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今、
5年前の3/10までと何も変わらない日常を過ごしている実感と、5年前の3/11以降何をしたら、何をすべきか手探りで過ごしている日常が交錯してる感覚です。
当時を思えばバスケ仲間で微々たる活動をしたり(5年前の記事でも読んでみて下さい)必要とされる物資を家中掻き集めて赤十字へ持って行く事がMustだと、疑う事なくやったりしてました。
これは全体のベクトルでもあったと思います。
その後、私も含め、東北から少し離れたこの場所では5年前の3/10以前の日常が(マインドの上では特にでしょうか)流れだした様な感覚で、1年後の3/11には取って付けた様な、思い出したかの様な言葉達がSNSを飾り、TVでは特番が組まれたりして。
その翌年、今から3年前の12月に一週間程、福島県に行く機会がありました。
乗り込んだタクシーでは「放射線量」を知らせるラジオのアナウンスが流れ、運転手さんは「これが本当かどうかもわかりませんよね」と。
何が本当か分からない情報が錯綜してるんでしょうかね。
今日も何かと「自分が出来る事を調べてやり続けましょう!何も終わってないんです!」て言葉を見聞きしました。
なんかその言葉が単純にすげー無責任にしか聞こえなくて、それと何もし続けれてない自分が惨めで。
一つ思った事に、また同じベクトルで、東北へ貢献したいと。
その為には1人1人が好き勝手に調べた事をやるやらないを不透明なままにせず、今、国として東北に本当に必要な事、物は何なのかを開示して同じ方向に大きな一歩を踏み出せたら、深い哀しみの中にいる方々の小さな助けにはなるんやないかなと。
夢物語の様な事を言うてるんでしょうが、この夢がいつか叶うまで「責任を持って」何が出来るか、何をすべきか考え、行動できたらな、と思いました。
哀しみの背負い方は人それぞれではありますが、哀しんでる人の哀しみを和らげれる様に在りたいし、私の哀しみを和らげてくれている全ての人へ感謝を込めて。
pray 4 all.
