13) トランの飛天 | BIG BLUE SKY -around the world-

13) トランの飛天

第十三話) トランの飛天


南タイツアーの五日目はアンダマン海に面するトラン Trang の街。
ハジャイの在るソンクラー県から、パッタルン県を通り過ぎるとトラン県に到る。
マレー半島東のタイランド湾側と、マレー半島西のアンダマン海側とでは、雰囲気が全く異なっている。
アンダマン海の澄み渡る明るさには、特有の開放感が有る。

ツアーの五日目に失速を感じることが多い。
環境適合による緊張からの弛緩と、環境変化による疲労とが、同時に現れる。
弛緩と疲労の両方ともに、真の原因は睡眠不足にある。
特に今回のツアーでは、夕方~夜の仕事前に、朝から気ままに動き回っていることが、いつも以上に睡眠不足につながっている。



[熱帯の木漏れ日/トラン,南タイ] (2018)
Filtered sunlight through the leaves of tropical trees/Trang


トランに着いて、150年前の知事の記念公園を散策する。
太陽は天頂近くに在り、木漏れ日による影は小さい。

おまえの 足もとの 影は 短い

カルメン・マキの ‘79年の歌を呟くと、この歌を教えてくれた、駅二つ隣りの街に住んでいたシンガーには、もう随分会っていないと思う。
木漏れ日を見上げると、街燈の柱の上に踊る女神像が見えた。
大地の女神プラ・メー・トラニーかと思ったが、濡れた長い黒髪は見えない。



[トランの飛天/トラン,南タイ] (2018)
An Buddhist art supporting the big blue sky/Trang


すゐえんの あまつをとめが ころもでの ひまにもすめる あきのそらかな

会津八一氏の歌を呟いてから、奈良の薬師寺東塔を飾る水煙の飛天を思い出す。

街歩きを通じて、又ひとつ対象領域が拡張したようだ。
秋の空に笛を吹く薬師寺の飛天と、熱帯の蒼天に踊るトラン女神像とが、各々属する対象領域は、今ここで一体的に合成された。

水煙の天つ乙女が衣手の 隙にも澄める秋の空かな

今一度、会津八一氏の歌を呟くと、熱帯の晴天乱気流の下、甘く湿った空気がぬめるように頬を通り過ぎて行く。
この空気が薬師寺へと届くのは、秋の空が広がっている頃だろう。


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