さて、高校1年生になったあすなろまどかは、自分とは何か、人生をどんなものにしたいかを、より深く考えるようになっていた。

 

 

 そんな彼女に大きな影響を与えたのは、ビートルズとエルヴィス・プレスリーである。

 

 彼女はビートルズとエルヴィスに恋をしていた。恋と言っても、「ジョンかっこいい!」「エルヴィスと結婚したい!」という薄っぺらい気持ちではない。彼らの動き、歌声、生き方、そして音楽に心の底から痺れ、酔いしれ、そのリズムとともに彼らを愛したのである。初めは何かの合間に何となく聴いていたロックン・ロールが、バラードが、もはや「休憩」という形を崩し、まどかの「人生」そのものになりつつあったのだ。

 

 ビートルズとエルヴィスは、ゆっくりと、しかし着実に、まどかの人生に進出していった。朝起きても、夜眠りにつく直前も、まどかの頭には彼女の意思とは無関係にロックン・ロールが鳴り響いた。いつもどんなときも彼女の中にはビートルズがエルヴィスが、音楽が存在しており、それは彼女に常に興奮と刺激を与えていた。CDを回さないと落ち着かず、イライラして集中力が切れてしまう。1度頭の中で音楽が流れ出すと、もう止めることは不可能だ。まるで麻薬のようだ、こんなにあらゆる意味で強いものに出逢ったのは初めてだと、のちにまどかは語った。

 

 特にまどかはビートルズを愛し、こんなにかっこいい4人はいないと信じ込んだ。どんなにかっこいいクラスの男子も、ハンサムな先生も、ビートルズの前では、月の下にたたずむスッポンに見えた。

 

 彼女にとってロックン・ロールとは、セックスであり、ドラッグであり、死に方であり、生き方であり、そして魂であった。ひたすらに叫び、シャウトし、その素晴らしさに涙を流した。

 

 

 ロックに傾倒してゆく一方で、まどかの中にはもう1人、冷静で現実的なまどかがいた。現実的なまどかは、自分がこれからどのように生きてゆくべきか真剣に考えなければならないことを知っていた。そして現実的なまどかは、このような判断を下した。

 

 音楽の道には、絶対に進まない。

 

 彼女はロックと音楽を愛していたからこそ、心からエルヴィスとビートルズを尊敬していたからこそ、決してミュージシャンにはなるまいと決心していた。

 彼女は、自分がエルヴィスとビートルズにはなれないこと、彼らを超えるのは不可能なことをよくわきまえていた。そのあたりは、いたって普通の少女であった。

 まどかは次のように語る。

 

「叶わない夢はないとよく聞く。それは紛れもない事実だ。しかしそれは、「姑息な手を使う」「人間の寿命に限りがない」ことを前提としたときの話である。

 

 私がビートルズを超えるには、その2つの条件をクリアしなければならない。

 

 では、仮に私が姑息な手を使うとしよう。それはタイム・マシンを造り、過去に戻り、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴを殺害し、私がビートルズの213曲を書いたことにするというものだ。ビートルズが存在しない世界なのだから、そこでは音楽面で私を超えるものは存在しないということになる。ちょうど、そう…映画「イエスタデイ」のような世界線だ。

 

 タイム・マシンを造るには、膨大な勉強量と時間とお金が必要になる。おそらく私のオツムでは、私が生きている間にそれを完成させることは不可能だろう。

 

 それを可能にするには、「私の寿命に限りがない」ことが必要になってくる。不死身になれば、いくらでも時間はある。たくさん勉強して、たくさんお金を稼いで、タイム・マシンを造り、過去に遡(さかのぼ)ればいいのだ。

 

 …そう、このように、私がビートルズ、あるいはそれ以上の存在になるには、その2つを実行するほかないのだ。しかし私は姑息な手など使いたくないし、何より私は人間なので寿命に限りがある。だから私の「ビートルズを超えたい」という夢は叶いっこないのだ。

 

 いくら遠い雲が目に映っていても、それを掴むことはできない。それと同じだ。ビートルズは雲のようなものだ。しかし雲と違って、ビートルズ…ポールやリンゴは人間なので彼らに触れることができる。近付けば、彼らの手を握ることができる。だから、「ビートルズは雲ではない」と勘違いしてしまうのだ。結果、ビートルズに届く、ビートルズを超えられると思い込んでしまう。それが、ビートルズが雲よりもヤッカイなところである。」

 

 彼女は「もしもミュージシャンを目指すなら、1番になりたい」と思っていた。しかし1番はビートルズであり、それを覆すことはできない。1番になれなくてもいいから、2番目でもいいからミュージシャンになりたいと言うのならば、それは可能である。が、彼女はそれを大いに嫌がった。故に、彼女は音楽の道を絶対に選ばなかったのである。

 

 ビートルズになれなかった彼女は悔しがり、泣きながら1本の詩を書き上げた。それが当ブログにも掲載されている、「ビートルズになりたい」である。彼女は「ビートルズにはなれない、私は私として生きていくしかない」と想いを吐き出し、ミュージシャンの夢への未練をバッサリと断ち切った。

 

 

 前を向いたまどかは、新しい夢を探し始めた。もちろん、ただ単に食べていくためだけの夢ではない。自分が1番になれる、かつ自分にしか叶えられない夢、自分にしかできない仕事である。

 

 そしてまどかは、その第一歩を踏み出せるかもしれないものを、2つ見つけ出した。

 

 しかし、彼女はロックン・ロールを捨てたわけではなかった。ミュージシャンへの夢は捨てても、まどかとロックを切り離すことはできなかったのである。

 

 

 

 

 

 第9章「ビートルズ・ダウンタウン期」に続く。

 

 

 

 ※この伝記は頻繁に加筆・修正されると思われます。