「もう良いだろう」
「いや、まだもうちょっとかかる」
「この馬鹿!いい加減にしろ!!」
あの世とこの世を遮る門には今日も大勢の者達が詰めかけている。
この場では肌の色も思想の違いも関係ない。
あるのは等しくこの世での生を終えて再び輪廻の道へと戻って旅立つことだけだ。
「は~い!そこの人達!もうちょっとかかりますからね、割り込みはしないで下さい!!
そこ、お茶を飲みながら麻雀を始めないで下さい!」
絶えず怒声(発狂?)が途絶えずにいる光景は見慣れた者にとっては最早気にすることもない光景だ。
「・・・相変わらずだな」
「そんな呑気なことを言っているのなら手伝って下さい!
はい、そこ!割り込みしない!
順番を守っていればちゃんといけますからね!!」
特製の武器(棘が幾つも付いた棍棒)を肩に担ぎあげ、あえて見る者が震え上がる程の狂暴な笑みを浮かべた巨人(獄卒)が、この世での旅を終えた者達の行列の中を威嚇するかのように歩いて行く。
騒ぎ立てる者達に対して、情け容赦ない威嚇の一瞥と武器を素振りをして、騒ぎを起こそうとする者の抵抗心と意志をへし折っていく。
「相変わらずだな、いい仕事をしている」
「御身も手伝ったらどうですかな?」
「遠慮しておくよ、迫力が足りない」
「はは、確かに」
柔和な笑みを浮かべながら、触れれば斬れる抜き身の刃のような目で問いかけた。
「・・・御身ならばできるのではありませぬかな、・・・・殿」
「神炎でも使ってか?
それとも暗褐色でも抜けばまぁなんとかなるだろうけど・・・」
困ったように答えた。
「それよりもこんなところで暇を持て余していいのか、雷光(注:源頼光)殿。
それこそ御身は第七層にて忙しいのではないのか?」
「その第七層より御身がなにやら大事をやるから見て参れとの仰せでしてな」
「ちょっとばかり派手にやるだけだ、何をまた・・・」
頭を抱えたように、溜め息混じりに呟いた。
「そのちょっとがまた・・・さて、行きましょうかな」
促されて、馬に乗った雷光と共に歩き出した。
「ところで今回はどのような行いを?」
「東日本大震災で津波に飲み込まれた者達の鎮魂を行ってな、その者達が迷わぬように送り届けるようにするだけだ」
「惨事と聞いておりますな、それをどのように鎮める気で?」
「なに、ちょっとばかり無茶をしようかと・・・」
「・・・・剣を抜かれるおつもりか?」
「竜王を使う気はないよ、ちょっとばかり無茶をするだけだ」
懸念を示す相手に対して、なんともないように言い放った。
「まったく、御身はどこまでも己が身を気にされぬなぁ。
あの娘の運命を変えるに数十年に及ぶ己が天命を削ったと聞き及んでおりますぞ」
「大したことではないよ、では始めるかな・・・」
言うと、刀身に明けの明星の輝きを纏う剣を抜いた。
「さてはて、どこまでできるやら・・・・」
「もう良いだろう」
「いや、まだもうちょっとかかる」
「この馬鹿!いい加減にしろ!!」
亡者さながらとも言うべき姿で群がってくる。
それらを引き受けながら、剣は輝きを有している。
「東日本大震災でなくなった奴らの鎮魂の総仕上げをするにはもうちょっとな・・・」
真紅の血で染め上げたかのように、剣が赤く染まっていく。
「罪穢れ諸々の悲しみ苦しみいくあくたの願い、それら一切合切を消し去るにはもうちょっとかかる」
「どこまで無理をする気だ、いい加減にしろ!」
握り締めた柄が血で染まり、ズタズタに切り裂かれた腕から血がポタポタと流れ落ちていく。
その血で染め上げたかのように、剣はさらに輝きを増していく。
「もう一息で終わるよ、それにしても・・・厳しいな、あちらにて生きる者達の思いは断ち切って来たのだが・・・」
顔から血が引き、蒼白になり始めていた。
明らかに大量の血が流れている証拠だった。
「生きたいと願う人の思いは重いものだな、ここまで酷いとは・・・」
「・・・当たり前ですな、みな生きたいと思う執着は激しいですからな」
覚悟を決めたかのように、腰に帯びている刀の柄に手をかけた。
いつでも抜けるように、微かに抜いた。
「そんなことをしなくても、もうすぐ終わるよ。
苦しみ悲しみいと断ち切り、道を開かん」
微かに笑うと、声を張り上げた。
「十二の神剣持ちて道開けし、このものかのもの者たち、受け入れられよ」
剣が暗褐色の輝きを帯び始めた。
「いと高き御方、いまここに受け入れられし」
明けの明星と暗褐色の2つの輝きが螺旋に舞い、剣がその二つの輝きを帯びた。
「さて、仕上げといくか。
地蔵菩薩召し上げませ」
上段から下段に剣を振り抜いた。
「まったく、無茶をする御仁だ」
「はは、少しばかり効いたな・・・」
「菩薩様方をお呼び立てするためになにもそこまでしなくとも」
「少々の無茶はしないとね、なあ地蔵菩薩」
錫杖を片手に持ち、粗末な袈裟を身につけた存在に笑いかけた。
「・・・相変わらずですね、そこな武人殿が言われるように、あなたでしたら私どもを呼びつけることは叶うことでは?」
「なんだ、珍しく怒っているのか?」
「呆れているのですよ」
穏和な笑みをしているが、口調は確かに呆れていた。
「どれだけのことをすればあなたは気がすむのでしょうね。
修羅の優しさと言わしめた観音殿の言葉が正しいですね」
横になって武人に抱き抱えられている存在に対して、呆れたような怒っているかのように諌めた。
「さて、動くかな・・・・もう少しかかるか」
「無理をされないことですな、血をどれほど失ったかと思いますか」
「ほんの少しだな、しかしちょっと無茶をしたな。
少し休むのでよろしく頼む、雷光殿」
「お疲れ様でした、今はしかとお休みなさい」
柔和な笑みと共に呟いた。
「まったくもう、どこまで無理をするのでしょうね、この御子は・・・」