第5章 ジムの言葉
 
 のすさまじい暴力事件から、数日経ったある日のことだった。わたしは自分から、ジムを河川敷に誘ったの。どうしてそんなことをしたのかは、今でも分からないけれど。

 わたしとジムは一緒に腰を下ろして、しばらく流れる川を見つめていた。


 そのうち口を開いたのは、誘ったわたしじゃなくて、ジムの方だったの。


「あのときはごめんな」


 わたしは驚いて、ジムを見つめた。


「何だよ?」

「アンタも素直に謝れるのね」

「オイオイ、そりゃねえだろ」


 わたしとジムは、顔を見合わせて笑い合った。幸せだった。


「わたしもごめん」

 わたしは笑いがおさまった空気に、ポン、とその言葉を置くことしかできなかった。情けないけれど。


 ジムの顔は相変わらずはれ上がっていて、右目の真上にはコブができていた。いくら乱暴者とは言え、これはちょっとばかし可哀想に思えた。(半分はわたしのせいなんだけど。) 


 わたしは、少しマシューのことを考えた。クラスメイトの話によると、マシューは病院へ入れられて、すぐに治療を受けたらしい。今も入院中で、骨折してるからあまり動けないけれど、命に別状はないんですって。 


 マシューの無事が偶然だったとは思えない。ジムなら、マシューをひねり殺すくらい簡単にできたと思うの。だから、ジムは手加減してやったんじゃないかしら、とわたしは思うのよね。


「このあいだ、俺はマシューがとんでもなく嫌いになったんだよ」


 ふいに、ジムがこぼした。彼を見ると、


「他のヤツらに…「もうモーリンのことは…好きじゃないのか」って聞かれてたんだよ、マシュー。マシューのヤツ…「どうしてあんな女と…付き合ってたのか分かんない」って言ったんだぜ」


と、言葉をところどころ切りながら話した。たぶん、言葉を選ぼうとして、慎重に話してくれたんだと思う。(全然、選べてないけど。)


「周りに話を合わせるためだったのかもしれないけど、それを聞いて、頭に血がのぼっちゃってさ。気付いたら、アイツになぐりかかってたんだよ。

 でも、俺はお前にそれを説明しなかった。悪かったよ」


「ううん」


 わたしは首を振った。そして、心から言った。


「ありがとう」


 ジムは恥ずかしそうに笑うと、それを隠すように空を見上げて、

「あれ?今日は皆既日食か」

と言った。


 わたしも見上げると、確かに月と太陽が重なり始めていて、辺りが暗くなりかけていた。


「面白いなあ」とジム。

「ハゲが二人いるみたい」


 わたしがそう言うと、ジムは吹き出した。(言っとくけど、最初にハゲと皆既日食を一緒にしたのは、ジムよ!)わたしも、自分で言っておきながら吹き出してしまった。


 わたしは、ジムの横顔を見た。彼は人の良さそうな微笑を浮かべて、空を眺めていた。


「ジムはいい人なのに、一体どうして不良なの?」

 思わずそう聞いた瞬間、ジムの顔が見えなくなった。月と太陽が完全に重なったのね。


 暗闇の中で、彼は鼻で笑ってこう答えた。

「不良で何が悪い?反抗こそ人間の全てさ」


「何を言ってるの?」


「いや、つまりな、いいヤツが不良じゃないって考えがおかしい、って言いたいんだよ。人やルールに従順なだけの優等生は、ほんとにいいヤツか?自由に楽しんで生きる不良は、果たしてほんとに悪いヤツか?」


 彼がどんな表情でしゃべっているのか、今のわたしには分からない。


「反抗は悪いことか?俺はそうは思わねえな。自分に正直に生きてるんだぜ?俺は確かにいいヤツで、不良だよ。そこに何の矛盾もないね」


 わたしは、何も言えなかった。


 この人は、いつもそんな思いを胸に抱えながら、人に嫌われているの…?


 何か返事をしなければと思い、わたしは口を開く。


「で、でも、自分に正直に生きる人って、本当にいい人なの?正しいことかもしれないけど、正しいことをしてる人はいい人なの?」


「さあな。実を言うと、それは俺にも分からない。その考えでいくと、「自分に正直に生きない、正しくない人」が優等生ってことになるだろ?「正しくない」って、一見不良のことを言ってるみたいなのに」


 わたしは、また何も言えなくなってしまった。頭がこんがらがっちゃったの。まるで、答えのないなぞなぞを解いてるみたい…。 


 でも、ジムも答えを知らないんだから、そして、答えがないかもしれないんだから、何もムリして話す必要はないと思った。だから、ジムとわたしは沈黙を守ったの。


 そして月と太陽は、だんだんと離れていった。ジムの微笑がようやく見えた。




 〜第6章(最終章)に続く〜