17) 熱帯のファーコート | BIG BLUE SKY -around the world-

17) 熱帯のファーコート

第十七話) 熱帯のファーコート

七日目 8月7日、慌ただしいノックの音で目を覚ます。
ドアを開けると、Pop がいつになく焦った表情で、直ぐに出発すると言う。
Erika が誰よりも怖いから、もう直ぐに出発しよう。
池の向こうの母屋の軒下の縁台には、昨夜と同じ服を着た Erika が見えた。



[守護神カーリーとともに] (2016)
Hindu goddess Kali


Erika は Pop を連れて、夜通しクラブを回って踊り続けた。
地回りとトラブルになり、大騒ぎになりかねなかったと言う。
いくら (従妹の婿の) 叔母でも、彼女が誰よりも怖いから、直ぐに出発しよう。
躁状態に突き動かされる Erika を抑えることは、Pop には到底無理だ。
15分で行くと言うと、シャワーを浴びて荷造りを済ませ、部屋の外に出て Khrong Thip を燻らせる。

敷地の外の水田からは耕運機のエンジン音が響き、母屋の軒下からは Erika の嬌声が響く。
Pop が繰り返し私を呼ぶのを横目に、二本目の煙草を燻らせて、赤トンボの群れが飛び交うのを眺める。
池の畔で風車が回るのが見えると、熱帯特有の甘く湿った空気がぬめるように頬を通り過ぎて行く。
蒼天乱気流が積乱雲を湧き立たせるのを眺めて、Khrong Thip を揉み消すと、荷物を持って母屋へと向かった。



[微笑みの国の知られざる一面] (2016)
Smile country has an unexpected gun society


Erika が空けたウィスキー三本の代金 1,800THB (5,767円) を肩代わりして、宿のおかみさんに慌ただしく別れを告げると、Erika を後部座席に押し込んで、バンコクへと車を走らせる。
Erika は、毛皮のコートを着て寝てしまった。
Pop は一刻も早く帰って、叔母 Erika に寺へ行って貰わなければならないと言う。
この国の文化では、このような時には、そう言うことになるのだろう。



[熱帯のファーコート,サムチュック] (2016)
A fur coat in tropics, Thailand


バンコク市街へ近付いたところで、頃合いを見て車を停める。
荷物を下ろしてここで別れることにしよう。
Erika は気配を感じて目を覚ますと、毛皮のコートを着たまま車の外に出て、熱帯の陽を浴びて舞うように旋回する。
ひとしきり陽を浴びたところで旋回を止めた Erika は、普段の善意に満ちた表情を見せる。

ありがとうございます。また来てくださいね。

前回,前々回,さらにその前と寸分違わぬ展開に杜子春を思い、Erika は鉄冠子が見せる幻影かもしれないと思う。
Erika は後部座席に戻ってドアを閉めると、左手で毛皮のコートの襟を揃えて、右手を振った。



[白い僧衣を纏い 比丘尼のように修業,ハジャイ] (2016)
Like a bhikkhuni in white kasaya, Hat Yai, Thailand


ハジャイに戻ったら、白い僧衣を纏って、比丘尼のように寺で修業をすることだろう。
走り去る車を眺めながら Khrong Thip を燻らせようとポケットを探ると、慌ただしさに返すのを忘れた、サムチュックの No.1 コテージの鍵が入っていた。


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