満たされぬ思い | アラフォー霊能者 滝沢洋一の備忘録

アラフォー霊能者 滝沢洋一の備忘録

リラクゼーションサロン『竜の棲む家』オーナーセラピスト兼霊能者です。
鑑定歴は二十年以上、年間数百人以上の方を鑑定して予約サイトCoubicでは5.0の口コミ評価を200以上頂いています。


「・・・・幸せになれ、もう2度と戻ってくるな」
「ありがとうございます、幸せになります」
「では影鷹様、そろそろ・・・」
鋭い目付きを頭巾で隠した、異形のものが促した。
「頼むぞ、これが最後の仕事となろうぞ」



「影鷹、お主祝言(結婚式)を上げぬか」
口の端をあげ、機嫌良く話しかけるときほど良いことはない。
それは決して浅くはない付き合いでわかっていた。
周囲に控える重臣たちも驚きを隠して、対峙しているのが良くわかった。
「お断り致します、と申しき義ですが、若殿のご進言とあらば・・・」
周囲の者達のどよめきが振り向くことなくわかった。
この殿を若殿と呼ぶのはもはや私を除いて皆無に等しい。
同時にこのような戯れ事を言うのはどのようなことか?
これも知り抜いている者はもはや私をなきものとして知るものは少ない。


「何用でございますか!」
耳に響く声が襖の間(注:控え室)を通り越して聞こえてくる。
これは相当にやり込められるぞ・・・・。
「何用にて、あのようなどこの者とも知れぬ者との婚儀を勧めさせたのですか!
「そう騒ぐな、奥よ」
若殿の宥めるような声が聞こえてきた。
表向きは泰然自若して常に揺るぎなき姿を見せている若殿だが、奥殿(注:奥さん)に対しては『甘すぎる』ことを知っているものは、もはや私を通さずして知るものは少ない。
「影鷹は道場主、それを差し置いても父上と気心が知れた仲にあったもの。
いわば重鎮なるぞ」
驚いた、そのような言葉をあの若殿が口にするとは・・・。
人は見かけにはよういえずと言うのは、誠であったか・・・。
「とはいうてもあの者はどこぞの者とも知れぬ者。
血筋確かなものではなきものが私どもの側女(親しい人、側近あるいは信頼がおけるもの)を娶るなどとは!
納得がいくものではありませぬ!!」
「そうは言うてもなぁ、奥方殿」
眼も当たられぬ・・・この言葉が出る時は情に訴えて抑える手段の時であるからのぅ・・・。
「影鷹は神剣を所持し、我が家の指南を務めておる。
多くの門下生に慕われておる者の一人であるのだぞ。
確かに家柄は誇るべきものなど何もないが、それでもお国の為、民人の為と日々奔走しているではないか」
「それは・・・確かに、言われましても・・・」
それ故に何ぞ褒美を取らす意味でも幸を願うのは良い事ではないか?
1人やもめでは何かと困るもの、先だって怪異の始末の際に女人との間で揉め事があったと聞く。
そういった意味でもあの者の手綱を持ち、いざという時に傍で収めるものがいれば困るものではあるまいて」
「確かに、そうではございますが・・・・」
酷い言われようもあったものだ。
傍にあって制御する女人など、誰をもっていると思われるのか・・・。
とはいえ、ここは仕方があるまい、ここで責を追従しても良きことはない。
我が身の保身だけならばいざ知らず、若い者達に対してなんら責が参るようなことはしてならぬわ・・・・。
影鷹が黙っていると、突然襖が開いた。
そこには笑みさえ浮かべた者が立っていた。
「影鷹、ちとこい!」
黙っていれば良い事なのに・・・この若殿は・・・。
儂が襖の間に控えていることをわかっていて、修羅場に引き吊りこんだわ。
「・・・・して、どのようなご用向きでございましょうか」
あえて凄んでみせた。
この程度の仕置き、しておかねば後々に禍根を残すというもの。
それにこの程度で怯むほど、この女人は肝が据わっていないわけではない。
「聞いておったに白々しい!」
やはり肝が据わっている、手加減したとはいえ儂の気迫に対して八つ当たりじみた声をあげるとは、中々に肝が据わった女人だ。
「殿より祝言を上げるとのこと、誰かと思うておるのですか!」
「はて、奥方殿にこの影鷹、あえてお伺い申す・・・その婚儀、如何なる方か存じ上げなければ成し得ぬものでありましょうか」
世の者達は対面したその時まで婚礼の儀の相手がどのような者か?知らぬことなど当たり前というもの。
若殿と奥方殿との婚儀に至っても、そのように行われたと耳にしておる。
それを棚に上げて責を問うなど甚だしく笑い草よ。
「私の側女と知っての狼藉か!」
やれやれ・・・若殿よ、これはちと『苦言』を据えねばなるまいよ・・・・。
このようなことであれば断りの口上を述べておったに・・・・。



「これなるは如何なる仔細がありましょうや」
「そう責めるな、影鷹。
これなるは事情があるのだ」
「その諸事情とやらを『是非に』伺わせて頂きたく存じます」
怒りのあまり、知らず知らずのうちに身を一歩乗り出して聞き伏せた。
ここまで行うのは随分と久しい。
「うむ、側女の1人でいたく可愛がっている女を知っておろう」
「···お手を出されたのですかな?」
「そのようなことはしておらぬ!
しておったら奥めに何を言われることやら···」
心底震え上がったかのように言葉を紡いだ。
全く、女子というものはかようにもここまで男を狂わせるものなのか··
「ではなんぞ?」
「あの娘、実はな···好いた者がおるようなのじゃ」
「···それはまた」
これは参ったな、まさかそのようなことがあろうとは····。
「そうじゃ、側女の者が主たるものを差し置いて好いた者との生を望むなどあってはならぬ」
確かに····側女を務めるものはほぼ例外なく、主たる者がその婚儀を決める。
多くは有望な者に下し与えることでお家の大事をなくすことを望む
ましてやあの奥殿のことだ、己の意を汲むものに側女を嫁がせて翻意を翻す気をなくそうとすることなど、造作もないこと。
「しからば此度のこと、やはり仮祝言であると···」
「影鷹、お前には心より奥にと願った者があるであろう?」
にやりと笑った。
嫌な笑顔ではないが、それでも気に食わない。
「確かに彩乃と彩女という二人の奥を願ったことがこざいます、ですがそれが此度の事と何か関わり合いがありましょうざ」
「お主が奥を娶りたいと思うのならば、今までに幾度となく奥となるものはおろうぞ」
まったく、敵わぬな····。
我が心に二人の奥以外には何者も得られぬ、阻めぬということを存じているらしい。
「しからばご本命、承りましょうぞ。
その者ら、亡き者として逃がせと···」
「うむ、争いを好むところではない」


「では頼むぞ」
「・・・・かしこまってございます」
人目が付かぬように金子のやり取りをし、素早くその場を離れる。
このような行いを何度遂げたことか・・・。
「影鷹様」
「茶と紅梅をもらおうか」
「・・・・はい!」
不安げな顔で馴染みの茶屋娘が声を掛けてきた。
ここで幾度となく密事を行ってきたが、そろそろ限界か・・・・。
「旦那、またですかぃ」
「ああ、まただ」
それだけで茶屋の主とは話が通じる。
先に出されていた茶をすすると、紅梅(注:焼いた餅)がくるのを待った。
「町娘を鳴かせるのも大概にしなすって、そのうち親達に心底憎まれますぜ」
「はは、そうだな」
忠告を聞き入れて、そろそろ終わりにしたいものだ・・・・。
「では、置いておくぞ。
ありがとう」
代金を置くと立ち上がった。
「さて、若殿を懲らしめなくてはな···」


「影鷹様、殿へのお目通りですか?」
「様はよせ、何度言ったらわかる」
奥への取次を担う若者に心底嫌そうな顔で苦言を呈した。
何度言われようと様扱いされるのは慣れぬ、いっそのこと道場主を固辞するべきか···。
「おう、影鷹。
殿への目通りとは、なんぞ良いことでもあったのか?」
笑いながら声をかけてくる者は今となっては少ない。
かつての儂を知る者は今でもこうして気軽に声をかけてくれる。
「そんなものだ、此度若殿の進言にて祝言を上げることになってな」
「祝言だと!お前が?!」
やれやれ、これでまた蜂の巣を突いた騒ぎになるな。
やれ、仕方がない····。
「目通りを願えるか」
「お前ならそのようなことをしなくとも···」


「小夜、この者が此度お前と祝言を上げることになる影鷹だ。
面を上げなさい」
伏して顔を上げようともしない小娘に、優しい声で促した。
年の頃は14、15か。
やれやれ、これではまた悪名が広がるわぃ···。
「影鷹様、お初にお目にかかります」
鼻筋がすっと通り、整った小顔は確かに美しいものだった。
これでは若殿が進めるのはわかるわぃ···。
40男にこのような小娘が嫁げばどのようなことになるのか?
目に見えてわかるわ····。
「···歳は?」
「17にございます」
意志の強い、はっきりした物言い。
美人に簪が似合う小面、これではあの奥殿がどのようなことをするのか···目に見えてわかるわ。
「さて、小夜殿と申したか。
此度縁がありこの影鷹と祝言を上げることに至ったが、異存はあるまいか」
あえて厳しく問い詰めたのがわかったのだろう。
若殿が楽しそうに視線で笑った。
「····はい、異存ございません」
「お家の大事とあらば側殿を娶ることになることも、またご納得いただけようかと···」
「武家のこと、万事心得ておりまする···」
なんとまあ、芯の強い娘よ。
内心はともかく、己の有り様を頑として譲る気はないらしい。
「···では問い質そうか、子を身籠っておるな」
「まことか、影鷹!」
小夜の顔が蒼白になっていった。
この顔をみればすべて物語っているというもの。
「なぜ、おわかりになったのですか···」
蒼白な顔で気丈に振る舞った。
「なに、白刃の雷光が教えてくれたのでな」
嘘偽りはない。
傍に赤子の魂が来ていることを、白刃の雷光は静かに輝いて守っていた。
母となる者の身を案じてきていること、それに対して神剣白刃の雷光が鋭く輝いて守っていること。
これを勘案すれば此度のこと、おいそれと理由がわかるというもの。
「して、如何する? 
それでもなお、この影鷹を騙して祝言を上げるか?」
あえて厳しい目で問い詰めた。
若殿が慌てているが、後ほど話せばわかろう。
「····申し訳ございません、心を通わせた者がおります」
「····やはりのぅ、武家見習いの娘が願い出るようなことではないわ」
優しく笑った。
人を安堵させる笑顔だった。
「どうせあの奥殿より婚姻の話が進められ、進退窮まってこの影鷹の噂を聞きつけて若殿に願い出た。
そのようなところであろうよ」
町娘の知恵などたかが知れておる、なによりあの奥殿に迫られたら否と言える者など城下合わせて如何ほどいるものか···。
「···見抜かれておったか」
「見抜かれておったか、ではありますまいぞ、若殿。
この悪名高き影鷹に此度のような話を持ちかけること、まず何かあって然るべきと疑ってかかるは必定と言うもの」
まったく、この若殿は····大殿がおられた時よりなんら変わらぬわ。
「して、受けてくれるか?」
「また悪名が広がりましょうなぁ、娘親たちにはさぞかし恨まれましょうぞ」
「···影鷹様」
「泣くな、女子が泣くのは慣れておらぬ…どうにも扱いが困る故にな」
「お主の女の扱いはあいも変わらずだのぅ。
下手すぎるわ」
「若殿!」


影鷹の予想通り、城内は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
大方は40を過ぎた男にどのような者が好き好んで嫁ぐか!
即座に離縁されると言う声と、まだ婚儀に及ぶどころか浮いた縁さえない者たちの怨嗟と怒声が響いていた。
ごく一部の者はまた影鷹の悪い癖が始まったわいと、人の悪い顔で笑いながら話し合っていた。


祝言当日


「では手筈通りに」
「万事抜かりなく」
頭巾に顔を隠し、鋭い目で自分を見る者に対して声をかけた。
「さりとて、影鷹様もいい加減になさっては如何ですかな?
我らは金子で如何なる汚れ仕事をも行うものですが、婚儀を決めた者を逃すなどとんと聞いたことはございませぬ」
「性分だ、仕方があるまい」
「····長き付き合いとなりましたが、これが最後でしょうな」
「そうだな、これがおそらく最後となろう」
軽く目を閉じた。
「もはや会うことはあるまい、お互いにな」
「·····そのように願いましょう」



「・・・・幸せになれ、もう2度と戻ってくるな」
「ありがとうございます、幸せになります」
「では影鷹様、そろそろ・・・」
鋭い目付きを頭巾で隠した、異形のものが促した。
「頼むぞ、これが最後の仕事となろうぞ」
馬に乗った花嫁姿の女に一瞥した。
その傍には町人に身を変えた若い侍が眼光鋭く己が花嫁を守っていた。
「案ずるな、この者らは金で行う仕事に関しては信のおける者たちばかり。
お主が案じるようなことは決しておきまい」
笑って話しかけた。
「····影鷹様」
「うん?」
「····噂は、真でございましたな···泣く娘を逃がし、婚儀を破談するという···」
「なんじゃ、そのことか。
儂には綾乃と彩女という二人の奥がおる、これ以上ない奥方殿がな。
故にこれ以上、女を娶るようなことはせぬ。
あの二人に何を言われるかわかったものではないからのぅ」
笑った。
その笑顔は一点の曇りないものだった。


「万事、抜かりなく済ました」
「うむ、ご苦労であったな」 
奥座敷のさらに奥、城主その人しか立ち入れない奥座敷に、影鷹と城主が酒を酌み交わしていた。
ここは密議を行う際にのみ使われる場所。
それ故にその存在を知る者は限られていた。
「小夜と申したあの娘には亡き者として葬らせて頂きました。
小役人であった婿殿には新しく仮の身分を与えて遠国に逃しました
「うむ」
そっと、空になった盃に徳利で酒を注いだ。 
城主自らの酒だった。
「····一仕事したあとの酒は美味いですなぁ」
「稲荷様は如何様に?」
「宇迦殿のことですかな?
あの方はお一人で。
交わることは好まぬと」
風変わりなことよ····宇迦殿のことを気にされるとは···。
まあ、人であらば気にするものか···。
「お主、何を考えておる?」
「宇迦殿と後ほど話を致しますよ、お近くにおりましょうからなぁ」


「影鷹」
「お待ちしておりましたよ」
粋な着流し姿に剣を帯び、手には刀を持っていた。
「受け取れ、お前の刀だ」
ひょいと、刀を放り投げた。
「白刃の雷光、まだ手放せませぬなぁ···」
「····手放せるものか、お前の刀だぞ」
雲一つ無い月夜だった。
遮るものはない月明かりの中、1人と人ではなき者達が連れ添っていた。
「あの者たち、幸せになれましょうや」
「お前次第だな、手配したのではないのか」
「手は尽くしましたが、女人の恨みは恐ろしいものですからなぁ···」
言って笑った。
悔しがって騒ぎを起こし、若殿に厳しく窘められたと聞く。
あの奥殿のことだ、若殿のお言いつけを無視してあの娘らの行く末を探し当てようとしても、なんら不思議ではない。
「お前はなんとする?」
声をかけられて、物思いから引き戻された。
「さて、なんとしましょうか···いっそのこと出奔してまた諸国を放浪致しましょうや」
「できぬことは言わぬことだな」
ぴしゃりと、嗜められた。
「お前はあの者との約定を律儀に守っている。 
何があってもその約定に背くことはあるまい?」
「···宇迦殿には隠し立てできませぬな」 
破顔すると、独り事のように呟いた。
「綾乃と彩女、二人と共にこの地にて過ごせることができるのならば望外の幸せであったことでしょうな。
それが叶わぬゆえ、このような仔細を行っているのやもしれぬ」
「····娶るか?
今のお前なら幾らでもいようぞ」
「稲荷の総領、宇迦御霊神殿らしくなき言葉でございますな。
そのようなことは致しますぬよ、なによりこのような爺に嫁ぐ物好きなものはまずおりますまい。
故にこのまま独り身でおりますよ」
「満たされぬ想いを抱えていくか···お前らしい」
「····」
「いずれかの時にまた会うとしよう、今宵は戻るとする」
「では見送りましょう、此度のこと、ご尽力有り難く存じます」