「デカさん」 といえば・・・
オリックス → ヤクルト 高橋 智 さんです。
小さな頃から水代わりに牛乳を飲んでいた高橋さん。身長は194cmまで成長。
1984年 神奈川県にある向上高校から、ドラフト4位で阪急ブレーブスに入団。背番号は「52」
入団2年目からウエスタンリーグで投手と平行し、野手として36試合に出場。
1986年に、現役を引退した広島→阪急 水谷 実雄コーチの薦めで野手に専念徹底的に鍛えられます。
1990年 松永 浩美選手からの助言で、バッティングが開花。
1991年は本塁打を23本記録。ホームランバッター ブーマーの背番号「44」を引き継ぎます。
1992年はキャリアハイの29本塁打を放ち、ベストナインに選ばれます。
その後は、イチロー選手、田口 壮選手などの活躍もあり、出場試合数を減らします。
1995年、1996年に日本シリーズに出場したものの、ノーヒット。
そして、1998年
松元 秀一郎選手との交換トレードでヤクルトスワローズへ移籍。
1999年に、開幕から26試合で10本塁打を放ち、復活。91試合に出場。2000年も故障者のカバーをする活躍をします。
2001年 同じ代打の池山 隆寛選手の影に隠れ、35試合出場1本塁打。戦力外通告を受け、引退されました。
移籍直後のヤクルトスワローズのキャンプで、ユニフォームが間に合わず、190cm 95kgだった、ヘンスリー・ミューレンのユニフォームを着たものの、「小さかった」そうで笑
そんな縁か、現役最後の応援歌は、ミューレンからの流用
勝利の女神が微笑む♪ スタンド揺るがす一振り♪ 狙え智♪ ぶちかませ♪
どこかでみたことのある歌詞かもしれませんが、今のウラディミール・バレンディン選手の曲だったんです。
今でもバレンティンの応援歌を聴くと、高橋 智さんを思い出します。