仕事で一日中パソコンをいじっているためか、自宅でもパソコンを開く気になれず、アメーバピグもすっかりご無沙汰である。
最近のニュースは、年末に元妻のために奔走したことが、成果となったことだ。困窮していた彼女に行政からの支援が決まった。ひと安心である。
今一番の懸案事項は自分の大腸内視鏡検査の件。来週検査だが果たしてどうなることやら。
今日 は初出勤だった。
帰宅後にホッとしたためか、疲れがどっと出た。
いつもより遅く彼女と風呂に入り、夕食を摂る。
その後すぐに寝室で横になるけれど疲れすぎたのか眠れない。
帰宅後にホッとしたためか、疲れがどっと出た。
いつもより遅く彼女と風呂に入り、夕食を摂る。
その後すぐに寝室で横になるけれど疲れすぎたのか眠れない。
病気のために全く働けなくなった先妻。
外出も出来ずに薄暗い部屋で寝たきりの生活を送っている。
会社に籍はあるものの、長期の休業で傷病手当の支給はなくなった。
会社からは退職を勧められている。
退職金は出るらしいが、組合からの借入への返済にほとんどが消え手元には僅かしか残らないとのこと。
失業保険も自己都合での退職をせまる会社だから、給付金は失業してから3ヶ月後に支給となる。
しかも、薄給のため貰えたとしても、微々たるもの。
今日明日の生活に困っている状況で、ようやく本人を連れて福祉事務所を訪れた。
既に私が代理人となって相談済みで、その時に生活保護を申請するための様々な必要書類の説明は受けていて、それらを全て携えての面談である。
面接官から本人にいくつかの質問の後に、私は持参した資料を提出し、彼女が働けない状況で生活に困っていることを説明した。
私が代理人で訪ねた時は、少なからず者に構えた面接官だったが、明らかに精気がなく目の焦点も虚ろな本人を前にして、ヤバいと思ったのか、真剣に対応してくれた。
直帰3ヶ月の給与明細書を提示したところ、それら全てがマイナスの支給額であることを知った面接官が、思わず笑ったのを私は見逃さなかった。
ここは笑うところではないだろうと感じつつ、これで生活保護の申請は受理されるだろうと確信した。
自己破産の件も、弁護士により並行して処理中であることも説明した。
申請のために持参した資料一式を持って、退席した面接官。
かなり長いこと待たされ、再び登場した。
彼女に手元にある金は幾らか尋ねた後に、生活保護の支給額から返済してもらうけれどとの但し書き付きで、幾ばくかの現金を貸して貰えることとなった。
その後、今後彼女を担当する職員を紹介され、家庭訪問日の調整をした後に、ようやく福祉事務所を後にした。
長い一日だった。
私は精根尽き果てた。
でも、これで借金地獄から解放され、働けない身で日々の生活に困ることもなくなった先妻を思い、ホッとした。
暗雲立ち込めるなかに一筋の明かりが射してきたような思いである。
外出も出来ずに薄暗い部屋で寝たきりの生活を送っている。
会社に籍はあるものの、長期の休業で傷病手当の支給はなくなった。
会社からは退職を勧められている。
退職金は出るらしいが、組合からの借入への返済にほとんどが消え手元には僅かしか残らないとのこと。
失業保険も自己都合での退職をせまる会社だから、給付金は失業してから3ヶ月後に支給となる。
しかも、薄給のため貰えたとしても、微々たるもの。
今日明日の生活に困っている状況で、ようやく本人を連れて福祉事務所を訪れた。
既に私が代理人となって相談済みで、その時に生活保護を申請するための様々な必要書類の説明は受けていて、それらを全て携えての面談である。
面接官から本人にいくつかの質問の後に、私は持参した資料を提出し、彼女が働けない状況で生活に困っていることを説明した。
私が代理人で訪ねた時は、少なからず者に構えた面接官だったが、明らかに精気がなく目の焦点も虚ろな本人を前にして、ヤバいと思ったのか、真剣に対応してくれた。
直帰3ヶ月の給与明細書を提示したところ、それら全てがマイナスの支給額であることを知った面接官が、思わず笑ったのを私は見逃さなかった。
ここは笑うところではないだろうと感じつつ、これで生活保護の申請は受理されるだろうと確信した。
自己破産の件も、弁護士により並行して処理中であることも説明した。
申請のために持参した資料一式を持って、退席した面接官。
かなり長いこと待たされ、再び登場した。
彼女に手元にある金は幾らか尋ねた後に、生活保護の支給額から返済してもらうけれどとの但し書き付きで、幾ばくかの現金を貸して貰えることとなった。
その後、今後彼女を担当する職員を紹介され、家庭訪問日の調整をした後に、ようやく福祉事務所を後にした。
長い一日だった。
私は精根尽き果てた。
でも、これで借金地獄から解放され、働けない身で日々の生活に困ることもなくなった先妻を思い、ホッとした。
暗雲立ち込めるなかに一筋の明かりが射してきたような思いである。
