セナのこと
もう「歴史」となってしまった感のあるセナの存在ですが、
私の中では、いまだにEver Lasting Heroです。
最初はあまり彼のことは好きではありませんでした。
88年も、どちらかといえばプロストのほうをひいきにしていたくらいで・・・
でも、あの89年・・・
あの濃厚な1年を通して、私は彼に強く惹かれることになったのです。
彼の回顧録によく出てくるキリスト教との関わり-
鈴鹿ウィニングランのスプーンコーナーで神を感じた、
聖書を常に携帯していた、などよく言われる話ですが、
私は、彼がある司祭から譲り受けた聖書に、
「あなたのハンドルを神に委ねなさい」と書かれていた、
というエピソードが好きです。
私はキリスト教信者ではありませんが、彼の宗教性の探求に関することは
興味深く思っています。
こうも言ってたなぁ・・・
「そこに王国があるのはわかっている」
「そこ」とは自分の能力の限界の分水嶺の先にあるもの、
ということでしょうか。
少し研究が足りないので、またここでupdateします。
彼が現代に何を残したのか、その検証はまたいずれ。
私の中では、いまだにEver Lasting Heroです。
最初はあまり彼のことは好きではありませんでした。
88年も、どちらかといえばプロストのほうをひいきにしていたくらいで・・・
でも、あの89年・・・
あの濃厚な1年を通して、私は彼に強く惹かれることになったのです。
彼の回顧録によく出てくるキリスト教との関わり-
鈴鹿ウィニングランのスプーンコーナーで神を感じた、
聖書を常に携帯していた、などよく言われる話ですが、
私は、彼がある司祭から譲り受けた聖書に、
「あなたのハンドルを神に委ねなさい」と書かれていた、
というエピソードが好きです。
私はキリスト教信者ではありませんが、彼の宗教性の探求に関することは
興味深く思っています。
こうも言ってたなぁ・・・
「そこに王国があるのはわかっている」
「そこ」とは自分の能力の限界の分水嶺の先にあるもの、
ということでしょうか。
少し研究が足りないので、またここでupdateします。
彼が現代に何を残したのか、その検証はまたいずれ。
三宅アナ
ホンダも撤退して、ご老体ひとりが元気な今のF1ですが、
里奈さんつながりで、ちょっと三宅アナのことを思い出しました。
フジテレビが中継を始めたのが87年、それから93年までの間のレースで、
ここぞ、というゲームの中継に三宅さんは数多く立ち会っておられました。
91年のブラジル、92年のモナコ、93年のドニントン、とくれば
ファンの方なら「あなたセナのファンでしょ」とのたまわれるはず・・・
はい、そのとおりです・・・
これらのゲームは全て三宅さんの実況でした。
セナの追悼セレモニーの時、三宅さんが
「セナの存在が自分をスポーツ実況アナウンサーとして
ひとつ高いレベルに引き上げてくれた」
という意味合いのコメントを話しておられたと記憶していますが、
それは当時の実況放送を見ればよく伝わってきます。
これは私の想像に過ぎませんが、
91年のブラジルの、あのセナの「産声」を聞いてから、
三宅さんの中にも何かがおこったのでは・・・なんて、
失礼しました。
それにしても92年のモナコは、エネルギーがほしいときによく見ます。
ゲームの内容もさることながら、実況もコメンタリーも一体となった放送は
圧巻です。
こういうゲームが最近はほんとに少なくなってしまいました・・・
三宅さん、もう一度F1実況していただけないかなぁ・・・
里奈さんつながりで、ちょっと三宅アナのことを思い出しました。
フジテレビが中継を始めたのが87年、それから93年までの間のレースで、
ここぞ、というゲームの中継に三宅さんは数多く立ち会っておられました。
91年のブラジル、92年のモナコ、93年のドニントン、とくれば
ファンの方なら「あなたセナのファンでしょ」とのたまわれるはず・・・
はい、そのとおりです・・・
これらのゲームは全て三宅さんの実況でした。
セナの追悼セレモニーの時、三宅さんが
「セナの存在が自分をスポーツ実況アナウンサーとして
ひとつ高いレベルに引き上げてくれた」
という意味合いのコメントを話しておられたと記憶していますが、
それは当時の実況放送を見ればよく伝わってきます。
これは私の想像に過ぎませんが、
91年のブラジルの、あのセナの「産声」を聞いてから、
三宅さんの中にも何かがおこったのでは・・・なんて、
失礼しました。
それにしても92年のモナコは、エネルギーがほしいときによく見ます。
ゲームの内容もさることながら、実況もコメンタリーも一体となった放送は
圧巻です。
こういうゲームが最近はほんとに少なくなってしまいました・・・
三宅さん、もう一度F1実況していただけないかなぁ・・・
