20) 有節歌曲形式の肖像
20) 有節歌曲形式の肖像 Verse-Repeatings
パーテームの断崖から、メコン川対岸のラオスを眺める。
寂寞とした灰色の空は此岸より対岸に似合うと思うと、対岸には幼児期の同級生が住む集落が有ると思う。
対岸を眺めて煙草を吸うと、傍らで Erika は同じ歌を繰り返し歌った。
連麺と続く歌は有節歌曲形式だと思うと、十代の頃に武道館で聴いた Scorpions の "荒城の月" が響く。
Matthias Jabs のギターは、Ulrich Roth の "Tokyo Tapes" とは違ったが、Erika の歌と "荒城の月" ほどには違わない。
[3000~4000年前の壁画,パーテーム国立公園] (2013)
「 この歌、大好き。Scorpions ですね 」
アユタヤのカウボーイ・バーで、Scorpions '82年のヒット曲 "No One Like You" の演奏が始まると、Erika は立ち上がって一緒に歌った。
"There's no one like you. I can't wait for the nights with you. ... "
ボーカリストの熱唱に、Erika はダンスで応える。
踊っている客は彼女一人。まるで Erika のためだけに、この店が在り、バンドが演奏しているかのように思えてくる。
曲が終わり、テーブルの間を舞うようにして戻って来る Erika に、"Hotel California" に登場する Janis Joplin が見えた気がする。
雨が強くなって来たので、国立公園事務所の建屋に入ってコーヒーを飲む。
Erika は、髪を茶色に染めて真っ赤な口紅を塗り、鮮やかな花柄のシャツにデニムのショートパンツを穿き、シルバーのペディキュアを塗った足に、インド風の装飾を施したサンダルを履いていた。
コーヒーカップを持つ左手には、銀のブレスレットが鈍い光を放つ。
昨年及び三年前と寸分違わぬ展開に杜子春を思い、Erika は鉄冠子が見せる幻影かもしれないと思う。
[Charng hai : ช้างไห้/Carabao] (1993) パーテームの壁画を配したアルバム
「 どこに行きたいですか 」
イサーンを回る当初の予定からは大きく変わったが、ヤソートーン再訪とパーテーム国立公園訪問とで、幼年期からの数十年を旅して来たと思う。
「 いちばん会いたいのは、 シンガポールに行っていて、会えなかったお母さんだね 」
ヤソートーン訪問は、幼年期の祖父母宅を訪ねることに等しく、Erika 叔父・叔母は祖父母、Ong と Ei は夏休みだけの親友 Show と Sub 、Erika 従妹の子は従妹 ...
おそらく Erika の母親に会うことは、幼少期の母か父方の祖母と再会することになるだろう。
「 ありがとうございます。またお母さんがいる時に来て下さいね 」
Erika は微笑むと、両手で私の手を握った。
慈悲深い Erika は尊敬に値する。
両手から伝わる善意を感じて、Erika のように性善説で生きたいと思う。
[ワット・マハータート,アユタヤ] (2007)
「 また憶えたのですね、凄いです 」
Nui 氏の白タクに乗って、パーテームの断崖で Erika が歌った歌を繰り返すと、隣席で Erika は比丘尼のように感心する。
昨年,三年前,そして横浜にいた頃と寸分違わぬ展開に杜子春を思い、Erika にとって私は、鉄冠子が見せる幻影かもしれないと思う。
-完-
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