第3章 なぐり合い
ジムは、自分が行く所に必ずわたしを連れていった。わたしも、文句は言わずに彼についていった。
ジムは、クラスのどんな男子よりも目立っていた。
授業中に抜け出したり、サボったりするのは相変わらず。教師をおちょくるジョークが得意なところもね。ケンカは売りも買いもするし、すぐになぐり合いを始める。万引きなんかしょっちゅうよ。
オマケに、彼はわたし以外の女の子のパンツも下ろしたり、それから口説いたりするの。隣にわたしがいるのによ?既に彼氏がいるシンシア・テンプルトンまで口説いたんだから。まあ、ヤキモチなんか絶対妬かないけどさ…。
ジムはとんでもない不良青年だと町中で有名になって、わたしまで教師の目の敵にされていた。
そんなある日、ジムがケンカをしているといううわさが流れてきたの。わたしは、ああ、またいつものことね、って流そうとしたんだけど、そのときばっかりはビックリしちゃった。ろう下からこんな声が聞こえてきたの。
「マシュー!ジムなんかに負けるな!」
愛しい人の名前が聞こえたから、わたしはろう下にとび出した。見ると、確かにジムがマシューをねじ伏せて、二人とも血をしたたらせていた。
わたしはしばらく、ポカンと口を開けてそれを見ていることしかできなかったんだけど、やがてジムがわたしに気付いて、声をはり上げたの。
「モーリン!!」
わたしはビクッとなって、思わず一歩後ろに下がった。周りの野次馬生徒たちは、立ちすくんでいるわたしと、顔をはれ上がらせてさけんでいるジムを交互に見つめた。
「モーリン!!俺のモーリン!!愛してる!」
その情熱的なさけびに、わたしは耳まで熱くなってしまった。
「愛してる!モーリン!!俺のモーリン!!」
狂ったように同じことを怒鳴りながら、ジムはマシューに自分の体重をかける。
何か言おうと思って開きかけた唇からは、しかし熱い吐息しか出てこなかった。
マシューの顔が痛みにゆがんだ。それでもジムは、体重をかけ続ける。マシューの両うでを、反対方向にねじり上げながら。
やがて、ボキッ、という音がした。
「うわあああああ!!」
マシューの悲痛なさけびが聞こえる。
わたしはたまらなくなってジムに駆けつけると、必死でジムを引っ張った。
「やめて!もうやめて!ジム!!」
彼の名を口にした瞬間に、彼はわたしにキスをした。深い、深い、そのまま彼の中におぼれてしまいそうなキスだった。わたしは赤くなってもがいたけど、ムダだったわね。ジムは信じられないくらい強い力で、わたしをがしっと抱きしめて離さないの。まるで、河川敷で泣いたわたしを抱きしめてくれたときのように。
ジムの体温と汗と血が、わたしの方にも伝わってきた。ジムと合体して、一人の新しい人間ができてしまうんじゃないか。そう思えたほどだった。
どのくらいの時間が経ったか分からないけど、とにかくジムはわたしを離した。もしかしたら、すごく短い時間だったかもしれないけど。
そしてジムは、マシューの上からどいて彼をけりとばすと、ゆっくりと階段の方へ歩いていった。また、学校を抜け出す気でいるんだ。わたしにはすぐに分かった。
わたしは、マシューを見た。見るも無惨な姿で、ハンサムな顔は崩れ、ジムと同じように顔をはれ上がらせていた。血がしたたっているところもジムと同じだったけど、唯一違うところがあった。両うでの骨が折れていたの。
わたしは、気を失って倒れているマシューと、階段を下りていくジムを交互に見た。マシューを病院へ連れていけばいいのか、それともジムについていって学校を出た方がいいのか、それが分からなかったの。
他の人に聞いたら、間違いなく骨折して気絶しているマシューについているべきだろう、と言うでしょうね。わたしだってそう思うわよ。でも、おかしいのよね。わたしはジムを追いかけたの。
階段を下りるとき、なぜか涙があふれて止まらなかった。