3/22 コラム
過熱報道の果てに事実誤認の「日銀利上げ提案」報道-問われる伝える側の倫理
3月22日(ブルームバーグ):日銀が7カ月ぶりの利上げに踏み切った2月21日の金融政策決定会合。利上げの有無をめぐって、さまざまな憶測報道が流れ、そのたびに金融市場は大きく揺れ動いた。過熱した報道合戦の果てに行き着いたのは、決定会合の最中に流れた事実誤認の「利上げ提案」報道だった。傷ついたのは日銀の信認だけではなく、伝える側の姿勢も同様に問われている。
NHKは21日午後零時43分、テロップで「日銀総裁 金利引き上げを提案」と速報。同44分に「先ほど福井総裁が追加的な金利の引き上げを提案し、金利の引き上げが決まる見通し」と伝えた。NHKに続いて共同通信が同43分、日本経済新聞が同45分、産経新聞が同47分、朝日新聞が同54分に、いずれも自社のインターネットサイトなどを通じて「提案した」と伝えた。
福井俊彦総裁は20日の会見で、利上げを提案した時刻は「午後1時少し前、1時に非常に近かった」と述べるとともに、「私自身が議案を提出する前の段階での報道だ。憶測に基づく報道ではないか」と語った。ワシントンの経済政策コンサルティング会社、G7グループのジャパンアナリスト、斎藤毅氏は「総裁が利上げを提案する前にそうした報道がなされることは明らかに異常だ」と語る。
提案前の「提案」報道の2つの可能性
2006年3月の量的緩和の解除、7月のゼロ金利解除でも、決定会合の最中に実況中継まがいの「政策変更提案」報道が流れたが、少なくとも時間的の上では、報道が流れたのは福井総裁が提案を行った後だった。しかし、今回のケースが異質なのは、総裁が提案を行う前にこうした報道が流れた点だ。一体何が起こったのか。「二つの可能性が考えられる」とG7グループの斎藤氏は言う。
「一つは、メディアがストーリーを捏造(ねつぞう)した可能性。二つ目は、会合の流れから利上げ提案は確実である、と感じた会合出席者が、携帯電話のメールで状況を報告し、それがメディアに伝わった可能性だ」(斎藤氏)。NHKの報道は事実ではなかったが、その事実に反する報道に多くのメディアが数分以内に追随していることから、自ずと前者の可能性が浮かび上がってくる。
山本雄二金融相は20日の参院財政金融委員会で、「メディアは証券取引法の対象か」という民主党の大久保勉参議院議員の質問に対し、「メディアも例外ではない」と答えている。証券取引法では、有価証券の価格を変動させる目的で虚偽の情報を流す行為を、風説の流布として禁止している。一方で、斎藤氏の指摘する第2の可能性、つまり情報漏洩(ろうえい)の可能性も否定できない。
インサイダー疑惑を呼ぶ報道
民主党の平野達男参議院議員は15日の同委員会で「一説には、財務省が携帯電話で連絡したのではないかと言われている」として、リークの可能性に言及している。その場合、事が重大なのは「NHKがあのような情報を流す前に、誰かがその情報を持っていたかもしれない。そうすると、場合によってはインサイダー取引につながるという可能性も想像される」(平野氏)ことだ。
JPモルガン証券の菅野雅明調査部長は今回の「提案」報道について、多くの報道機関が「リーク報道はメディアとして正しい行動だ」と認識していることが「衝撃的」と語る。「仮に、メディアが報道する前に一部の市場参加者がこの事実を知った場合、莫大な利益を上げることが可能だ。言うまでもなく、こうした利益が上がることは、それ以外の市場参加者が同額の損失を発生させていることでもある」(菅野氏)。実際、この報道によって市場は大きく動いた。
円相場は1ドル=120円30銭から5分間で119円76銭に上昇。10年物国債先物3月物相場は134円65銭から3分間で134円10銭に下落し、日経平均株価は1万7968円から15分程度で1万7850円に下落した。菅野氏は「報道関係者は、こうしたリーク記事が東京市場の信認という『公共財』を大きく損なっていることを理解していないようだ」と憤る。
沈黙守る主要メディア、鈍い日銀の動き
NHKは15日時点で、ブルームバーグ・ニュースの取材に対し、「一連の報道は、すべて取材による確実な情報に基づいて行われた」(広報部の福島裕介氏)としていた。しかし、福井総裁の会見で「利上げ提案」報道が事実に反することが判明。NHKに22日、再度見解を求めたが、同じコメントを繰り返すにとどめている。共同通信は同様の問い合わせに対し、22日午後4時現在、回答はない。
元日銀審議委員の田谷禎三氏(現大和総研特別理事)は「これまでも日銀からモラルに頼ったコメントが出されてきたが、有効ではなかった。インサイダー情報になりかねない問題であり、新たな取り組みが必要だ」と語るが、日銀側の動きも鈍い。福井総裁は20日の会見で、政府出席者が採決の前に要請する中断時間について「政府の方の手続き云々について私どもから申し上げることは必ずしも適当ではないのではないか」と述べている。
政府関係者の携帯電話の持ち込みについても「大臣あるいは本省との連絡の必要上、全く所持してはならないというところまではお願いしにくい」と及び腰だ。「日銀、政府が適切な対応を取らず、しかも市場参加者が『こんなものか』と諦(あきら)めの境地に導かれるようでは、『東京市場はしょせん、世界の二流市場』という烙印(らくいん)を押されても仕方がない」(菅野氏)。