わたしとジムは一緒に腰を下ろして、しばらく流れる川を見つめていた。
そのうち口を開いたのは、誘ったわたしじゃなくて、ジムの方だったの。
「あのときはごめんな」
わたしは驚いて、ジムを見つめた。
「何だよ?」
「アンタも素直に謝れるのね」
「オイオイ、そりゃねえだろ」
わたしとジムは、顔を見合わせて笑い合った。幸せだった。
「わたしもごめん」
わたしは笑いがおさまった空気に、ポン、とその言葉を置くことしかできなかった。情けないけれど。
ジムの顔は相変わらずはれ上がっていて、右目の真上にはコブができていた。いくら乱暴者とは言え、これはちょっとばかし可哀想に思えた。(半分はわたしのせいなんだけど。)
わたしは、少しマシューのことを考えた。クラスメイトの話によると、マシューは病院へ入れられて、すぐに治療を受けたらしい。今も入院中で、骨折してるからあまり動けないけれど、命に別状はないんですって。
マシューの無事が偶然だったとは思えない。ジムなら、マシューをひねり殺すくらい簡単にできたと思うの。だから、ジムは手加減してやったんじゃないかしら、とわたしは思うのよね。
「このあいだ、俺はマシューがとんでもなく嫌いになったんだよ」
ふいに、ジムがこぼした。彼を見ると、
「他のヤツらに…「もうモーリンのことは…好きじゃないのか」って聞かれてたんだよ、マシュー。マシューのヤツ…「どうしてあんな女と…付き合ってたのか分かんない」って言ったんだぜ」
と、言葉をところどころ切りながら話した。たぶん、言葉を選ぼうとして、慎重に話してくれたんだと思う。(全然、選べてないけど。)
「周りに話を合わせるためだったのかもしれないけど、それを聞いて、頭に血がのぼっちゃってさ。気付いたら、アイツになぐりかかってたんだよ。
でも、俺はお前にそれを説明しなかった。悪かったよ」
「ううん」
わたしは首を振った。そして、心から言った。
「ありがとう」
ジムは恥ずかしそうに笑うと、それを隠すように空を見上げて、
「あれ?今日は皆既日食か」
と言った。
わたしも見上げると、確かに月と太陽が重なり始めていて、辺りが暗くなりかけていた。
「面白いなあ」とジム。
「ハゲが二人いるみたい」
わたしがそう言うと、ジムは吹き出した。(言っとくけど、最初にハゲと皆既日食を一緒にしたのは、ジムよ!)わたしも、自分で言っておきながら吹き出してしまった。
わたしは、ジムの横顔を見た。彼は人の良さそうな微笑を浮かべて、空を眺めていた。
「ジムはいい人なのに、一体どうして不良なの?」
思わずそう聞いた瞬間、ジムの顔が見えなくなった。月と太陽が完全に重なったのね。
暗闇の中で、彼は鼻で笑ってこう答えた。
「不良で何が悪い?反抗こそ人間の全てさ」
「何を言ってるの?」
「いや、つまりな、いいヤツが不良じゃないって考えがおかしい、って言いたいんだよ。人やルールに従順なだけの優等生は、ほんとにいいヤツか?自由に楽しんで生きる不良は、果たしてほんとに悪いヤツか?」
彼がどんな表情でしゃべっているのか、今のわたしには分からない。
「反抗は悪いことか?俺はそうは思わねえな。自分に正直に生きてるんだぜ?俺は確かにいいヤツで、不良だよ。そこに何の矛盾もないね」
わたしは、何も言えなかった。
この人は、いつもそんな思いを胸に抱えながら、人に嫌われているの…?
何か返事をしなければと思い、わたしは口を開く。
「で、でも、自分に正直に生きる人って、本当にいい人なの?正しいことかもしれないけど、正しいことをしてる人はいい人なの?」
「さあな。実を言うと、それは俺にも分からない。その考えでいくと、「自分に正直に生きない、正しくない人」が優等生ってことになるだろ?「正しくない」って、一見不良のことを言ってるみたいなのに」
わたしは、また何も言えなくなってしまった。頭がこんがらがっちゃったの。まるで、答えのないなぞなぞを解いてるみたい…。
でも、ジムも答えを知らないんだから、そして、答えがないかもしれないんだから、何もムリして話す必要はないと思った。だから、ジムとわたしは沈黙を守ったの。
そして月と太陽は、だんだんと離れていった。ジムの微笑がようやく見えた。
〜第6章(最終章)に続く〜