「さて、いよいよお別れだな。
少しの間だけだ頑張って来い」
「約束・・・・果たしてくれたわね」
「そうだな・・・あとはどうするか?だな」
優しく笑いかけた。
「必ず戻ってくるわ、その時こそあの子の傍にずっといるの。
それが私とあなたとの約束だから」
そっと静かに、カーテンが揺れた。
剣を帯び、胸甲、足甲、手甲を帯びた存在が鋭い目つきで周囲を見渡した。
「・・・・流石に寝ているな」
厳しい目つきから一転して優しい、穏やかな眼で、そっと寝ている人を見た。
「・・・・お休み」
手甲で顔を傷つけないように、痛めないように細心の注意を払いながら、眠っているその人の頬に触れた。
「さてシロ、そろそろ時間だ。
約束通り迎えに来たぞ」
唸るような、困ったような目つきでシロと呼ばれた存在が相手を見た。
「・・・・もう一日」
「駄目だ、お前どうなっているのかわからないのか」
足元が黒く歪んでいた。
黒々とした煙のようなものが足元を覆い、どす黒く歪んでいた。
「憎しみに捕らわれておかしくなりかけている、そんな状態で放置していたらお前悪霊になりかねないぞ?」
それでも良いのか?と目で問いかけた。
「もう少しだけ、あの子の傍に」
「飼い主の傍に居たいと思うお前の気持ちはわかるがな、犬神になるのだろう」
言われてハッとしたように顔を上げた。
「犬神になって主人を護りたいと決意するような奴が悪霊になりかけるなんて駄目だろうが、だから少し早いが迎えに来た」
「・・・私の為なの」
「まったく、無茶させるぜ。
権限を使ってあちこち掛け合ってようやく手続きを終えてきた」
「・・・・ありがとう」
眼から大粒の涙がこぼれ落ちそうになった。
「シロ、これからはお前の努力次第だ。
犬神として飼い主を護るのも護れなくなるのもお前の努力次第でなんとでもなる。
私にできることはきちんとあちらに送ることしかできない」
「・・・最後にお別れを言わせて」
「当たり前だ、飼い主と芝にしっかりお別れを言ってからにしろ、それからでも遅くはない」
「もう逝っちゃうの?」
「・・・・また会えるわ、きっとまた会えるから」
「嫌だ!まだ残っていてよ、まだずっとこっちにいてよ!」
「我が儘言うんじゃない」
ひょいと、手甲を帯びた状態でシロを抱き上げた。
「このままだとおかしくなる、二度と会えなくなるどころか斬らざるを得なくなる、それでも良いのか?」
「・・・・嫌だ!!」
「だったら大人しくしろ、ちゃんと送ってやるから」
「また会えるよね、また会いに来てくれるよね・・・・」
泣きながら足甲を帯びた足元に飛びついた。
「また会えるわよ、その為に今は我慢しなさい、きっとまた会えるから・・・」
「その通りだ、犬神となって飼い主に会いに来れるからな」
「絶対だよ、絶対に・・・・何かあったら許さないから!!」
「泣きながら噛みつこうとするな、まったく・・・。
では飼い主に会いに行くか」
「・・・・はい」
そっと飼い主の頬をなめると、涙が一粒流れ落ちた。
「もう思い残すことはないな」
「芝は大丈夫かしら、あの子は甘えてばっかりだから・・・」
「まあなるようにはなるだろう、約束通り特別待遇で送ってやる」
改めて優しく抱き上げると、そっと静かにその場から離れた。
「本当にあの子は、芝は大丈夫かしら」
「まあなるようにしかならんと言うのが本音だな、そろそろ着くぞ」
枯れることなき花が咲き、穏やかに流れる川幅は対岸が見通せない程の川幅だった。
そこに数えきれないほどの死者たちが集っていた。
「・・・随分と多いのね」
「あっちはな、私はこっちだ」
迷うことの無い、確固とした歩調で歩くと、机に書類を広げて何かを確認している者の前に立った。
「おや、あなたですか・・・またどうされました?
閻羅王様の元へ『戻られる』のはまだ早すぎるのではないのですか?」
「そう嫌味を言うな、約束があってな」
「ははあ、その子犬ですか・・・また特別待遇ですねぇ・・・」
キラリと目を光らせて、抱えている犬に目を向けた。
「怯えさせるな、渡らせるぞ」
「それは良いですけどねぇ、まさかそのまま抱えて『渡る』なんてことはしないですよね」
「何か悪いか」
「本当に前代未聞ですねぇ・・・・閻羅王様の許可は得ていますか?」
「はい、書簡」
胸甲と衣服の境に挟んでいた書類を器用に取り出すと、そのまま無造作に手渡した。
「わかりました、かの方に御引渡しですか・・・・では説明は無用かと思いますが、念のため確認させて頂きますね」
「ああ、頼む」
さっと確認を済ませると、
「はい、確かに確認がとれました。
では渡し守に会いに行ってください、その際にこれをかけて下さい」
書類を差し出した。
「ああ、わかっている・・・いつもすまないな」
「あなたの横紙破りは慣れていますけどねぇ・・・流石にやり過ぎなのでは?」
「心配するな、馬頭観音の許可は得ている」
「そこまでされていると此方としても困りますよ・・・・」
「さて、いよいよお別れだな。
少しの間だけだ頑張って来い」
「約束・・・・果たしてくれたわね」
「そうだな・・・あとはどうするか?だな」
優しく笑いかけた。
「必ず戻ってくるわ、その時こそあの子の傍にずっといるの。
それが私とあなたとの約束だから」
「飼い主の傍にか?
まあ頑張って来い、それまでは色々と行っておくから」
「もういいか、行くぞ」
厳つい顔に筋骨隆々の巨人が促した。
「ああ、頼むな、○○殿。
また会おう、その時には立派になって帰ってくるんだぞ」
そっとシロの頭を撫でた。