Fairy Tale-逃げ出したアリス- -2ページ目

モテる男性とモテない男性

の、違いを
最近気づいたので
私なりに書いてみます。



※今回いう"モテる男性"は、

顔でモテてる男性ではなく、
内面でモテてる男性のことです。








内面でモテてる男の人は、ズバリ

『見返りを求めない愛情』

を与えています。





一方、モテない男の人は

『見返りを求めた愛情』

を与えています。




どういうことかというと、


モテる男性は
俺が愛したいから愛する。


男女として在りたいから、
進んで相手を女の子として認める。



モテない男の人は、


まだ付き合ってないのに
(例えば全額ご飯)奢ってあげたら
都合良い男じゃね?損じゃね?変じゃね?

と、自分を守るために頭を使う。


付き合ってない段階で
相手を女の子として扱うことを
"対等じゃない"と考える傾向が
多いように思います。


自分が好かれないことを
前提としているような感じ。


付き合う保証がないのに
ご飯奢ったり、家まで迎えに行ったりしたら
メッシーだしアッシーになっちゃうと
恐れている。

相手が好きにならないかもしれないのに
自分が好きを出したら、
カッコ悪いよな滑稽だよなって
恐れている。



いずれその子が
自分を好きになる可能性を
信じていない。




こちらは
毎回男が奢って当然とは
思ってないけど、

はじめてのご飯や2回目のご飯で、
最初俺が出したから次出してね
と言われると

"俺はそう簡単に女の子扱いしないから"

"男だからって払うの当然と思わないでね?"

"付き合ってないんだから、お会計平等だよね?"



というような、
こちらが"奪う女"前提で
見られてるように感じてしまう。


このとき2人の間に流れてるのは
仲良くなるためのエネルギーというより

奪われない・損しない・騙されない
ためのエネルギーだ。



一方、モテる男の人は

目の前のお会計よりも、
どう有意義に時間を過ごしたか
&これからどんな関係を作っていくか


目が向いている。


まぁわたしは男じゃないので
実際は分からないけど、
女性としてはそういう違いを感じるのです。



これからあなたを知って
できれば関係を深めていきたいです

と思っている段階で、


男性が奪われないように必死だと

さっきも言ったけど
自分が奪う相手として見られてて嫌だし

愛はいずこへ?

と、興ざめしてしまいます。


私があなたを愛する保証がなければ
思いやりや優しさを
与えてくれないのね、と。




本気でこの人と付き合いたい!

と思った時に


そういう条件付きの愛では

無理だと思うのです。

(男性でも女性でも
アプローチする側に言えると思います)



たとえば女性側が

アプローチしてくる男性に
興味がなかったとしても


それを覆す可能性のある方法が


"見返りを求めない愛"だと思うのです。


俺が愛したいから愛す!

断るのは自由だから
勝手に愛させてくれ!


くらいの
愛すことを楽しんでいる姿に


心が動くことは
まぁまぁよくある話だと思うのです。




付き合うことを目指すより、
2人で一つの感覚になることを
目標にしていた方が

心地よいと感じるし
それが結果、
付き合ったらこんな感じかもな
というイメージが自然にできて

付き合うことになりやすいのかな
と思います。




『結婚したから分かり合える』

のではなく、

『分かり合えているから結婚する』


のだと思うのです。



形のある関係を待たずして、
目に見えない関係(信頼関係)を作る。


大事だなと思います。








日常のあれこれ


人生ではじめて
前髪なしのおだんごヘアに
してみましたキラキラ


マスクしてるので
これだけ髪の毛いれてしまっても
丸顔を気にせずOKにやり







去年末から前髪伸ばしてて
いま目の下くらいなんだけど


(スタートがおでこの半分くらいの
短さだったので叫び)



最終的には
鼻下くらいまで伸ばしたいんです。





が、




そうなると
まだまだ伸ばさなきゃいけないので





もーやめちゃおうかな〜

と思ったりもしていますガーン





ゴールは
前髪なしのロブ(長めのボブ)
なのですが。







まぁもうちょっと
悩んでみます。









一発描きで描いた
愛しのショーンちゃんヒツジドキドキ



我ながら
うまく描けたと思うラブ



顔と目の比率が難しいので
100発100中で上手に描けるように
研究と練習をしたいと思います。




最近は

ジャム・ザ・ハウスネイルにも
ハマってるよ〜かたつむり




懐かしい〜目ドキドキドキドキドキドキ





結局いつも心惹かれるのは
クレイアニメのようですほっこり音譜


バンジージャンプのような信頼

最近のわたしは
変化が大好物です。


どうしても変化したくないけど
それを拒むことはほぼ不可能な状態を
長期間にわたって経験しましたが、
その最中とにかく生き延びるために
色んな捉え方を試みてきました。



そして

変化の予感を感じたら
それに抗わずに受け入れよう、

と考えるようになり、今では

積極的に変化を迎えに行こう、
とまで意識が変わりました。


強制的に変えられるから怖いのであって、
そうなる前に自分から
変わります!って言えば怖くないんだな。

と、分かりました。

自分から必要な変化を迎えにいくことは
自分の中の積極性も強化されるし、
自信にもなることを実感しています。


些細なことでもなんでもいいから


繰り返し繰り返し行なっていくと、

どんどん成長していく自分に出会えて

やみつきになるのです。



そこで思いました。


変化しよう!


と行動するのは、


バンジージャンプの台から

飛び降りることのようだと!



バンジーでの恐怖って
もしかしたらヒモが切れるかもしれない
っていう怖さよりは、
本能的な怖さの方が大きいですよね。


死なないと分かっているのに
全身が恐怖で震える。


でも
いざバンジーをしてしまえば、
ものすごくスッキリするし
飛ぶ前と後では
全然違う自分になった気がします。



変化に飛び込む時も
立ち直れないことがないように
ちゃんと神様が私たちを
繋いでくれてると思うのです。


それを分かっていても
変化が怖いのは、
本能的なものだからしょうがない。


ただ
怖がりながらでも
神様というヒモに繋がれていることを忘れずに飛び込むのです。


そうしたら

神様に繋いでもらっている自分は
やっぱり安全で、

ものすごく清々しい気持ちにもなっているし、

変化することが楽しくなってくると思います。


一回や二回では
恐怖と戦うのが精一杯で
なかなか楽しいと思えないかもしれないけど

とにかく
バンジーのように
飛び込んでも安全なんだ、

恐怖は安全じゃないから生まれるのではなく
本能的なものとしてあるんだ、

と理解してしまえばいいのです。


そうして
何か違う、と思うことに対して
変えてみよう


と繰り返すうちに
神様と自分への信頼のコツが分かってきて
積極的に行動できる自分になっています。


眠っていた生命力が
どんどんと目を覚まし、
力強く人生を切り開いていける
自分になっていきます。



バンジーはしたことないけど、笑


神様に全幅の信頼を寄せる感覚を
いかに掴むかを
日常のアレコレで例えてみると
理解が深まって楽しいなぁと思いますニコニコ