【市場の視点】参院選前にも日銀利上げの見方
【市場の視点】参院選前にも日銀利上げの見方-福井総裁の現実主義など注視
2月26日(ブルームバーグ):金融市場では、日本銀行による第3次利上げは「参院選後」との予想が広がっているが、状況次第で選挙前に実施される可能性も否定できないとの見方が出ている。政府・与党からのけん制圧力が弱まるなか、建前や整合性より置かれた状況に応じて突破口を見出していく福井俊彦総裁の現実主義的な指導力が回復してきたとみられるためだ。
2月会合での利上げ決定は、8対1の賛成多数。日銀が注視するとしてきた消費・物価関連指標に改善が見られないにもかかわらず、6対3で金利据え置きを決めた前回と比べ、政策委員の投票行動は大幅に変化した。
クレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミストは、日銀がかつて金融政策を「アート(芸術)」に例えていた経緯を挙げ、今回の「福井総裁がリードするプロセスは、裁量型政策の完全復活だ」と指摘。今後は不動産価格や為替相場などを多面的に評価する一方、物価指標には遅行性があるものと位置づけることで、「金融正常化論をより強めてくるだろう」と予想する。
自信回復
利上げを決めた21日の金融政策決定会合後の記者会見で、福井総裁は、消費や物価のさらなる見極めが必要とした1月会合と比べ、自信に満ちていた。
かつての危機的状況を脱した日本経済の現状に比べて低すぎる金利を是正していく「金融の正常化」も利上げの理由と言明。「実質2%絡みの成長がもし安定的に続く、物価水準は非常に低いけれども、と考えた場合でも、やはり 0.25%とか0.5%という金利水準は相対的に非常に低いことは、すぐにお分かりいただけると思う」と語った。
福井総裁は一定期間ごとの利上げをあらかじめ想定する手法は採らないとする一方、「我々が極めて低い金利水準を維持しながら、という言葉を使っている間は、正常化の余地が残っていると理解してもらってよいと思う」とも述べた。
国会答弁
歯切れの良い言動は、翌22日の参院財政金融委員会でも変わらなかった。
福井総裁は「当面はかなり低い金利で緩和的な環境を維持しながら経済をサポートするが、徐々に可能な限り金利を引き上げて、金利機能の働き方をより強くしていく」と答弁。金利水準に関して、これまで多用してきた「調整」ではなく、「引き上げ」という言葉を使った。
消費者物価については、経済の専門家が多いとはいえない国会議員を前に、「目先ほぼゼロ、場合によっては、主として原油価格などの下落によるものだが、若干のマイナスに陥る可能性はある」と言明した。
安倍晋三内閣が重視する名目成長率についても、「名目成長率は結果として出てくると申し上げている。日銀は名目の成長率を保証することはできないことも明確にしている」と述べた。
政治圧力の後退
福井総裁の胸の内は測りがたい。ただ市場関係者は、2月利上げには政府・与党からの圧力が後退した影響が大きいとみている。みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「足元の消費・物価指標が依然さえないなか、1月と2月の違いは政治圧力の鎮静化だけ」と指摘する。
1月会合をめぐっては「国家の品格、市場の成熟度という観点で、先進国のまともな姿とはいえない。海外からも揶揄(やゆ)された」(大和証券SMBCの白石誠司チーフマーケットエコノミスト)。利上げに対する露骨なけん制は、4月に統一地方選を控える安倍内閣にプラスどころか、むしろマイナスになる可能性もある。
利上げは家計に恩恵
しかも、今回の利上げは家計に恩恵をもたらす公算が大きい。4月の統一地方選や7月の参院選を控える安倍内閣は、景気回復の好影響が企業から家計へ波及するよう、賃上げなどを経済界に要請している。
みずほ証券の落合昂二シニアマーケットアナリストは「利上げによって家計の利子所得が増える面が、政府・与党の意識に上ってくる余地は十分にある。これは利上げへの逆風を和らげる要素だ」と指摘する。
第一生命経済研究所の熊野英生主席エコノミストによる試算では「慎重に見積もっても、0.25%の政策金利引き上げは、家計の利子所得を1年間で6645億円増やす。住宅ローンの支払い利息は1778億円しか増えない」という。差し引き5000億円近い恩恵が家計に及ぶ計算になる。
大和総研の牧野潤一シニアエコノミストも、1%の利上げは家計の収入を差し引き1兆6000億円増やし、消費を約1兆円押し上げると推計する。
かつては「ハト派」
金融政策決定会合での議論に「経済的判断以外の要素は、一切介在する余地がない」と、21日の記者会見で言明した福井総裁。政治サイドからの「外圧」が弱まるなか、過去の金融緩和が示唆する福井総裁の柔軟性、現実主義者ぶりが、先行きの政策を占ううえで役に立ちそうだ。
今では利上げに前向きとされる福井総裁だが、03年3月の就任後に相次ぎ実施したのは、危機的な経済状況に対する金融緩和だった。
当時はイラク戦争が始まり、日経平均株価がバブル後最安値を記録。大手銀行の一角、りそな銀行が事実上、国有化された。日銀は当時実施していた量的緩和政策における操作対象「当座預金残高」の誘導目標を相次いで増額。福井総裁は経済危機に機敏に対処する姿勢を印象付けた。
危機的状況からは脱却し株価も回復した後も、同年秋から04年初にかけての円高・ドル安局面では、財務省による巨額の円売り・ドル買いの為替市場介入に歩調を合わせるかのように、金融緩和を重ねた。福井総裁は当時、追加緩和について「今後の景気回復の動きをさらに確かなものとする趣旨」と説明した。
マキャベリスト
相次ぐ金融緩和の結果、福井総裁の就任前は「15兆-20兆円程度」だった当座預金残高の誘導目標は、就任後1年足らずの間に「30兆-35兆円程度」まで膨れ上がった。この時点までの実績だけで判断するなら、福井総裁は歴代総裁のなかでも屈指のハト(景気重視)派ということになる。
一方、現在の政策委員会でタカ(物価抑制重視)派とされ、論理的な整合性を尊重するとされる須田美矢子審議委員は、危機的状況からの脱却が明らかになっていた03年10月と04年1月の追加緩和に対しては、反対票を投じている。
第一生命研の熊野氏は「福井総裁は、悪く言えばマキャベリスト。建前よりも、目標に少しでも近づくことを重視する」と指摘。これが、福井総裁の言動が足元で「現実論(景気指標重視)と原理主義(金融の正常化)との間を揺れ動く理由だ」という。
フォワード・ルッキング
福井総裁の持ち味は、経済情勢に柔軟に対応し、一般の予想に先んじて行動する「フォワード・ルッキング」(先見性)にある。政治サイドからの圧力が弱まれば、本来の身上が現れやすくなる。
となれば、福井総裁が足元の景気循環だけでなく、金融の正常化という面からも政策金利の引き上げが必要と言明している以上、利上げの機会が不意に訪れた場合、逃すはずはない。足元の金融市場に多い「次の利上げは参院選後」といった決めつけは、決定会合で投票権を持つ他の政策委員の意向にもよるが、やや危険かもしれない。
内閣府が26日発表した06年10-12月期のGDP(国内総生産)ギャップもプラス0.6%と、1997年1-3月期以来ほぼ9年ぶりにプラスに転じた。
米国経済のソフトランディング(軟着陸)の確率が一段と高まり、国内景気の回復や株高、円安などが続いた場合、「参院選前の6月に利上げがある可能性も頭の片隅には置いておきたい」(バークレイズ・キャピタル証券の小林益久チーフ円債ストラテジスト)。