先のことは
まだ辛くて
かけない。
いま思う事は
もっと早く病院に連れて行って
レントゲンをとって
肺炎をみつけていれば
助かったのだろうか?
最後に会ってから帰ればよかった・・
むしろ帰るべきではなかった
とか、色々。
こんなこと思ってばかりいてはプウが悲しむかな。
ブログに載せたプウの写真が
辛くてみられない。
もういちど会いたい。
プウの耳の中の匂いをかぎたい。
プウの肉球の柔らかさに触れたい。
何かに夢中になっている私の背中に
そっと、自分のお尻をくっつけてくる
あの感触を味わいたい。
これからがもっと辛いんだ。
あなたの面影を
そこかしこに感じて涙するんだ。
5年なんて
あまりにも短いよ。
でも、どうすることもできない。
これが現実。
プウの形はもうここには
ないんだ。
魂はまだいるの?
感じたい。